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「うわさ」と「インフォデミック」との違いを考える(1)

▼インターネット、そしてSNSの普及によって、インフォデミック、インフォデミックと言われるようになったが、これまでと何が同じで、何が違うのか、冷静に腑分(ふわ)けする作業に取り組んだ論考があったので、紹介したい。

「中央公論」2020年5月号に載った、松田美佐氏の「「インフォデミック」と対峙する 新型肺炎とともに広まったうわさ、買いだめ騒動」

▼松田氏はまず、「インフォデミック」という新しい言葉を使う前に、「うわさ」という古い言葉で処理できる範囲を確定させる。これは堅実な知的作業だ。

考えるための具体的な案件は、トイレットペーパーが不足する、という「うわさ」によって、本当にトイレットペーパーが不足してしまった、馴染み深い案件だ。

これは、「インフォデミック」という言葉を使って考えるよりも、「うわさ」の範疇(はんちゅう)で済む問題だという。

▼筆者は2カ月前、「人類は今、インフォデミックの耐性を鍛えている件」というタイトルで2回メモしたが、今号は、その続きにあたる。

▼上記のメモでは、トイレットペーパー不足について、SNSを通じて情報が猛烈に広がり、「発信者の意図せぬ結果を生んでしまった」というカラクリの分析(日本経済新聞)を紹介した。

この話の肝(きも)は、「足りなくなるよ」というツイートではなく、「足りなくならないよ」というツイートが広まった結果、買いだめが起きてしまった、という皮肉だった。

▼松田氏は、この件に関して、SNSよりも、テレビの影響力のほうが圧倒的に大きかった、という分析結果を紹介している。言われてみれば、当たり前だ。

〈多くの人がリツイートやシェアによって拡散しなければ、うわさだとはならない。だとすると、うわさの責任は拡散した人にも問うべきではないか。

そもそも、買いだめの原因がSNSで広まったうわさかというと、それも疑わしい。NTTドコモモバイル社会研究所が2020年1月に全国の15~79歳を対象におこなった調査によれば、SNSの利用率は最も多いTwitterでも36.4%にすぎない。災害社会学者の関谷直也の調査によれば、このうわさをSNSで知ったという人は10%にすぎず、半数近くはテレビで知ったという。実際、テレビでは人々がドラッグストアに行列する様子や空っぽになった商品棚、ネットでの高額の転売例が繰り返し放送されていた。〉(55-56頁)

▼何度も書いていることだが、テレビのワイドショーで、日々のニュースについて、その件について無知な芸能人の、無責任なコメントを垂れ流す民放の番組づくりが罪深いと筆者は考える。

雇われる芸能人は、「そこ」にお金があれば、呼ばれれば、「そこ」で商売をするのは当然である。その時事問題の背景を知るために、何の役にも立たない感情ポルノや個人の感想を垂れ流す芸能人たちよりも、視聴者の生き死にに大きな影響を与えるそうした時事問題の分析と批評を、芸能人にとっての金儲けの道具にしている制作側のほうが責任が重いだろう。

無責任なのは、金儲けのために賢(さか)しらな消費用コメントを口にする芸能人ではなく、そうした芸能人を使うテレビ局である。今のままの情報番組づくりでは、コロナ感染の「次の波」が来た時、同じことが繰り返されるだろう。その繰り返しの悲劇もまた、同じようにワイドショーで「消費」されるだろう。

▼松田氏は、トイレットペーパーが足りなくなった現象について、「合理的」な判断と行動の積み重ねだった、という側面を指摘する。

アメリカの社会学者マートンによる「予言の自己成就」という言葉がすっかり有名になったが、トイレットペーパー騒動は、まさにそれにあたる。

商品の買いだめをする人々を「うわさに踊らされている」とみなすことは適当ではない。必需品である以上、万が一を考えて、手に入るうちに入手しようとするのは、ある意味で「合理的」な行動でもあるからだ。〉(56頁)

▼買いだめはロックダウンや移動制限に対応するための合理的な行動なのだから、〈「不足していない」という事実を示すだけでは効果はない。〉(同)

ここに「うわさ」とどうつきあうかの難しさがあるのだが、とはいっても、これは「うわさ」の範疇の問題なのである。

▼また、〈ネット上のうわさは広まるのも早いが、否定されるのも早い〉(57頁)という現実もある。

▼「うわさの公式」も紹介されている。

「うわさの強さや流布量は、そのテーマの重要性とあいまいさの積に比例する

というものだ。新型コロナは、まさに我々にとってとても「重要」であり、正体不明の「あいまい」な存在であり、この公式によると、うわさが大量に出回るのが必然なのだ。

▼これらを総合して、押さえるべきポイントは、〈ネットで広まる個別のうわさは古くからある社会現象の延長上で理解可能であり、さほど目新しくはない〉という点だ。

では、インフォデミックとは何か。何が問題なのか。2000字を超えたので次号に続く。

(2020年6月18日)

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