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上海で聞いた「価値のある行為」についての話

上海のSWATCHアートピースホテルでのアートプログラムに参加中のある日の夜。鏡のあるダンサー向けアトリエから、カードキーだけを持って外に出る。

秋に参加し始めたプログラムもすでに3月。
夜風は暖かく変わってきている。

滞在先のホテルから徒歩5分のところに大きな川がある。
ピンク、青、緑、黄色。
派手な色のライトが文字通り光りまくってる大型の船が目の前を行き来する。

丸い胴体のテレビ塔の上に「上海心中」の文字。
日本語で心中だとなかなか微妙な意味になるが、中国語だと上海はいつも心の中に、みたいな意味のようだ。

周りを見渡すと、同じように川に目を向けるカップルばかり。
人だかりから離れようと振り返ると、人にぶつかりそうになる。

「ああ、ソーリー」
「大丈夫。日本人?」

とっさに英語で謝ると、流暢な英語が返ってくる。
白と明るいオレンジの服を纏う彼女。
目じりの赤いラインが鋭い印象を与える。
黒い髪の毛をかき上げる左手に、紫のラインでタトゥーが入れられている。
しかしその形状は具体的な何かというより、なんだか線がうごめいてるみたいだ。

私がうなずきながら彼女の左手を見ていると、彼女は「これ?私が自分で描いたの」と言って左手を私に差し出す。

「うーんと、なんの形なんですかね、これ」

私が顔を近づけると、「触ってみて」と言ってさらに手を近づけてくる。
軽く彼女の手を取り、紫のラインを親指でなぞると、線が熱をもったように熱い。

「うわあ、なんか熱い感じする!」

彼女は手をおろして笑う。

「そう、触ってみないと分かんないでしょ」
「はい」

それまでは、なんか変なラインだと思っていた。
少なくとも、きれいな感じはしない。

「へたくそ?」

そう聞かれて、心を見透かされたような気になる。
そんなことないです、と言うこともできる。

でも彼女には、真実を伝えないといけないのだと感じた。

「はい、正直に言うと」
「ふふふ、それでいいの。そういうものが創りたかったの」

彼女は塀に手をかけて、こちらを向く。
塀の向こうはライトアップされた船が行きかう大きな川。

「人はきれいなものが好きだわ。
 ピカピカして、美しいラインで、高価な衣装を使っていて。
 それが素敵なのも分かる。
 でもそれに目がくらんで、内面を見逃してしまうのは違うでしょう。

 私はね、触れて語りかけてほしいの。
 そしたらなんでも答えてあげられる」

そう言われて、私は自分がアートを始めたばかりの頃のことを思い出した。
アートという認識のないまま、あるグループ展に参加した。
美大生のよく分からないけど、なんかすごそうな作品たちを前にして、
自分の描くものは子どもの落書きみたいだった。

恥ずかしいと思った。

この先、展覧会をやることがあっても、誰にも来てもらいたくないと思った。
自分にも、きれいな絵が描けたらいいのに、そう思った。

「嫌われることを目指しましょう」

彼女は言った。
 
「つまらない、下手、よくある。
 そう言われてしまうようなものを指さして、
 これが一番素晴らしいんだって言い続けられるような人になりなさい。

 きれいな絵を描いてすごいって言われるのは簡単。

 でも、見映え以外にも価値あるものがあるんだって誰もが気づける世界にできたら、その行為のほうがよっぽど価値があるんじゃない?」

岡本太郎が残した「芸術の三原則」

芸術はきれいであってはいけない。
うまくあってはいけない。
心地よくあってはいけない。

気がつけばいつも、きれいで上手で心地よいものを求めようとしている。
そして、そうなれない自分に失望する。

「美しさは、真実から生まれるものだから。
 恥ずかしい気持ちも、情けない気持ちも、塗りつぶさずに受け入れてあげなさい」

そう言うと、彼女は紫のラインが入った左手を振って去っていった。

私はアトリエに戻り、ある作品を仕上げる。

作品名は「クラミドモナス/Chlamydomonas」
10のパーツから成り、単体でも1つの作品でありながら、集合体の一部でもある。
縦にしたり横にしたり、形状を変えることでもつ人と対話する。

この作品はよく喋る。
彼女と同じように。

彼女は生きている。

彼女からのメッセージは、
「私は答えをあげられない。
 でも、あなたの真実を見出す時に、手を貸すことはできる。
 だから、もっと話しましょう」

彼女の詳細はこちら。http://ec.tagboat.com/eccube_jp/html/products/detail.php?product_id=56453


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