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小峠英二さんと言葉遣いのセンスについて

 いつの頃からかお笑い芸人に暴れたり叫んだりする方が出て参りました。もちろん、お笑い芸人は笑わせることを目的にやっているわけなのですが、この手の笑いは面白さが理解できないと恐怖でしかありません。「うわ、怒ってる」と本気で受け止めてしまうわけです。

 私も子供の頃はダウンタウンのコントや極楽とんぼの喧嘩を見ては心臓がキュッとなっていました。両コンビに共通するところは鬼気迫る演技でございまして、マジで喧嘩していると思ってたんです。何なら彼らは普通に手を出してましたし。

 もちろん、今から考えれば明らかに演技だと分かるんです。怒るタイミングが明らかにおかしく、無理やり怒ってる感が出てましたし、怒りの言動も明らかにコミカルな部分がありました。それに、大人の男性が暴れているとは言え、壁や手すりが簡単に壊れすぎなんです。何なら、壊れた壁や手すりの断面は明らかに発泡スチロールでした。そして、周囲ではスタッフの笑い声も聞こえる。

 さすがに今では芸人が暴れようが叫ぼうが平気で笑えるようになりましたが、そんな幼少期を送ってきた関係上、暴れるお笑い芸人に顔をしかめる方の気持ちも分かるんです。誰もがお笑いのルールを理解しているわけがありませんし、そういう方々にとって暴れる芸人は恐怖や不快の対象になり得る。そもそも、例えネタであっても言い争いを見たくない方だっているでしょうし、喧嘩芸を見たくない気分の時だってあるでしょう。

 実際、今よりもキレッキレだったダウンタウンや極楽とんぼには、コンプラ云々言われる前の時代とされている当時でもいろいろ苦情が来ていたと聞いています。それくらい暴れていましたし、暴言も半端なかったわけです。

 現在はコンプラがどうとかで大変だという話はよく聞きますが、それでも芸人は暴れますし叫びます。苦情はいつしか炎上と呼ばれるようになり、芸人が燃えることも珍しくなくなりましたが、中にはうまく暴れたり叫んだりしている人もいます。

 例えば、バイきんぐの小峠さんは暴言を叫ぶタイプのツッコミですが、彼の言動が炎上する話を寡聞にして存じ上げませんし、むしろ様々な番組で笑わせてもらっています。小峠さんは殴ったりいじったりするタイプでない点が大きいとは思いますが、結構なことを言っているのは確かです。それで笑える。どういうことなんでしょう。

 私にはお笑いの話ができる唯一の知人である澤田さんという方がいらっしゃるんですが、彼女とお笑い芸人の情報交換をしている時、上記の疑問をぶつけてみました。すると、彼女の答えはこうでした。「言葉遣いにセンスがある」。

 言わんとしているところは分かります。しかし、センスの厄介なところは数値で表せられないどころか、目の前に置いて「これがセンスですよ」とも言えないところだと思うんです。特に、形のないもののセンスなんて更に抽象的です。どうしても個人の主観とか感覚によるところが大きい。言葉のセンスともなればなおさらです。

 ただ、最近になって小峠さんのセンスを改めて痛感する場面に出会いました。2023年3月17日に放送された「全力!脱力タイムズ」での話です。

 この番組は一見すると情報番組のようですが、実際はゲストであるお笑い芸人を追い込んでいき、その様を見て笑ってもらう番組となっています。レギュラーとしてマジのアナウンサーや文化人、評論家などを取り揃え、それに加えてゲストにアイドルまたは役者を呼ぶという豪華な布陣です。

 この日の放送では、様々な方が恩人に感謝の気持ちを伝えるという企画ではあったんですが、感謝を伝える方々がことごとくツッコミどころのある言動ばかりするため、MCの有田哲平さんが小峠さんにツッコみをうながすという流れになってゆきました。当然ながら、小峠さんは結構な暴言を叫んで応戦。例えば、熟年夫婦が登場し、夫が妻に何度も感謝を伝えようとするも、そのたびにすぐ泣き出して全然話が進まない時には、小峠さんは「いいから話を進めろ、この老いぼれ!」と叫び続けました。この番組で一生分の「老いぼれ」を聞いたかもしれません。

 最後に登場したのは二代目林家三平さんです。三平さんに至っては、感謝の気持ちを伝えるという企画意図にすら従わず、「この番組に出られて嬉しい」などと意味不明な供述をするわけです。すぐに有田さんのゴーサインが出たため、小峠さんは三平さんのところへツカツカと歩み寄ってこう叫びました。

「おい、落研コラァ!」

 それからも小峠さんは三平さんを「落研くずれ」などと叫び、ものすごい熱量のツッコミを浴びせかけます。私は大笑いしたんですが、同時に思いました。三平さんを「落研」とツッコむのはすごいなと。その上、「落研くずれ」です。

 基本的に言葉は短いほうが強い印象を与えるため、言葉で表現する場合は原則として短いほうがいいとされています。「落研」は平仮名で4文字ですから、かなり短い部類です。

 文字数を短くすることの難点は当然ながら伝えられる情報が制限される点にあります。対策としてはいろいろありますが、言葉のイメージを利用して観客や視聴者の想像にゆだねるという方法があります。敢えて説明しますと、「落研」はいわゆる「落語研究会」の略で大学の落語サークルみたいなものです。要は「アマチュア落語家」という、世間に浸透しているイメージがある。それをプロの落語家である三平さんにぶつけることで、彼のキャラクターをいじっているわけです。

 もちろん、もっと直接的な表現はいくらでもあると思います。強い意味の言葉でツッコむ選択肢もあったかもしれない。ただ、あまりに言葉が直接的だったり強かったりすると、言い過ぎてしまう危険性がある。酷い表現になってしまって笑えなくなるわけです。

 そう言えば、番組終わりに、カットの声が入ると小峠さんはすぐ三平さんのところへ謝りに行く様子も放送されていました。その時の三平さんの言葉が印象的でした。「落研なんて初めて言われたよ」。

 三平さんは有名な落語家を父に持ち、自らも落語家の道へと進んだ方です。それだけでもいろいろ言われる下地ができていますし、事実、長年にわたっていじられてきました。でも、「落研」といういじりは初めてだった。私もテレビで落語家にそんなことを言っている人を初めて見ました。つまり、独自性がある。

 難解な表現で独自性を出すなら簡単なわけです。誰も知らない表現を作ってしまえばオリジナリティは出るでしょうし、そこにはそれなりの苦労があると思います。ただ、それは人に伝わりづらく、ツッコミとしては問題があるでしょう。身近な表現でありながら、誰もやらなかったツッコミをする。しかも、文字数は短く、三平さんをツッコむのに最適な単語を選んでいる。それを本番でパッと出せる。「言葉遣いにセンスがある」の好例と言えるでしょう。

 怒鳴ったり叫んだりして笑わせる芸は大変だと思います。半ば強制的に感情を高ぶらせ、ある種の興奮状態となった中で笑える言動をしていかなければならない。心身の調節が大変だとはたから見ていても思います。それはまるで時速200キロしか出ない車で公道を走り回るようなもので、細心の注意を払ってハンドルをさばいていかないと簡単に事故ってしまいます。プロの芸人でもその手の事故を起こした方々を何人も見てきました。

 小峠さんがまず事故らないのは、三平さんが登場してすぐに様々な状況から計算し、「落研」という絶妙なツッコミを出せるところなんだろうなあと痛感した次第です。今回は以上となります。ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

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