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【短編】旅の言葉の物語

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旅の途中に出会った言葉たちの物語。 ▼有料版のお話のみを20話読めるのがこちらのマガジンです。 https://note.com/ouma/m/m018363313cf4 こ… もっと読む
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2020年4月の記事一覧

フィンランドの湖の近くで聞いた「ダメというラベルを付けるとダメになる」の話

「ハロー、素敵な絵ですね」  自転車を下りて声をかけると、絵を描いていた男性が振り返る。彼は筆を持っていないほうの手で軽く帽子を持ち上げて「ハロー」と返してくれた。 フィンランド北部のマンッタという町には、アーティスト・イン・レジデンスというアートのプログラムで参加していた。美術館で自転車を借りた私は、アトリエのある建物とは違う方向に自転車を走らせていた。 広い自転車道をただ走ると、森が開けて湖にたどり着く。自転車は好きだ。自分でも驚くほど景色が変わる。湖の周りを走ってい

韓国釜山の屋台で聞いた「気持ちを伝える時には遠慮はしない」の話

 ずっと食べてみたいと思っていた釜山の屋台で餃子を買い、私は屋台の前に置いてあるベンチに座って餃子をほおばっていた。春巻きみたいな包み方をした長い餃子で、もしかしたら名前が違うかもしれない。  韓国第二の都市、釜山は日本が近く、お店の人が片言の日本語を話せることが多い。 「オイシイデスカー?」  笑顔で聞いてくるので、「マシッソヨー(韓国語でおいしいです)」と返すと、餃子を一つまけてくれた。 「あらぁ、韓国語上手ね」  隣に座っているのは日本人の女性で、釜山に三十年くらい住

ブラジルの海岸で大泣きしている女性が「みんなからダメ出しされた後に選んだこと」の話

※もう少しでKindle1冊分になりそうなので、一部のお話をKindle特典にしようと思って有料化しています。ちょっと長くなったのでこちらも特典に回すことにしました。  海岸で大声で泣いている女性を見た時、どうするのが正解なのだろう。気づかないふりをするべきなのか、それとも「どうしました」と声をかけるべきなのか。問題はここがブラジルで彼女が英語を話せるかどうかが分からないということもあった。  メインビーチからかなり離れたところまで歩いてきたので、近くに人はいない。だから

有料
100

ロシアのカフェで聞こえてきた「笑いたい気持ちをこらえてしまう理由」の話

 ロシアのクロンシュタットという町は、コトリン島という島にあった。アートのプログラムで三週間滞在することになった私は、夕方頃、町中を散策しに出かける。四月初旬のロシアはまだ寒く、雪が積もったままになっていた。  クロンシュタットはもともと軍港で、一般に町が開かれたのは割と最近のことだ。町中には廃墟になった建物が多くあり、知人がいるわけでもなく、ロシア語も話せない私は、人が少ない所にはなるべく近寄らないように気をつけていた。  大きめのショッピングモールが一つあるが、それ以

フィンランドでハンバーガーを食べながら決めた「コーヒーの味に感動する日」の話

※もうちょっとしたらKindle版としてまとめるつもりなのですが、このお話はその時に特典的に収録したいので100円となっています。  フィンランド北部のマンッタという町でアーティスト・イン・レジデンスに参加した時、同時期に参加していたアメリカ人のアーティストが、お勧めするハンバーガーショップが市内にあった。一度、一緒に食べに行ったが、ハンバーグが肉厚でジューシィでとてもおいしかった。  アトリエに行く途中でハンバーガーのことを思い出したら急に食べたくなってしまい、二時過ぎ

有料
100

エストニアの映画祭オープニングで聞いた「諦めるために行動したこと」の話

 エストニア南部の町ムーストでのアーティスト・イン・レジデンスに参加していた時のこと。近くの少し大きな町で映画祭があり、そのオープニングがレジデンス内で行われた。エストニアの人ばかりなのかと思っていたら、デンマークやフランスなどヨーロッパ各地から人が来ていた。聞いたら、映画祭の出展者やその友人らしい。  そばかすの多い白い肌に、オレンジ色の長い髪の女性がいた。かなり明るい色なので染めているのだろう。フィフス・エレメントのリー・ルーを思い出させた。かぼちゃのスープを取り終わった

デンマークの自由エリア・クリスチャニアで聞いた「最高の夢を想像するということ」の話

 デンマークのコペンハーゲンには「クリスチャニア」と呼ばれるヒッピーたちが暮らすエリアがある。デンマークでは大麻は違法となっているが、クリスチャニアでは「見逃す」ことになっているため、日中から堂々と「草」が売られている。クリスチャニアの出口には「ここから先がEU」という看板があり、あくまで別の地域という体裁になっているところもおもしろい。  エリア内を見て回っていると、橋があった。確か、ここを訪れた橋職人が作ったものだったはず。橋を過ぎると緑の散歩道がつづき、建物がまったく

バルセロナの郵便局で聞いた「スペイン語で愛してるを覚えたい理由」の話

  バルセロナで初めてアーティスト・イン・レジデンスに参加した二〇一六年、ネットショップで「バルセロナからカードが届きます」というのを販売した。三ヶ月バルセロナ滞在する間、まったく収入がなくなってしまうので、食費だけなんとか稼ぎたいという苦肉の策で始めたのだけど、けっこうオーダーしてもらえた。初めての海外滞在アート制作を応援するつもりでたくさんの人がオーダーしてくれたのだ。  私はメッセージを入れ終えたガウディ建築のカードを持って、郵便局へ向かう。バルセロナでは、CORRE

上海のローカルレストランで話した「自分の心に優しくするために選んだこと」の話

 帰国間近に台湾人のアーティストさんが教えてくれたローカルレストランがお気に入りになっていた。何か月も住んでいたのに気づかなかったそのお店は、いつもよく行ってるタピオカミルクティーのチェーン店のすぐ近くにあった。  タピオカミルクティーを甘さ控えめゼリー追加で頼み、そのままローカルレストランに持ち込む。他店のものに持ち込みはいけないのかなと心配していたが、誰も気にしてないのでまぁいいのだろう。  そのお店では、具材を好きに選んで量り売りで購入した後、調理して出してくれる。

夜の浅草寺で聞いた「一番最近大笑いしたとき」の話

 浅草の町がとても好きで、ここに暮らしてよかったなぁと私は思う。伝統の職人技が残りながら、スカイツリーが見える範囲にあり、秋葉原の電気街も近い。いろんな素敵なものを全部ごった煮にしたみたいな刺激的な町だ。  なんだか急に外に出たくなり、私は徒歩で浅草寺へ向かう。いつもは自転車で行くので、徒歩だと思ったより遠かった。  夜の浅草寺は、人は少ないけれど、ライトアップされている。天気が良かったので、五重塔の近くに月が見え、より幻想的な雰囲気を醸し出していた。周りには人影がない。

エストニアのホテルで聞いた「助けて欲しがる人は助けられない」という話

 初めてエストニアに着いた時、人生で初めてスーツケースがロストした。空港で調べてもらったら、乗り換えたモスクワ空港に置き去りにされたらしい。明朝の飛行機で運んでもらえることになったが、はっきりした時間は分からないらしい。  私は朝イチのバスで南方の村まで移動する予定だったので、時間が決まらないモヤモヤを抱えながら朝の時間を過ごすことになった。午前中にホテルに届けてくれるという話だったが、細かい時間が分からないと外に出るにも出て行きにくい。滞在先の村まではバスで二回乗り継ぐ必

上海の公園で中国将棋をプレイする人が言った「自分一人の力を考えないこと」の話

 上海市内の公園では、太極拳をやっている人や踊っている人をとてもよく見かける。中国人の友人が水曜夜に踊る人たちが集まる公園に連れていってもらったこともあった。週末にはあちこちの公園で多くの人が踊っている。若者ばかりでなく、中高齢くらいの人たちも踊っていて、この町はとにかく踊るのだろうと私は納得した。それぞれ好きな音楽をかけて、その辺りに集まって踊っているのを見るのはとても楽しかった。  布を買いに少し遠くまでレンタルバイクを走らせていたら、広い公園があって、やっぱり踊ってい

コペンハーゲンのカステレット要塞で知った「暗記するほど読み返した本が教えてくれたこと」の話

 デンマークのコペンハーゲンは見どころの多い町だった。人魚像や美しい教会、自由の町クリスチャニアにアンデルセン像、遊園地などが自転車で行ける範囲に集まっている。三週間の滞在の間、毎日数か所ずつまわろうと私は自転車を走らせていた。今日は北側のカステレット要塞へ行く。カステレット要塞は星の形をした要塞で一六六二年にコペンハーゲンの港を守るためにつくられたようだ。  入口に自転車を停めて中に入る。ギャラリー巡りで遅くなってしまったので、あまりゆっくり見られないかもしれない。私が少

ニューヨークのスーパーで小さな女の子が言った「私がいいと考えると全部いいものになる」という話

 滞在していたニューヨークの友達の家から近くのスーパーで、豚肉の厚切りが二ドルで売られていたことがあった。こんなに安いのを見かけたことがないので、慌てて二パック買って帰ったら、そんなに安いのは見たことがないのでお店の人が間違えて値札をつけていたんじゃないかと言われた。物価もそれなりに高いので、なんとか安いお肉を入手しようと、私は出かけるたびにそのスーパーをのぞいて帰っていた。  ある時、精肉コーナーを見ながら歩いていたら、小さい女の子が男の子の手を引いて近くに来るのが見えた