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「早い方なら○日であめます」

 こんにちは。古いレース編みの本から作品づくりをしている owarimao です。
きょうお目にかけるのは、昭和13年の『主婦之友』の付録だった小冊子です。

 そろそろ時代は厳しくなってきていますが、まだこの冊子からは、豊かさが感じられます。ここに載っているレース編みの作品を一つごらんください。

中央の花に注目

 これはまた美しい。大きい花を縦横5枚ずつ、合計25枚つないであります。さらにその間を小さいモティーフで埋めてあります。一辺が64,5cmとあるから、1枚の大きさは約13cmですね。「30番のレース絲を五玉」使ってあるそうです。
(ちなみに私が今編んでいる糸は40番です。数字が若いほど太くなります)

写っている本は洋書

 おや?
 上の写真をよく見ると、糸が一ヶ所切れているところがあります。中央の列の、下から三番目(つまり作品全体の中央)にあたる花です。どうやらこの作品は、昭和13年ごろ新しく編まれたものではなく、当時すでにかなり時代を経たものだったようです。
 上の写真には次のような紹介文がついています。(原文は旧字体で総ルビ)

花継ぎの豪華なテーブル掛 
          クラウ・エメリアノフ
 丸い花を角形に継ぎ合せた、御覧のやうに見事なもので、一種の芸術品ともいひたいもの。(…)
 絲の質を選んでおあみになり、上手に洗濯なされば、それこそゆづり物です。

 「ゆづり物」つまり世代を越えて受け継がれる価値のある物、としてクロッシェレースが位置づけられています。ここで紹介されているテーブル掛けも、古い「ゆづり物」であった可能性が高いと思います。
 編み方を解説している「クラウ・エメリアノフ」とはどういう人か興味がありますが、確かなことは何一つわかっていません。ロシア風の名前なので、いわゆる「白系ロシア人」ではないか、などと私は考えています(まったくの憶測です)。
 ロシア革命と帝政崩壊によって故郷にいづらくなった人々が、国外(日本を含む)へ亡命する例は多くありました。有名なのは洋菓子のモロゾフ、野球のスタルヒン、バレエのパブロワなど。彼らは自分たちの技能や教養を生かして日本社会で生き抜いた人々です。「クラウ・エメリアノフ」さんもそういう人の一人だったかもしれません(憶測)。
 下の写真は編み方の解説なのですが、花びらの部分をはしご状につくり目する編み方に興味を引かれます。筆者が今編んでいる昭和15年のテーブルクロスにも、似たような編み方が含まれているからです。ひょっとしてエメリアノフさんは、故郷からこの種のものをいくつもたずさえて日本に渡ってきたのでしょうか?

 ところでこのテーブルクロス、全部編むのにどれくらいの時間がかかると思いますか?
 大小のモティーフを一日1枚ずつ編んだら、最短で25日です。しかしエメリアノフ先生は、こうお書きになっています。

写真のやうな素敵なテーブル掛が、僅(わず)か一圓五六十銭の絲代で、早い方なら二三日であめます。

 えっ! 「二三日」?

 ……昔の先生は時々こういうことをさらっと書いてくださるから怖いのです。25枚のモティーフを3日で編もうと思ったら、1日8枚以上ではありませぬか。
 昔の人がどれほどの勤勉さを当然と考えていたかを知ると、本当にびびらされます。
 ……こう書いてくると「昔の人は偉かった」→「今の人間は見習うべき」→「無理」というお話に着地していきそうですね。
 しかし、恐れることはありません。実は昔の人だって、こんなすごい人ばかりではなかったのです。次回はそのお話を書こうと思います。


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