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ビジネス歳時記 武士のおもてなし 第46話「献立」

閑所で考えた、食へのこだわり

紅葉も深まり、田畑に霜も降りる11月。その異称は「霜月(しもつき)」のほかに「食物月(おしものづき)」という呼び名もあります。

それは、その年に採れた穀物や農作物などを神様に供えて感謝する新嘗祭や、地域で行われるさまざまな収穫祭などが行われる季節となるから。また、秋のおいしい味覚を身近に感じる季節になるからでもあります。
 
最近は “料理男子”という言葉も浸透してきましたが、単なるグルメだけではなく、自ら献立を考え、調理してもてなすことが上手な男性も増えてきたようです。

歴史を遡ると、戦国時代に“独眼竜”の異名を持ち、戦やさまざまな藩政にもその手腕を発揮してきた伊達政宗もそうした一人で、当時の食文化に影響を与えた武将です。今回は、彼の食へのこだわりを、献立を題材にご紹介しましょう。

「朝夕の献立は是非とも心に叶ったものがよい。心に叶わぬものを食べて、体に良いわけがない」(「御名語集〈おんみょうごしゅう〉」※)という政宗の食事へのこだわりは、閑所(かんじょ)(雪隠:せっちん、つまりトイレのこと)で吟味することから始まりました。

朝6時に起床して洗顔をし、煙草を一服吸ってから閑所へ。そこは畳敷きで京間2畳の広さに、便器のほかに正面に書棚があり、床の畳の上には小さな文机がありました。入口の戸には20センチ四方の小窓が設けられており、そこから小姓が台所人から託された朝食の献立が書かれた紙を差し入れます。

そうすると、政宗はその献立を吟味して、その日の体調や気分によって内容を検討して小姓に返します。時には新たに政宗が立てた献立表を渡すこともあったそうで、閑所から返された献立の紙は、小姓から代筆をする物書衆に渡され、そこで清書してから台所人に戻されました。
 
終始、お付きの者がつきまとう武将の生活は、政宗にとっては息苦しさもあったのでしょう。この閑所が唯一ひとりになれる時間として、長いときでは2時間ほども籠っていたそうです。

自分の毎日の献立の検討だけではなく、接待用の献立を考えるときもあり、書状や日記、指示書などもそこで執筆する、書斎のような役割をもった空間でもありました。
 
もともと献立の「献」とは、「一献傾ける」、つまりお酒を飲むための肴を工夫することからきています。すでに平安時代には行われていましたが、江戸時代に入ると「式三献」や豪華な「本膳料理」※など、特に藩主と幕府の将軍などの間では、豪華な接待や贈答品のやりとりが多くなりました。政宗も、3代将軍徳川家光には供応の席を設けるだけではなく、たびたび気の利いた酒肴を贈っています。

そのひとつが、地元の名産品。これを筆マメでもある政宗は家光の近しい家臣に「少しですが、自家製の海鼠腸(このわた)※です。保存に工夫をしました。風味が良いので御膳に載せてください。上様は、前回の鮭の鮨についてはどのような感想でしたか?」と、さりげなく一筆添えて託しました。

「料理の心得がない者は、心が貧しい者である。一品でも自ら心を込めて盛るなら、それが最高の馳走である」(「御名語集」)という政宗自身の言葉があります。家光のために、この自家製の海鼠腸を入れた器は曲げ物。それは、“まげわっぱ”とも呼ぶ趣のある器で、桜や樺の樹皮を加工してつくられた東北名産の工芸品です。

そしておそらく、こぼれぬように竹筒に入れた海鼠腸を、その器の中に収めたのでしょう。そこからも、話題づくりにも気を配ったプレゼン上手な政宗の姿が目に浮かびます。

【監修】
企画・構成 和文化ラボ
東京のグラフィックデザインオフィス 株式会社オーバル


※御名語集
伊達政宗の逸話を側近から聞き書きしてまとめた文献。「政宗公御名語集」が正式名称。いくつか残る文献からの編纂が行われており、現在は『仙台叢書』(大正11-15年)や『伊達政宗言行録』に収録されている。
 
※「式三献」
酒宴の作法の一つ。酒肴ひとつを出して酒をすすめ、その器や杯が元に戻ることを一献という。同様に繰り返し、三献までが饗宴の区切りとされ、平安時代から始まり、現在も結婚式の「三々九度」などにその形が残る。
 
※「本膳料理」
室町時代に確立した供応のための日本料理の形式。二つの形式があり、ひとつは式三献にあたるもの。もうひとつは本膳・二の膳・三の膳など、膳の上に複数の料理が載る豪華な供応料理となる。
 
※海鼠腸
ナマコの腸またはその塩辛。ナマコの腸を洗い、塩を加えて樽や瓶、竹筒などに詰めて保存。冬に作ったものが美味とされ、常温では冬期でも3週間が賞味期限。からすみ、ウニとともに天下の三珍味といわれる。


参考資料
『別冊歴史読本 誰も書かなかった戦国武将96 人の真実』(新人物往来社)
『江戸の料理史 料理本と料理文化』(原田信男著 中公新書)
『伊達政宗 謎解き散歩』(佐藤憲一著 新人物文庫)
『江戸の食文化』(原田信男著 小学館)
『戦国武将ものしり事典』(奈良本辰也監修 主婦と生活社)


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