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倍速視聴は界王拳

数年前に『映画を早送りで観る人たち~ファスト映画・ネタバレ――コンテンツ消費の現在形~』という本が話題になったことがあった。そこでは、映画や映像を早送りで見る人が増えている、という現象について分析されていた。

映像を早送りで視聴するということに関しては、私もいろいろ思うところがあり、単純に賛成とも反対とも言い切れない立場である。

この問題に関して1つ思っているのは、倍速視聴は界王拳とほぼ同じではないか、ということだ。急に何を言い出すんだと思われたかもしれないが、もう少しだけお付き合いいただきたい。

界王拳とは漫画『ドラゴンボール』に登場する主人公の孫悟空が使う技の名前である。「界王拳2倍」「界王拳3倍」などと数字を指定することで、自分の力を何倍にも高めることができる。

悟空の師匠である界王は、界王拳を伝授するとき「せいぜい2倍までのパワーにおさえておけ」と忠告した。それを超えると体への負担が大きすぎて危険だというのだ。実際、悟空はその後のベジータとの戦いで2倍を超える界王拳を繰り出してしまい、窮地に陥ることになる。

倍速視聴(早送り視聴)にもこれが当てはまる。つまり「せいぜい2倍までにしておけ」ということだ。今はYouTubeでもポッドキャストなどのラジオアプリでも、2倍までの早送り再生は標準装備されている。つまり、倍速再生は暗に認められているということだ。実際、2倍程度であれば、言葉もほとんど聴き取れるし、内容を見失うこともない。

しかし、それを超えると一気に別世界になる。人にもよるかもしれないが、3倍になると聴き取りが相当きつくなるし、4倍だとほぼ不可能になる。映像も2倍までは何とかなるが、それ以上だとついていけなくなることが多い。

早送りで視聴する人は、効率的に短時間で多くのコンテンツに触れたいからそうするのだと思われるが、3倍以上だと精度がガタ落ちしてしまい、むしろ何も吸収できなくて効率が悪くなるのではないか。

しかし、3倍以上の超高速再生に何らかの「高揚感」が伴うのも事実であり、それは界王拳3倍を使ったときの悟空が感じたのと同じものかもしれない。スピード狂は身を滅ぼすこともあるが、スピードの先にしか見えないものもある。やはり倍速視聴は界王拳なのだ。