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瀕死

最近の話をしようと思う。

先週の木曜、骨が軋んだ。そして身の置き所がない怠さ。年に一度程しか風邪を引かない、身体的には無駄に健康な(肝臓は別として)はずの私が、一週間以上動けなかった。いや、最後の方は惰性で、風邪を理由にして引きこもっていた。顔も洗わず、髪はとかさず、(って通常運転か。)だがしかし用量用法を守ってブロンを飲む優等生なの♪ワルになれない♪……んだけど、咳と痰は治らない。

コンビニではカットネギを買いまくり、患ってるのバレた。

「卓球がしたかったおそ松くん」
卓球したいからムカつく人間四人集めよう!→いいね!イヤミと一般人らを捕獲し、ブリッジさせて彼らの腹の上を卓球台に、楽しむおそ松くんたちなのでした。

上記のようなツイートをするくらいには頭が沸騰していた。そして最速でダイエットすることになる。しかし元が元なので在りし日の脚には戻れない…。最速でダイエットといえば……

やめろ、回想に入るな!

入るけど。今と同じように旅行前(めちゃくちゃ心配で自殺したい…)胃にくる風邪にかかった。あれは酷かった。電車の揺れにすら耐え切れず、何度も戻し、駅のホームで電車を何本も見送っては、乗って下車、乗って下車、の繰り返し。

当時拒食だったこともあり、いつ訪れるか分からない過食が不安だった私に母からは、「亡ーにが過食が不安よ!全然食べられてないじゃない♡」と微妙な感情になる発言を頂いた。吐くといえば、やはり小学校時代のノロウイルス大感染は忘れられない。

また回想?遡るな!

遡るけど。当時小5だった。帰り道、道端に蹲っている子がいたが既にその子は包囲されていたため素通りした。私に異変が起きたのは翌朝。塾の模試の日だ。メロンパンが……食べられない……?塾まで向かうものの、調子の悪さが顕著になってきたため引き返す。(私は引き返してばかりです。)

そこからは、もう地獄絵図。でも私、回復早かった。次の日にはホットケーキを楽しんでた。担任の家庭訪問があるくらいの事態だったらしく、母親ネットワークでも相当だという話。そしてなんと、この大感染はニュースになった。当時の給食、松風焼き(まずい)やら献立が晒され、例の心療内科を紹介したクリニックの医者が緊張気味にインタビューに応じていた。校長も給食表も出たのには笑った。しかし悲しいかなこれが私の自慢だ。


#エッセイ

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