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藤井風「Workin' Hard」の衝撃ーークールであたたかい令和時代の労働讃歌

藤井風は流石だ。
そう改めて思った「Workin' Hard」。
まず曲を聴いた直後、プロデューサーを確認する。やっぱり今回はYaffleじゃない… 彼らの新しい出発を布陣からも確認できたというわけです。いやあ、大変な制作プロセスだったことをお察しします。まさに藤井風チームがWorkin' Hardした賜物の作品じゃないでしょうか。

今回のサウンド、以前から根ざしていたブラックミュージックをさらに前面に出したものでありつつ、”らしい”、やや、いなたい(わかりやすい)メロディラインの絡み合いの妙が、かなりクセになる。
らしいといえばピアノ。イントロから存在感はやはり担保されているし(この辺りは「何なんw」といい「まつり」といい、大切であろう曲に共通している)ドラムキックの様な使い方は結構珍しく、今回のプロデュースワークのポイントだとも思う。
DahiはSZA、ケンドリックラマーなど手がける太い音に定評あるプロデューサー。その音を聴けばいかに今回のサウンドプロダクションがハマったかは瞭然ですね。もともと藤井風の歌唱は日本人離れしたR&B勘とフェイクの巧さ(というか味?)が特徴だから、こういうバックトラックがハマりやすいのは推して知るべしなわけですが。
しかし今回は本当に、J-POPの定石をほぼ無視して”気持ちいい音”に振り切ったことが素晴らしいんじゃないでしょうか。

また、この曲については「サウンド」と、「歌詞(テーマ性)」を敢えて分けて評価したいと思うんですが、それは本楽曲の複層的なプロモーションとも関連してきます。
まず、「バスケW杯」とのタイアップ。それが最初に走っていたため8月上旬にはTikTokで曲のショートver.が幾つか上がっていました。

@fujiikaze1997

How do You dance to this beat?? 君はこのビートでどう踊る? Fujii Kaze “Workin’ Hard”. August 25th.

♬ Workin' Hard - (1) - Fujii Kaze

それを初めて聴いた時の印象は「ん?なんか洋楽寄りのリズム音楽?バスケとのタイアップだからそっちに振り切った?」と、少し違和感を覚えた上で、ちょうどアジアツアーもやっていた頃だったので、なんとなく、時々ある閑話休題曲なのかなと思った次第でした。
結局、曲の全貌を知ったあと、それが全く違い、まさに新章突入の曲であったことを知りますが…

前述のように、まずはTikTokを使ったティーザーがあった。それ自体も藤井風にとっては新しい試みですよね。これはあくまでバスケW杯合わせでやった施策であると。しかし試みにしては、選手と絡んだ動画なんかもしっかりアップされていて、ぬかりない仕事だなと。

その次の山として、MV公開がきます。ドーン。

初見でほんとびっくりしましたよ。これは、ファンじゃなくても驚かなくっちゃダメだ。「なんつー手間と工夫と今では珍しいくらいの予算投下諸々が凝縮したMVだっ!」って感じです。このアジアロケ、コーディネーターの仕事がえぐいです。これを実現させた風チームの仕事の出来具合は推して知るべしですね。MVのロケ地がアジアだったことは、ツアーをうまく利用したんでしょうが、滞在期間に撮ったんだとすると、これまたWorkin' Hardすぎる。
以下内容について触れます。
まず冒頭。車を潰す絵からのスタートが痛快極まりないわけで…
工事現場のバラシ作業、スーパーの陳列、夜間のゴミ収集、茶摘み、八百屋の裏での地味な作業…
これらつまり、トータル的に「裏方の労働者」ですね。ああ、新しい”労働賛歌”を表現してるんだ、と思いました。仕事を頑張る人にフォーカスした作品は多々あるとは思いますが、あまり光の当たらない、陰で地味な仕事を頑張る人たちをピックアップした選球眼は素晴らしいんじゃないでしょうか。そしてこれは海外撮影をしている知り合いから聞いた話ですが、アジアやアフリカなどでは、いわゆる接客をしない労働者の制服が結構個性的で面白い、ということで。このMVで各労働者が身につけているユニフォームが、単なるフォトジェニック目的ではなく、意味があってのことだとなんとなく勝手に理解しました。
そして、もしかしてだけど最後に藤井風がアパートで干している衣類が、これまで出てきた労働者(自分が着てたもの)のユニフォームではないか、という話。目視では確実にそうとは言えないけど、その意味を入れてる可能性はありそう…

全体を通して、さまざまな色合いの服/場所がコロコロと絵変わりしますが、映像のカラコレ仕事も凄まじい。完全にまとまってますよね。とんがってるんだけどまとまってる。これがプロ中のプロの仕事。

MVから感じたテーマ性や内容のインパクトはこんな感じでした。
続いて歌詞ですが、「Workin' Hard」を「あんたがんばってるよ」という訳にしてるのがまあ、控えめに言って最高に効いてますよね。後半では「ほんまによくやってきた」とこれまでを讃えてるのも同様に。まさに「プロセスを信じて勇敢であろう」ってことですね。
MVの職業だけじゃなしに、全ての労働者(主婦なども勇気をもらいますね)に対して全肯定のスタンスを示していますが、これに綺麗事じゃあないリアリティを感じた人も多いんじゃないでしょうか。それはサビに繋がる歌詞の「みんなほんまよーやるわ めっちゃがんばっとるわ わしかて〜努めるわ」というフレーズが非常に効いてると思うんですね。この歌詞の凄み。一言で言ってしまえば、藤井風の人柄がなせる業ですよね。
労働讃歌に「嘘っぽさ」は禁物で…。この歌をあたたかくそしてクールに響かせられるアーティスト性、この歌詞をこのサウンドにノせたこと、このMVを企画したこと、全てがギュッと結実していて、良いもの見せてもらったな〜という感謝の気持ちになりました。

最後に。今回の作品で、藤井風みたいなアーティストって今の日本の音楽シーンではやっぱり異質かもしれないなと思いました。
ここ10年くらい、セールス的に大きい実績を残し、さらに海外にもリーチしたアーティストって、アニメタイアップか、もしくは星野源方式でその時旬な海外アーティストと何某かのコラボをした人、に大きく分けられると思うんですが、藤井風ってどっちでもないですね。
YouTube活動はすでに人々の目に留まっていたにしても、デビュータイミングはメジャーレコード会社のお膳立てありで豪華と言えるレベルのMVとともにドロップしてますし、その後クリエイティブを緩めることなく、色々と繰り出してはヒットして。ドキュメンタリーや紅白等々でお茶の間にも伝わって。
海外にクリティカルリーチしたのは「死ぬのがいいわ」がSNSでバズった(これも種まきあってのことですが)ことで…というあくまで自然派性。これはYouTubeから出てきたアーティストにありがちな、SNS上のセカンドブレイクがしづらい、というイメージを完全に払拭している。おそらく、全てのフィールドと真面目に向き合い、真面目に巧妙に発信してるからこそこういうことになるんだろうなあと個人的には感じています。自分も仕事としては、爪の垢を煎じて飲まないといけないな…。

敢えて、今の藤井風がこれまでの誰と近いか?と考えると、やっぱり2000年代初頭までの宇多田ヒカルってことかなと。大衆を突き放すようなデビュー曲で鮮烈な登場をした彼女が、次々と海外のクリエイターと作った曲を繰り出して、大衆は複雑な音像や展開で耳が育っていったし、彼女きっかけでジャム&ルイスの名前が広く知られたり。海外にリーチというより、もともと海外/洋楽を軸足に持っていた、というあたりが持ち味だったんだと感じます。

常人離れしたアーティスト性っていうのはやっぱり何十年に一人しか出てこない…

日本の音楽シーンや聴衆をリードする音楽を、これからも藤井風に期待したいです。


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