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【短編】旅の言葉の物語

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旅の途中に出会った言葉たちの物語。 ▼有料版のお話のみを20話読めるのがこちらのマガジンです。 https://note.com/ouma/m/m018363313cf4 こ… もっと読む
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記事一覧

「一番欲しいものを取りに行ってるようで、わざわざ遠ざけてるんだよ」の話

 私がデンマークにいたのは、もうずいぶん昔の話になる。その中でも、印象に残っているのが、デンマークのアートコレクターさんに会った時の話だ。コペンハーゲンの中心部にあるマンションの一室が彼の部屋で、部屋には小さなアート作品がたくさん飾られていた。  小さい作品をたくさん飾るのが好きなんだ。部屋に飾られたコレクションについて、彼はそう言っていた。 「自分の理想を把握している人は、意外と少ないのかもしれないね」  創るという行為は、とても時間がかかる。膨大な時間と労力を費やして

「未来がどんなに不安定でも、確かなものは身近にあるじゃないか」の話

「突然不安になってしまうことがあるんです。今ある職業の多くって、三十年くらい前は、なかったものじゃないですか。今、自分が一生懸命生きていても、五十歳くらいになって、いきなり仕事がなくなっちゃったらどうしようとか」  未来の予測なんて、誰にもつかないと言われる。それはそうだ。予測不能の自体が来た時、まだ自分が若ければ、やり直しもできるかもしれない。でも、年を取った未経験者を取りたいと思う会社は果たしてあるだろうか。技術の進化によって、自分の持っていた技術が全く無価値になってしま

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『旅の言葉の物語Ⅶ』の電子書籍版をつくりました

みじんことオーマのnoteで最も読まれている短編集『旅の言葉の物語』シリーズ。気がつけば19万字くらいたまっていたので、電子書籍にまとめました。 Unlimitedに入ってる方は無料で読めるのでぜひ旅のお供にDLいただけるとうれしいです。 表紙を変えたんだけどね、最初に入稿した画像がそのままAmazonには出ちゃってるようです。どうやったらアップデートできるんだろう、わからない。。 ほとんどのお話はこちらから無料で読めるので、noteで読んでくださる方も歓迎です! 有

「性格を変えたいって思ってるのは、ただ思い込みを捨てたいだけかもよ?」の話

「性格、って変えられると思いますか?」 「性格? 変えたいの?」 「そうですね。変えられるなら変えたいなっていつも思ってるかも」 「どんなふうに?」  老人は立ち上がってポットから紅茶を注ぐ。紅茶の香りが室内の空気に混ざって、部屋があったかくなるような気がした。 「えっと、いい人になりたいですね」 「あはは、それは変わらなさそうだな」  どうしてそう思うのかと問いかける私に、老人は紅茶のカップを渡す。 「いい人ってどんな人のことかな?」 「うーんと、なんか優しい人ですかね。優

「同じことで悩んでしまうのは、きっとちゃんとやりたいことだからだよ」の話

「好きなことをやるのが一番だとか、努力より夢中が大事とか、そういう話はよく聞くんですけど、自分の好きなことが本当に好きなことなのか、分からなくなってしまうことがあるんです」 「ほう」  老人はうなずきながら、私のカップに紅茶を注ぎ足し、クッキーを一緒に食べるように促した。フォークと四つ葉の模様のクッキーは、老人の友人が持ってきてくれた手作りのものらしい。 「だって、好きって、とても変わりやすいものじゃないですか? 物語を書くのが好きな人だって、何も思いつかない時期は辛い気持ち

「彼女が変わったのは夢を叶えるために必要な目標を立てたからだと思うよ」の話

 友達の手作りだと言って老人が持ってきてくれたクッキーは、王冠の形が華やかにアイシングされていた。 「すごいなぁ。きれいですね」 「私もそう思う。だけど彼女は、本当に叶えたい夢を叶えるために、ずいぶん時間をかけてしまったかもしれない」 「どういうことですか?」 「彼女はね、自分のお店を持ちたかったんだ、ずっとね」 「ああ、いいですね。こんなにきれいに作れたら、買う人も多い気がします」 「だけど、長い間、その夢は叶わなかった。十年、もっとかな。小さくても自分のお店だと言えるもの

「簡単に得られる知識が増えると、自分自身は失われてしまうのかもしれないね」の話

「最近ね、とても驚いたことがあってね。それは友人の子どもがずいぶんいろんなことを知ってたことなんだ」 「そうなんですね」  最近はネットで検索をかけるだけで簡単にいろんなことが分かる。 「だけどね、同時に怖いなって思ったんだよ」 「何がですか?」 「いろんなことをよく知ってる。でも彼はその知識を使いこなしているわけじゃない。知ってることとできることは全く違うってよく言うだろう? 経験になっていない知識を、まるで自分が発見したみたいに語っている彼を見て、とても不思議に思ってしま

「答えを迷っている時ってだいたい答えは出てるもんじゃない?」の話

「すぐ目の前に比較するものがあると、自分の幸せに自信がなくなっちゃうものなのよね」  そう言って彼女は、チーズケーキの後ろにフォークを入れた。 「あ」 「なに?」 「いや、大したことじゃないんですけど、自分はチーズケーキの細いほうから食べるから、後ろ側から食べる人ってそういえば初めて見たなって思ったんです」  チーズケーキをどちら側から食べようと、大した問題じゃない。だけど自分は、今まで一度もそうして食べたことがなかったので、思わず声が出てしまった。 「それと同じかもね」 「

「いつの間にか年を取ってやり方を変えないといけなくなってるんだ」の話

「長い人生にはいろんなことがあるからね。何をやってもうまくいかないような時期だってあるよ」 「そんなことありました?」 「あるよ。誰だってあるはずだ。周りから見て幸せそうに見える人だって、辛い時期なんかいくらでもあるはずだよ」   老人の言葉に私は自分自身を振り返る。辛いと思えることはたくさんあった。 「何もかもうまくいかない時期ってなんかジタバタしちゃうんですけど、どうやって過ごすのがいいんですかね」 「自分にとってちゃんと正解だって思えることをするのがいいって私は思って

「自分の価値を下げてたのは自分自身だったって気づいちゃったの」の話

「自分が思っているより、自分には価値がなかったんだって気づいちゃったのよね」  オーストラリアのバスの中で聞こえてきた日本語に、私は思わず顔を上げる。乗り込んできたのは二人組の女性だ。小麦色に焼けた肌を露わにした女性たちは、私の前の席に座って話を続ける。 「私、高校生の時けっこうモテたしさ、頭も悪くないし、人生勝ち組だろうなーなんて思っちゃってたんだよね」 「確かにハルカって、他校の生徒から告白されることとかもあったもんね」 「あれが全盛期だったわ、まじで」  私は車内で小説

「一度も人を愛したことのない、ある女の子」の話

 デンマークとスウェーデンと、北欧の血がいくつかミックスしていると言っていた彼女は、色白でほっそりとしたとてもきれいな女の子だった。彼女に会ったのは上海の展覧会で、アジアが好きで日本に行ってみたいという彼女に、日本のことをいろいろ聞かれたのがきっかけで仲良くなった。  彼女にはひっきりなしに男性から連絡が入っていて、彼女の美しさは世界的に分かるほどのものなんだろうなと私はひそかに考えていた。  しかし、彼女が長く上海に残っているのは意外な理由だった。 「とても好きな人がい

「誰かを傷つけた自分を思い出して傷つきたくないの」の話

「外国人と付き合うってほんと難しい」  そう言ってたのは、バルセロナで会った日本人女性だった。彼女はバルセロナ在住のスペイン人と付き合ったことがきっかけでバルセロナに住み始め、彼と別れてからもバルセロナに住んでいる。 「スペイン語は話せたんだけど、バルセロナってカタルーニャ語じゃない? 最初は言葉を覚えるのも大変で、助けてもらってるうちに好きになっちゃったのよね」 「スペイン語とカタルーニャ語ってそんなに違うんですか?」 「うん、全然違う」  バルセロナは住みやすい町だ。ス

「わがままな人のほうが、神様は助けやすいんだ」の話

「なんでもいいっていうヤツ、まじ嫌いだわ」  出雲大社の近くで、おそばを食べていたら、そんな言葉が耳に入って来た。顔を軽く上げて声の届いた方向を見ると、男性三人がそばを食べながら楽しげに話していた。パーカーにジーンズというラフな格好を見ると、大学生くらいのような気がする。 「うわあ、俺の元カノまじそれ。超分かる」 「そういう奴ってさ、なんでもいいって言っておきながら、なんでもよくないんだよな」 「そうそう。どこでもいいって言うから、ファミレス行ったら、もっといいところがよか

「ベストは待つものじゃなくて作るものなのよ」の話

 仲のいい老夫婦を見るのは好きだ。髪の毛が真っ白になっても、手をつないで歩いている夫婦の表情からは、二人だけの深い信頼関係がにじみ出てる気がする。 「彼女は学生時代からすごくモテてね。その時もとてもかっこいいボーイフレンドがいて、彼女はそのまま彼と結婚しちゃったんだ。そこから十年くらいして、彼女たちが別れた後にようやく僕は彼女をキャッチできた。  すごく時間がかかったんだよ」  その夫婦はゴールドコーストの海岸で出会った。違う場所にいたのに三日連続で会ってしまい、私たちは偶

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