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【落語好きの諸般の事情】#25 「創作落語」ならぬ「事実落語」問題

第19回「時事ネタのホルマリン漬け問題」では単発的なギャグフレーズのみに限定して例を挙げたが、今回は少し違う角度から。

古典と呼ばれる落語演目の中には、「これは実際にあった話」と前置きされるネタが、僅かだがある。『百川』『永代橋』『大丸屋騒動(村正)』などで、このうち現在でも頻繁に聴けるのは『百川』ぐらい。実質ほぼ消えたジャンルといってよい。
史実を題材とする講談種も実話といえば実話だが、あまり前記の断りを入れることは無い。また、近年東西で演じられる『代書屋(代書)』も、元をたどれば作者の四代目桂米団治師の実体験ネタではあるが、その旨を前置きする人はせいぜい上方の一部、米団治師直系の方々ぐらいではないかと思う。

一方、落語が作り上げられてゆく過程で、その時代の流行や出来事がストーリーのヒントに組み込まれることがある。
最も分かりやすい例は『藪入り』における「ネズミの懸賞」。ネズミを介した伝染病を予防するため明治期に実施されたネズミの買い取りが、元々別のサゲだった『藪入り』のストーリーを現行のものに変えたのである。ちなみに変わる前は下ネタだったという。
意外な所では、『黄金餅』の冒頭シーン。病気で寝込んでいる西念坊主が金兵衛にあんころ餅をせがむ場面がある。「なんであんころ餅なんだろう?」と前々から思っていたのだが、たまたま読んだ食物関連の書籍に、江戸末期の安政元年、江戸で「流行り病は牡丹餅を食べれば罹患しない」という噂が広まり都市伝説化したことがあった、と載っていて、これで謎が解けた。『黄金餅』という落語はおそらく、この安政元年の謎の流行をモチーフにして創作されたのだろう。

その時代ごとに流行した物が小道具として噺に登場する例はいくつもある。『船徳』のこうもり傘、『道具屋』の万年青、『睨み返し』の懐中時計、『意地くらべ』の牛鍋など、挙げるとキリがない。『阿弥陀池』の新聞や『胴乱の幸助』の丘蒸気などはストーリーにも大きく関わる。しかし、いずれも『藪入り』の「ネズミの懸賞」のようにマクラで背景をきちんと説明されることは無く、粛々と脇役小道具としての職務を全うして出番が終了する。『黄金餅』のあんころ餅に至っては、説明すればちゃんと意味を成すのに誰にも触れられない(説明している落語家さんがもしいたら私の勉強不足です、すいません)。

現代演じられるドキュメント新作落語(漫談・地噺形式以外のストーリーのある物)で、『百川』のように後世に古典として残る可能性のある作品って何だろう。三遊亭円丈師の作品は一代限りっぽいし、林家彦いち師の『睨み合い』とかは継承者がいれば残りそうだけど少々短いかな。当節はとにかく数が多すぎてとても全体にまで考えが及ばない。それとも新作講談の方には既にあるのかな。もし演じている方がいらっしゃるならば、頑張って是非古典と呼ばれるまで洗練させてくださいな。陰ながらお祈りしております。


さて、ここから先は今回のオマケです。
過去に拙サイト「落語別館」の日記やブログで書いた、東京時代に足を運んだ寄席と落語会の観覧記。それにちらっと説明を加えてのリサイクル公開(一部本邦初公開もアリ)。25回目は、2004~2006年の記録その15。今回は先週の分も合わせて大奮発の8公演、さらに2005年マイベスト高座のおまけ付き。

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