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ビジネス歳時記 武士のおもてなし 第17話「大名庭園」

江戸屋敷の、アミューズメントな社交空間

「そよりとも せいで秋立つ ことかいの」と、江戸時代中期の俳人、上島鬼貫※は立秋後の残暑をこう表現しました。時代は現代に移り変わっても、まだ暑い8月のこの時期は、お盆休みや一斉休業する企業もあり、旅行や帰省する方も多いことでしょう。

最近は、コロナ禍で密を避けて、広い公園やキャンプ場などで過ごす夏休みも人気のようですね。日常を離れた遊戯空間といえば、江戸時代にも各藩の藩主たちが自身の財力を競い趣向を凝らした、今でいうディズニーランドやUSJなどのような「大名庭園」がありました。

ところで、江戸時代にも夏休みなど武士にも決まった休みはあったのでしょうか。その明確な答えは見つかりませんが、いくつかの記録から推測することができます。各藩によってその勤務体制は違いますが、紀州の藩士、酒井伴四郎※の日記には、外出先や食べたものまでの行動記録が残っています。

伴四郎は、当時の参勤交代制度ではなく、「桜田門外の変」後の不穏な動きを探るなど、藩邸強化のために江戸に単身赴任してきた下級武士。藩主とともに藩邸で暮らすことになり、元来の好奇心を刺激される「江戸詰」の日々が待っていました。彼が藩邸内にある御殿に出勤する日数は、8月はなんと13日だけ。それも午前8時か午前10時から正午までという短い勤務時間。暮れ六つ(午後6時ころ)の門限さえ守れば、江戸見物をするなど自由な時間もたっぷりとれました。

ある日、伴四郎は藩主から、敷地内の庭園に招待を受けます。どこの藩邸でも、大小の差はあれ、当時の園芸や造園ブームを受けて、「大名庭園」と呼ぶ庭を持っていました。伴四郎は庭園の中にある茶屋で煙草盆とお茶のもてなしを受け、ふだんから日記や小遣い帳まで細かくつけていたというメモ魔らしく、同僚たちが緊張で顔も上げられない様子を尻目に、殿のお顔の様子まで詳細に記しています。同じ敷地内の長屋に住む家臣でも、当時は「大名庭園」を拝見することは、特別なことだったようです。

当時、江戸の土地の64パーセントは、武家地と呼ぶ藩邸などが占めており、こうした「大名庭園」と呼ぶ趣向を凝らした庭園が、藩主同士の交流など対外的な活動の場としての役割を担っていました。ここで、花見やお茶会、鷹狩りなどの行事が行われていたようです。

そのひとつが、尾張藩二代藩主の徳川光友※が作った戸山荘※です。今は、その面影は、一部の石碑などでほとんど残っていませんが、現在の東京都の新宿区戸山あたりに設けられた巨大な庭園で、東京ドーム9つ分ともいわれる桁外れのスケールの大きなものでした。

「一日にみやこへのぼるいい御庭」と、戸山荘を詠んだ川柳が残っています。徳川光友自身が指揮をとり、寛文8年(1668)に着工した回遊式庭園で、園内に東海道五十三次で人気の「箱根山」や川や滝といった風景をしつらえた「一日で江戸から都へ上ることができる」、その庭園だけで旅気分が味わえるものだったといわれています。

後の11代将軍の徳川家斉は、この戸山荘をことのほか気に入って、寛政5年(1793)と、その4年後に二度にわたって訪れています。それも「鷹狩りの最中に、気がついたら戸山荘に迷い込んでいた」、という体裁をとってのご訪問となりました。

道を進むと滝があり、渓谷沿いを渡り歩き、竹林を抜けると小田原を模した宿場町に辿りついた御一行、宿屋に入り、食事をとりました。休んだ後は、酒屋や当時人気だった植木屋で土産を買い求め、お茶屋で宴会も楽しんだという次第。宿屋も商店の商人も、すべて藩邸の関係者がキャストを務めていました。戸山荘は、年間に4日間限定で一般庶民にも開園したといわれていますが、「大名庭園」でのもてなしは、身分に関係なく人々の好奇心と遊び心を満たすものだったようです。

【監修】
企画・構成 和文化ラボ
東京のグラフィックデザインオフィス 株式会社オーバル


※上島鬼貫 [1661-1738]
江戸時代前期-中期の俳人。摂津伊丹(兵庫県)出身。名は宗邇。禅の影響を受けた素朴な俳風を特色とした。

※酒井伴四郎
生没年不詳。万延元年(1860)当時の紀州藩大番組所属。25石取りの下級武士。万延元年から江戸での見物や食べ物などを記した約2年に及ぶ日記が確認されている。

※徳川光友 [1625-1700]
江戸時代前期の大名。徳川義直の長男。慶安3年、尾張名古屋藩主徳川家2代になる。武芸に優れ、書画も手掛けた。

※戸山荘
尾張藩の徳川光友が寛文年間(1661-11673)に、箱根山を中心に東海道五十三次に似せて造った庭園。敷地は起伏に富む地形を活かして約13万坪(約45ヘクタール) にも及ぶ広大なもの。その一画に残る高さ44.6メートルの築山が「玉圓峰」とよばれる箱根山。現在も、その山へ登ることができ、登頂証明書も発行されている。
https://www.tokyo-park.or.jp/park/view/pdf/%E5%B0%BE%E5%BC%B5%E6%88%B8%E5%B1%B1%E8%8D%98%E4%BB%8A%E6%98%94.pdf


参考資料
『江戸のなりたち1 江戸城・大名屋敷』(追川生著 新泉社)
『江戸東京をつくった偉人鉄人』(荒俣宏・榎本了壱編 平凡社)
『幕末単身赴任 下級武士の食日記』(青木直己著 NHK出版 生活人新書)
『江戸の道楽』(棚橋正博著 講談社選書メチエ)
『江戸藩邸物語 戦場から街角へ』(氏家幹人著 中公新書)
『ビジュアル・ワイド江戸時代館』( 竹内誠監修 小学館)
『江戸大名の好奇心』(中江克己著 第三文明社)
『慶長大名物語 日出藩主木下延俊の一年』(二木謙一著 角川選書)
「尾張藩戸山荘の眺望に関する研究」
(李 偉著、https://core.ac.uk/download/pdf/198396448.pdf

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