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【落語好きの諸般の事情】#30 みんな大好き?落語界のお名前問題

落語好きになって数年が経つと、特に男性の場合、落語家の名跡の話題に興味を抱くようになる。誰もが踏み込むマニア道の第一歩。
名跡とは、伝統と歴史を背負った芸名のこと。その名を継ぐことを襲名と呼ぶ。従って、新しい芸名を名乗ったり、過去の成功者でない人の芸名を継いだりするのは、一般的に襲名ではなく改名と呼び、代数も付けない(最終的には当事者判断に委ねられるが)。
これは知っている人には言わずもがなのことだが、一応ご存知でない方への基礎知識として加えておく。あと冒頭「特に男性は」と書いたけど、女性で名跡の話題に食いつく人って私はこれまでお会いしたことが無い。自分で書いといて何だけど。

歌舞伎にも襲名はあるが、襲名に際して一悶着あったという話題が漏れることは少ない。対して、落語界の方はちょいちょい耳にする。なんならそれがゴシップ要素として落語ファンの日々の居酒屋談義の種になる。
今年も、五代目円楽一門と根岸の林家一門の間で話題になった件があったが、既に結論はついたことだし、今さら何か書いても誰かの三番煎じぐらいのことしか言えなくてみっともないので言わない。堀井憲一郎氏が各方面に配慮しつつ書かれた評論文をご一読ください。私はそれに全乗っかりで。

そして、現在空き名跡となっている芸名にも落語ファンの注目は集まる。
所属団体や先代の遺族の意向などで事情は異なるが、現在空き名跡になっている主な名前を挙げると、東京の落語協会系(三遊協会系含む)では志ん生・円生・柳枝・志ん朝・談志・円蔵・円菊・扇橋・つばめ・志ん馬・さん馬・円之助・円弥・円好など。同じく芸術協会系では柳昇・円右・円左・夢楽(むらく)・痴楽・橘ノ円・円枝・文朝・小円馬・小円遊・柳桜など。一方上方では、松鶴・露の五郎兵衛(五郎)・文の家かしく・福松・文団治・円都・枝雀・文紅など。金語楼もあるけどまだ一代限り。
ここに挙げたのは先代の没後間もない名前が多く、諸問題も絡んで、先代の印象の残るうちはあえて空白期間を置くこともある。ただし三遊亭歌之介師の四代目円歌襲名のように、一周忌を過ぎてすぐに決定公表される例もあり、一概には言えない。他にも内密に継承者が決定済みの名前もあることだろう。
また落語史上の大名跡ということでは、橘家円喬・談洲楼燕枝・五明楼玉輔(玉の輔は現役)・曽呂利新左衛門、そして何より三遊亭円朝がある。上方の米沢彦八はどうかな。

当今は落語家さんの数が東西共に増え、真打に昇進しても襲名する名前が無くなった、という落語家さんの談話をたびたび目にする。上で挙げた空き名跡のうち数十年も継承者がいない名前には、たぶん部外者には窺い知れない理由もあるのだろう。それもあってか、一昔前ならレアだった名跡が再度日の目を見るケースもちょくちょく出てきた。
例えば柳家花緑師門下の台所おさん師は、前名が台所鬼〆(おにしめ)。花緑師の師匠であり祖父であった五代目柳家小さん師が、常々弟子に命名したいと考えていたという一門の名前だ。台所という屋号も面白いが、小さん門下でおさんというシャレも楽しい。
五街道雲助という芸名もインパクトが強い。その流れからか、雲助師の一門の真打はみんな芸名のインパクトでは師匠に劣らない。桃月庵白酒、隅田川馬石、蜃気楼龍玉。すべて三代目または四代目となる由緒ある名だ。こうなると次がどんな名になるか楽しみだが、残念ながら一門は今のところ龍玉師が末弟である。
こうした稀有な芸名を探すのは楽しいもので、川柳川柳・むかし家今松・吉原朝馬・春雨や雷蔵など、シャレまじりの芸名には粋な趣も感じる。立川龍志師の前名・金魚家錦魚なんてのもあった。柳家一琴師の前名・横目家助平は名前だけでもう面白い。

1980年暮れに出版された「別冊落語界 愛蔵版・落語家総覧」(深川書房)というムックの企画で、学究派で知られた先代柳亭燕路師が「古今・亭号屋号一覧」という記事を執筆されていて、この中で過去のなんと303種もの亭号屋号を紹介しておられる。ここに掲載された名前のうち、本の刊行後に復活した亭号もある。前述の桃月庵・隅田川・蜃気楼・横目家の他、快楽亭・昔々亭・瀧川・全亭・東生亭などなど。
では最後にこの記事の中から、復活したら話題になりそうな名前をいくつか拾ってみたい。
・「東西庵」。下の名は「南北」
・「一生庵」。下の名は「安楽」
・「福羽内」。下の名は「豆助」
・「玉屋」。下の名は「柳勢」。キレイ。
・「名古屋」。下の名は「鱗光」。そのうち大須に現れるかも。
・「ヤッツケ楼」。下の名は「双枝(=壮士)」。なんとなく明治の空気が伝わる。
・「天下」。下の名は「自由」。ヤッツケ楼双枝同様、自由民権運動で賑やかだった明治の頃に寄席で政治的アジテーション漫談?が行われた際の芸名とのこと。

今後、落語ドラマや映画、小説などを製作される関係者各位は、自分で亭号を考えるのでなくこういった過去の資料をどうか参考にして頂きたい。一生懸命リアリティを持たせようと頭を捻った形跡ありありのニセ亭号より、ずっと真実味が感じられると思うから。


さて、ここから先は今回のオマケです。
過去に拙サイト「落語別館」の日記やブログで書いた、東京時代に足を運んだ寄席と落語会の観覧記。それにちらっと説明を加えてのリサイクル公開(一部本邦初公開もアリ)。30回目は、2004~2006年の記録その20。今回で約2年分の記録がコンプリート、補填作業ラストとなります。

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