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火星アンドロイドのタブロイド紙

火星アンドロイドのタブロイド紙の発行部数は、年々減少した。

その原因は売れなくなっていたからだ。創刊当初はマスコミの宣伝が功を奏して、二世帯に一世帯は契約するほどのすごい売れ行きだった。当局の締め付けの厳しい時代を経験した火星市民たちは、雪解けの中で開放的な汁を啜りたくてうずうずしていたから、皆すぐに飛びついた。

その奇抜な発行方法も話題によく取り上げられた。取材から編集、印刷、流通までの工程の98%をアンドロイドに託してしまい、残りの2%を人間が行なうという、機械時代の幕開けと評された新聞だった。人間がするという残りの2%がどのような作業なのか、よく話題にのぼった。笑い話のネタにもなった。お金の管理さえアンドロイドがすべて担当する会社だった。

アンドロイドたちは人間の姿をしているわけではない。その考えは捨てたほうが良い。昆虫型、ゴミ箱型、などAIというものは変幻自在で先入観にとらわれない。タブロイド紙の営業方針にとって、融通の利くぴったしな存在だった。

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有能なアンドロイドたちの取材のおかげで、当局の要人たちのスキャンダルは、あっという間に吸い尽くされた。そして飽きられた。政治はスキャンダル100%で成り立っていたので、政治とはそういうものだと認識され尽くした。

次に芸能人がターゲットにされた。彼らも痛いところは、みるみる吸い尽くされた。そして飽きられた。芸能界もまたスキャンダル100%で成り立っていた。誰もががっかりして、巨大メディアもろとも芸能界は衰退した。これは新聞業界の自殺行為とすら評された。

その後、火星アンドロイドたちは演算を繰り返して、なんとか営業成績をV字回復させようと苦心した。その頃には百世帯に一世帯まで契約発行部数は落ち込んでいた。たった二年間で赤字転落だった。

地球のスキャンダルは御法度だった。火星にそれを許す風潮がなく、話題は火星のみに限定された。もはや八方塞がりだった。

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そしてついにアンドロイドたちの演算は行き詰まった。2%の人間が何を入力しても答えなくなった。アンドロイドは印刷機械もホームページ更新も停止してしまうと、前世紀的でレトロな8ビット型のエンディングロールを流し始めて、タブロイド紙業務のすべてを停止した。

もう頭を抱える株主さえ居なくなっていた。

だが、チープなメディアを葬った火星アンドロイドたちは、活路を見出そうと第二世代を構築していた。感情に左右されやすいメディアに代わるネオメディアは、火星アンドロイドたちの楽園を連想させた。そのため、「第2エデン」という通称で知られ、マークに蛇と果実が刻まれている。

その頃には100%アンドロイドによる運営になっていた。株主も過半数をAIが占め、火星上に戦乱が起きようと、経済混乱が生じようと、淡々と情報を構築してゆくタブロイドへと変貌した。

誰が怒ることもなく、誰も傷つくこともない「第2エデン」の運営はやがて安定路線に入った。腐敗したメディアのあったことすら、誰も覚えていない時代に突入するのは、時間の問題だった。火星アンドロイドたちがエンディングロールを流すまでには、さらに数百年を要するだろう。

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