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去年の8月31日の夜から9月1日の朝にかけて

表題は #多発性子宮筋腫 の為に 開腹による 全摘手術が午後から夕方にかけて3時間経過してから主治医の呼びかけで全身麻酔から覚めた時の出来事である。

その後、準集中治療室に移されて一泊する直前に

失業や友人・知人らの裏切りや疎遠によって孤独になってしまった私に、

お世話になった医師らは新しい関係となり、ひとりではない

という声かけられ、涙した。

医師らは入院する前から #SNEP  によって人生を狂わせたという情報を知っており、

#毒親#底辺 連中 に振り回された悲惨な人生を送ってしまった私を救いたいという気持ちで、主治医が中心になって一致団結されたということを知った。

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誰もいない病室でで術後の痛みや隣室の #認知症 を患っている #聴覚障害 の老人の呻き声と看護師の漫才的なやり取りで一睡出来ず、心電図モニターを見ながら夜明けを待っていた。

老人患者と対応した看護師の訳がわからないやり取りが受けたことで笑い死になる程眠れなかったことのクレームをつけたら、

あなたは出血多量で重症だったからずっと個室にいたのよ
ここは病院だから普通の生活サイクルに合わせているから、普段の生活サイクルがおかしいだけよ

という看護師の罵声から

異世界にいた感覚によるズレで迷惑をかけてしまった。

処方薬を服用したのにも如ず、午前1時台に目が覚めてまい、普段この時間帯に起きることがなく、異様な風景を見てしまったことで、

普段の就寝時刻の風景よりもかなり暗闇である風景を見てしまい、狼男や吸血鬼らが出没しそうな光景どころか、老人患者のお孫さんと知人の税理士と面会したいという声が聞こえたことから、私と正反対の幸せな生活を送られているということが気に入らなかった。

まるでその厳格な看護師と老人患者が妖怪に見えてしまい、

相当人遣いが荒いが、命を救うために必死であるということに気づく。

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夜が明けて、採血をするために見えた別の看護師に、

救急搬送された時にその日の日直だった主任部長の医師と一緒にいたことを全く覚えてないと言ったり、失血死寸前で自転車を漕いで倒れた大バカ者

と、主任部長の医師と共に笑われてしまった。

普通だったら定期検査の結果が出た時点で手術入院をしていればこんなことにならなかった筈だと陰で言われたらしく、

失業中でそれに費やす金がなかったから、注射で対応しながら毒親を守らながら死ぬしかなかったんだ

と返したかった程だった。

採血と心電図の結果を見た主任部長の医師の以前よりも快方に向かっているという言葉から、

主治医の理不尽な形で底辺連中によって侵された命を必死になって救ってくれたことを告げられ、一同が私の生還を喜んでくれた

ことに気づく。

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その後、主治医と交代した看護師が見え、手術が成功に終えた私の笑顔を見て、

毒親と底辺連中抜きでもやり取りができそうだ

と感じ、新しい関係作りの一歩を踏み出せた。

昨夜の老人患者の意味不明な会話と優秀な医師らが高尚であると呟いたら笑われてしまったことから、

本心が出てしまったことで、年齢不相応なお茶目な性格の持ち主だと言われた。

しかも、本心は

底辺連中と一生付き合わないと決めた私が歩んできた人生が流されるままに生きてきたということになる。

家族がいうなら、

バカでレベルの低い話題しか振れないくだらない奴

と罵られている裏面がある。

その性格を20年近く封印していたことがあり、ボロが出たというのはおかしいが、

これからもその個性を生かして欲しい

と一同から伝えられた。

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去年の8月31日は

本来の10代がする夏休み明けの憂鬱を苦に自殺を選択する日であるものの、逆パターンで生の道を与えられた大切な日であった。

疎外されて嫌われてばかりだったことに対して自信をなくした私を

健常者並みにこなせていることや、常人以上の感覚の持ち主であることに対して好感がある

という評され、

ごく普通の人間として認められた一夜だった。

※上記2記事も併せてご覧下さい。




只今失業中で高齢家族に合わせた生活を強いられており、取材する時間と費用がない状態で2時間という短時間で執筆しなければならない厳しい状況です。 主たるジャンルはいじめ、ハラスメント等の労働・社会問題を過去の回想を基にして執筆しております。