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日本人は大麻について多くを知らない件(その1)

▼「常識」というものほど恐ろしいものはない、と思い知らされる事件が多い。

▼東海大学の野球部員が大麻を使い、大学は野球部を無期限活動停止にした。

筆者は、この対応は過剰反応の極みだと考える。しかし、廃部にしなかっただけ、まだマシだと考えることもできる。

▼2020年10月17日配信の朝日新聞デジタル記事から。適宜太字。

強豪・東海大野球部員が大麻使用か 部は無期限活動停止 10/17(土) 13:45〉

東海大学(山田清志学長)は17日、神奈川県平塚市の湘南キャンパス内で記者会見し、同校の硬式野球部を無期限活動停止にすると発表した。複数の学生(野球部員)が大麻を使用した疑いがあるという。

大学の説明によると、今月9日、部員が大麻を使用している疑いがあると電話で通報があった。大学で調査委員会を立ち上げ、神奈川県警平塚署に相談したところ、16日に大麻を使用したと学生から申し出があったという。

東海大学の硬式野球部は首都大学リーグに所属し、リーグ最多の優勝73回を誇る強豪。全日本大学野球選手権でも4回(1969、76、2001、14年)優勝している。現在は秋季リーグが開催中で、17日に最終戦を戦う予定だった。17日は雨天中止となり、18日に順延されたが、東海大が秋季リーグ戦の出場を辞退したため、対戦チームの不戦勝が決まった。

巨人の原辰徳監督をはじめ多くのプロ選手が輩出し、今年のドラフト会議(26日)でも3選手がプロ野球志望届を提出している。

近年の大学生による大麻に関連する主な事件

2018年11月 追手門学院大のアメリカンフットボール部の男子部員が、大麻取締法違反(所持)の疑いで逮捕

19年10月 京都精華大の大学院生や学生の男女6人が、同法違反(共同所持)の疑いで逮捕

12月 同志社大の男子学生が、ツイッターに大麻の購入をあおる投稿をしたなどとして、麻薬特例法違反などの疑いで逮捕

20年1月 日大ラグビー部の男子部員が、大麻取締法違反(所持)の疑いで逮捕

6月 長崎大の男子学生が、大麻を譲ったり所持したりしたなどとして大麻取締法違反の疑いで逮捕

10月 近畿大サッカー部の男子部員5人が、大麻を使用していた疑いがあると同大が発表。大阪府警が捜査〉

▼この記事の後半にある、最近の事件一覧が重要だ。これらは、「一部」の、「特殊」な人々の「犯罪」なのだろうか。しかも、「大学生」に限った表であり、10代後半から20代までで並べると、もっと多い。

▼50年ほど前、オランダでは、若者の2割が大麻を使っているという現実を踏まえて、大麻の使用を「非犯罪化」した。こんなことを書くと、目を剥(む)いて怒る人がいるだろう。

日本社会は、もしも若者の3割が大麻を使うようになったとしても、猛烈に取り締まりを強化するばかりかもしれない。

▼「薬物はぜったいダメ」と言い続けるのがいかに無策であるか、無策にとどまらず有害であるか、について、これまでも何回かメモしてきた。

「薬物」と「森往来」で検索すると見つかるので、興味のある人はどうぞ。

▼ここでは、「精神科治療学」という専門誌の2020年1月号が、「大麻 国際情勢と精神科臨床」という特集を組んでいたので、そこから大切なポイントを紹介したい。

▼二つの論考を紹介するが、まず、編集を担当した松本俊彦氏の言。(3頁~)

この問題の本質を理解するための、前提情報である。適宜改行と太字。

〈編集子がこれまで薬物依存症専門外来で出会ってきた大麻関連問題の患者は, ざっくりと3つのタイプに類型化できる。

第1に, 会社員などとして一見適応的な社会生活を送りながら, 週末だけリラックスするためにジョイント (大麻煙草)を喫煙するというタイプ, 

第2に, ミュージシャンやサーフショップ経営者など比較的自由の利く職業で生計を立てながら, 20年以上の長きにわたって,それこそ煙草感覚で,毎日昼夜を問わず日に何本もジョイントを吸ってきたというタイプ, 

そして最後に,一定期間大麻使用を続けた後に幻聴や妄想などの精神病症状が出現し, 大麻使用をやめてもそれが持続するようになり, その治療を求めて来院するタイプだ。

大麻の使用頻度や使用期間こそ大きく異なるが、最初の2つのタイプには共通点が多い。まず,大麻取締法違反による逮捕を契機として弁護士の指示で受診している,ということである。要は, 滅刑狙いの法廷戦略としての専門外来通院であり、逮捕されなければ,そもそも精神科とは縁のなかった人たちだ。

実際,この2つのタイプの患者には, 精神症状らしきものが全く見当たらない。それから, 覚せい剤の使用障害患者によく見られるような, 渇望に翻弄されて薬物生活に陥り,無断欠勤やドタキャンを繰り返すこともない。もちろん, アルコール使用障害患者のような内臓障害もなければ,酩酊時の暴力行動もない。

何より特徴的なのは治療転帰だ。大麻に厳しいわが国の法制度に不満を漏らしつつも,彼らはさしたる苦労もなく大麻をやめ,1年程度で治療終結となってしまう。

▼つまり、3タイプのうち、1と2とは、社会生活に害を与えることはほぼない。そして、すぐに治る。

大麻で人生が破滅する、というイメージとは、およそかけ離れた現実である。

▼今号の肝(きも)は、以下の箇所である。

〈一方,第3のタイプとの治療関係は年余に及ぶことが多い。その統合失調症に類似した慢性的な状態像を「大麻後遺症」と捉えることもできなくはない。しかし, 彼らの大麻の使用頻度や使用期間は,たとえばヘビーユーザーである第2のタイプに比べれば取るに足らない程度だ。

多くは, 大麻使用以前から風変わりな人物として知られていたり,親族内に臨床遺伝学的負因が認められたりと,脆弱性を示唆する要因がある。そして, 不安や抑うつ気分などの心理的苦痛への対処として大麻を用いてきた経緯があり, 治療経過中にも種々のストレスをきっかけとして大麻使用を再発する傾向がある。

日々の診療のなかでこの3タイプの患者に会っていると,編集子は自分の大麻に関する無知を思い知らされるのだ。

もちろん, 大麻は無害などというつもりは毛頭ない。

ただ, その健康被害にはどうやら個人差があり, 個体側の要因を無視するわけにはいかない。 

いまや編集子は, かつてのように,学校の薬物乱用防止教育で, 「大麻に1回でも手を出すと人生は破滅する。 だから, 『ダメ。 ゼッタイ。』」 などと無邪気に話すことはできない。生徒を騙しているという罪悪感に苛(さいな)まれてしまうからだ。

私たちは大麻について多くを知らない。

わが国の精神科医のあいだで共有されてきた知識でさえも,その大半が稀少症例の経験に基づく不正確で歪曲されたものである可能性が高い。

それは, 私たちの勉強不足のせいではない。

▼麻薬問題について、日本を代表する精神科医が、「大麻について多くを知らない」と言うのだ。今も社会に根強く蔓延(はびこ)る「ダメ、ゼッタイ」というキャッチコピーなど、決して無邪気に話すことなどできない、と言うのだ。

さらに、この無知は、必ずしも勉強不足のせいではない、と言うのだ。

▼この言葉を、重く受け止める必要がある。

▼では、どんな原因によって、「私たちは大麻について多くを知らない」のだろうか。

(2020年10月19日)

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