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【落語好きの諸般の事情】#21 高座の決定的瞬間と落語ファンの関係性問題(後編)

寄席における「決定的瞬間」、つまり演者が意図せず行ったハプニング的行動として、例えばどんなものがあるか。自分の記憶を中心に思いつくまま並べてみる。可能性が比較的高いケースから、徐々に千載一遇レベルのレアケースへと移行してゆく流れ。

(ケース1)落語家が噺を間違える、忘れる、やり直す
(ケース2)立ち上がろうとしたら足がしびれてヨロヨロ退場する
(ケース3)手拭いや扇子を楽屋に忘れてくる

 ……ここまでは寄席が好きな人なら一度は目にした経験があるはず。割とありがち。

(ケース4)口演中に演者の周りをハエが飛ぶ
……私が池袋演芸場にしょっちゅう通っていた当時、いつも場内にでかいハエが一匹飛んでいた。

(ケース5)「次の演者が楽屋入りしたか」を確認する合図で、高座から高座ソデ方面に羽織をポーンと投げる
……この羽織を前座さんが引くと「次の演者が入りました」の合図。引かれないうちは高座をつなぐことになる。三遊亭小遊三師が池袋演芸場でやったのを見たことがあって、しばらくソデを気にしつつ世間話をしていたが、途中から観念してちょっと長めのネタに入った途端、羽織が引かれた。

(ケース6)落語家がその前に出たのと同じ演目をやり始め、お客や楽屋から指摘される
……こっちは名誉のためにあえて演者名は出さないが、某寄席で見た。マクラから本編の一言目を発したら楽屋から「出た」と声がかかり中断。根多帖を持って来させ、高座で検討しているうちに持ち時間が少なくなり、少しだけ踊って引き上げた。

(ケース7)楽器演奏中に弦が切れる
 ……ミュージシャンのライブならありがちですけどね。これは誰だったか思い出せないけど寄席で見た覚えがある。ギターでなく三味線だったかな。この時は弦の張り替えをせず、残りの弦だけでしのいでいたはず。

(ケース8)本来黒紋付袴で出るべき披露口上の席に、黒紋付を忘れて色紋付で出る
 ……これは寄席ではなく、某ホール落語会で見た。以前有料オマケ欄で書いたので、どうしても気になる人は探してみてちょ。

(ケース9)戸を叩く仕草で高座を激しく叩きすぎて壊し、穴を開ける
 ……これは某師匠がコケラ落とし間もない都内某会場でやった、と高座で話しておられた。

(ケース10)曲芸師が演技の途中でバランスを崩して客席に飛び込む
 ……「東京かわら版」で長井好弘氏が連載コラムにお書きになっていた、ボンボンブラザースの高座。末広亭のガラス戸を壊して、しゃべらない繁二郎先生が思わずお客に声をかけたという、なかなかのレアケース。

ここからさらに稀有なシチュエーションとなると、興味本位にも見たくはないが、突発的な病気、生き死にと関わるケースとなろうか。
楽屋で倒れたり絶命したりするケースは何人か聞いたことがあるが、高座の客前で、というのはさすがに知らない。ただ二代目桂春団治師は、噺の途中で体調が悪くなって客に口上を述べ、幕が下りたその場で昏倒したという。芸人の強い気概を感じずにはいられない。

さらに伝説になっているのが、大正期に上方で活動した四代目桂文吾という落語家さんが、高座で突如発狂したという逸話。これをたまたま客席で見ていて、後年『上方はなし』という文献に書き残したのが後の四代目桂米団治師(故・桂米朝師の師匠)である。前編の中で書いたパターンなのだが、この瞬間×著名人の遭遇確率ってすごいのではなかろうか。

なので、もしあなたが将来プロの文筆家になりたいのであれば、今のうちにいっぱい寄席に通ってネタを仕入れておくことをオススメしたい。決定的瞬間に遭遇できるか保証は無いけど。
余談ながら、ケース5で小遊三師が演じたのは『大工調べ』で、これがめちゃくちゃ良かった。遅れていたのは小遊三師の師匠・三遊亭遊三師(中トリ)で、このあと上がって演じた『水屋の富』がこれまた抜群に良かった。期せずして平日の池袋で親子会の様相。私の寄席通いの記憶の中でも、羽織ポーンから始まるこの2席までの流れは今も記憶に鮮烈。
ドラマ『花嫁のれん』ではないけど、「よき思い出は心の宝」ってホントだね。


さて、ここから先は今回のオマケです。
過去に拙サイト「落語別館」の日記やブログで書いた、東京時代に足を運んだ寄席と落語会の観覧記。それにちらっと説明を加えてのリサイクル公開(一部本邦初公開もアリ)。21回目は、2004~2006年の記録その11。今回も私が書いた落語の上演と、貴重な高座。そして浅草演芸ホール昼夜初体験などなど。

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