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仕事

久々の投稿です。
10月の宅建試験終了後、少しゆっくりできるかと思っていましたが、そんな都合よくもいかず、残業、休日出勤、出張等でバタバタと過ごしていました。今日は日曜なのですが、この土日も出勤していました…来週は土日をまたいで九州に出張です。今月は大切な2回目の調停も控えていますが、仕事の合間で何とか対応していく感じになりそうです。

私は今の職場でかれこれ25年ほど働いています。
新卒で入社したスーパーは超絶ブラックな職場でした。過酷な環境下で体力的にも厳しく、2年も持たずに退職しました。その後、半年間ほどふらふらと過ごして、新聞の求人欄に載っていた今の職場に応募したところ、100人中2人という狭き門だったにもかかわらず、奇跡的に拾ってもらって今に至る…という感じです。仕事内容は事務職ですが、やはり過酷なことには変わりません。以前とは求められるスキルが全く異なりますし、昭和の香りが残る古い体質ですので、年功序列だったり、飲み会至上主義的な雰囲気もあります。前職とは違う路線のブラックさがありますが、それでもどこかアナログで人間臭い社風は嫌いではありません。

仕事って何のためにするんでしょうね。
プロスポーツ選手など一流のプロフェッショナルの方々は崇高で純粋な夢を実現するため…ということなんでしょうけど、私のような庶民は、生きていくため、生活費を稼ぐため、という大前提があります。でも、数ある仕事、会社の中から今の職場を選んでいるのは自分です。ただ生きていくため…だけではないような気がします。やはりそこには少なからず夢や希望を持っていて、何らかの社会貢献、自己実現を果たしたいという思いはあるはずです。確たるものではないにしても、人に喜んでもらえたり、自分の成長を感じられたときなど、やり甲斐のようなものを感じてしまいます。

20代の頃は必死でした。でも仕事を経験していくうちに、自信もついてきます。そんななか、20代後半~30代前半にかけて先輩、上司とぶつかることも多々ありました。我ながら若かったと思います。あまりの理不尽さに会社を辞めてやる!と思ったことも何度かあり、実際に転職活動をした時期もありました。そんなとき、私にとって恩師と呼べる人との出会いがありました。当時、恩師は既に役員だったのですが、4年ほど一緒に仕事をする機会を頂き、私の薄っぺらなプライド、根拠のない自信、矛盾に満ちた思考を片っ端からへし折ってくれました。もう清々しいほどの完敗です。頻繁に飲みにも連れて行ってくれて、仕事とは関係ない色んな話しをしました。「柔軟な考えは必要だけど、それは自分の中に確固たる哲学、価値観を持ったうえでの話しだ。お前にはそれがない。だから言葉に重みもないし、響かないんだ…」と言われたことを覚えています。それまでは何も考えずがむしゃらに仕事していましたが、仕事と自分の関係性を考えるようになりました。ようやく社会人としてのスタートを切ったのかもしれません。でも残念ながら、今でも自分の哲学、価値観が確立されたとは思えませんが、恩師と仕事をして以降、会社を辞めようとは思わなくなりました。会社を変えるのではなく、仕事を通じて自分自身が変わっていくんだ…と思うようになりました。その恩師も退任されて大阪にいますが、今でも大阪出張の時は会いに行って、毎回ダメ出しされています。

仕事は大変ですし理不尽なことも多いです。
でも今の職場は私にとって大切な居場所になっています。そして、生きていくために働いていますが、その先には自分自身の成長にも繋がっているという確信を持っています。だからこそ続けられているのだと思います。別居直後の辛い時期、何とか仕事を続けることができたのは、決して気合と根性だけではなく、今の職場、仕事に対する思い入れがあったことも一因だと思います。そう思える自分は、仕事面に関しては幸運だったのかもしれません。どんなに辛い仕事でも、何かしら自分にとっての付加価値、やり甲斐を見出せれば何かが変わるかもしれません。そうは言いつつも、私も毎日のように愚痴ったり、文句言ったりしています。でも青臭い思いも忘れないようにしていきたいです。

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