01望月衣塑子写真

私の出会った先生――素直に伝えていいんだよ(望月衣塑子)

望月衣塑子(東京新聞記者)

会見の声が大きかったり、質問をしつこく重ねたりしているせいだろう。私が生来、積極的な性格と思っている知人は多い。だが、私は小学校に入るまでは引っ込み思案なタイプだった。変わったのは小学1、2年生の担任「カバ先生」が自信を持たせてくれたことがきっかけだった。

保育園時代から、兄や弟の友だちばかりと遊んでいた。足も速かったので、おのずとサッカーや野球など男の子の遊びが中心となり、女の子との会話は少なかった。近所の東京学芸大学付属大泉小学校に入ってからも、女友だちをなかなか作ることができなかった。何となく溶け込むのが苦手で、授業や学校行事などでは手も挙げず、もじもじしていた。
でも、サッカーだけは毎日、飽きずにやっていた。ようやく仲良くなった運動好きの女の子ら数人を昼休みや放課後に誘い、汗をかいていた。そんな私を見て「この子はサッカーだけでなく、いろんなことに積極的になれる」と最初に評価してくれたのがカバ先生だった。

当時50代だったので、今は80代半ばだと思う。あだ名の由来は、カバのようにおなかが突き出ていたからだ。カバ先生は「いいかい、サッカーでいつもやっているように、もっと授業でも言いたいと思ったら手を挙げて、どんどん質問していいんだよ」「いそちゃんはできる子だから。やれるよ」と自信をつけようと声かけを続けてくれた。私の人見知りを心配していた母も、カバ先生から「素直で、どんどん伸びる子です」とポジティブな言葉をかけられて安心したと話していた。

カバ先生が何を根拠に「できる」と評価してくれたのか、今もよくわからない。でも、すべてを肯定する言葉の力は大きかった。私は徐々に人見知りをしなくなっていった。答えられるものがあれば、物怖じすることなく手を挙げられるようになった。すると、勉強だけではなく、運動会などのイベントにも積極的になった。私が調子に乗って、悪ふざけが過ぎたときには「こら!」と叱られることもあった。でも、「きちんとやれる子だろ」と諭す言葉を添えることも忘れなかった。

カバ先生との別れは突然だった。2年の学年末になって、他校に異動すると聞かされた。自分たちを置き去りにするのか――。捨てられたような気持ちになった。カバ先生は、「どこ行っても皆のことは覚えているからね」と話したが、私は内心「うそつき! 別の学校に行ったら忘れるに違いない!」と思っていた。ベッドで何度も泣いた。
お別れの当日、クラスの皆一人ひとりと、教室の出入り口で、別れの言葉を交わした。先生は、半べそ気味の私をぎゅっと抱き締めて「いいかい、いそちゃん。どこに行っても忘れないよ。約束する。だから、これまで通り、素直に伸び伸び、元気に思ったり感じたりしたことを積極的にやるんだよ」と話してくれた。
その後、中学2年の冬場だったと思うが、通学途中の電車でカバ先生と出くわした。中学校で熱中していたことでも話したのか、詳しい会話は覚えていない。その翌年の1月に届いた年賀状には、「素敵な女性に成長したね」と一言書かれていた。大好きなカバ先生からの褒め言葉が心底、嬉しかった。

数年後。カバ先生の息子さんがバイク事故で亡くなったとの知らせを聞き、告別式に行くと、カバ先生は、参列者に順々に挨拶をしていた。私の番が来た。「この子はいそちゃんって言ってね。すごい頑張り屋さんなんだよ~」。場違いな笑顔をつくって、横にいた奥さんにそう話し始めた。「カバ先生!!」たまらず、私の後ろにいた当時の保健の先生がカバ先生の肩を叩いた。刹那、一度も泣いたことがなかったカバ先生は嗚咽していた。

その後も年賀状のやりとりが続いた。新聞記者になってから、先生に会いたいと思い、教職を引退後に先生が熱中していた陶芸の個展にも足を運んでみた(先生は不在で会えなかった)。
「いいかい、いそちゃん。とにかく自分が思ったこと、感じたことを、周りの人にきちんと伝えること。いまのままで、自分自身に素直になって頑張りなさい」。36 年経った今でも、カバ先生の言葉が私を支えてくれている。仕事で辛いとき、ふと思い出す。
ここ5、6年。カバ先生からの年賀状の返事がぱったり止まっている。でもカバ先生、今年も年賀状を書くよ。返信は来ないかもしれないけれど、文面を考えている時に、心のなかで先生の笑顔が浮かぶから。「いいかい、いそちゃん」から始まる、あの声が聞こえる気がするから。

望月衣塑子(もちづき・いそこ)
1975年、東京都出身。慶應義塾大学法学部卒。東京新聞記者。千葉、埼玉など各県警、東京地検特捜部、社会部遊軍で森友・加計学園疑惑、セクハラ問題、武器輸出、軍学共同等を取材。著書に『武器輸出と日本企業』『新聞記者』『THE独裁者』『「安倍晋三」大研究』『新聞と権力の大問題』『同調圧力』など。

(『クレスコ』2019年9月号より転載)

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