言葉遣いから見るTHE SECOND 2023 グランプリファイナルの感想
2023年5月20日にTHE SECONDのグランプリファイナル、すなわち上位8組によるトーナメントが放送されましたので、その感想を書いて参ります。このnoteでは「いいネタはいい文章と書く参考になるんじゃないか」という偏見を根拠に、ネタの一部を文章に書き起こして引用し、そこからあれこれ考えて感想を書くという形式を何度かやっております。
そして、個人的な勉強になればと思っていたのですが、せっかくだからとこうやって載せている次第でございます。では、早速参ります。
今回はベスト8、ベスト4、決勝の順に紹介してゆきます。ネタを引用する際には読みやすさを重視するため、セリフの細部を変更したり、注釈を加えてたりしている箇所がございます。また、敬称略になっている部分もございますので、ご了承くださればと存じます。
1.金属バット ――独自表現で「触れてはいけない」性質を活用する
金属バットが披露したのは、ことわざを知らない相方にことわざを教えるネタでした。
ことわざを教えるということは、すなわち意味を説明するということになります。それをいかに説明するかが、このネタの大切なポイントのひとつとなります。ちなみに、金属バットによる説明の例をいくつか抜粋すると、こんな感じです。
ラフに説明しているように見えて、ことわざの正確な意味を伝えるためのポイントは押さえており、更に自らのキャラクターに合った表現へ調整されていることが分かります。「ラフなようでキチンとポイントを押さえてある」。そこを土台にして、ネタが展開されてゆきます。
現在ではTKOのふたりに何があったのか広く知られているため、起こったことを詳細に説明する必要がありません。「TKO」という言葉自体に様々な意味がギュッと詰まっている状況です。その様々な意味の中に、「あんまり触れてはいけない」という世間の、少なくともお笑い好きの共通認識があるわけですが、それが「詳細に説明する必要がない」との相性がよくなっています。つまり、考えようによっては「TKO」という言葉は説明を省略しながらも、ブラックな笑いでウケが取れるという、効率のいい単語になっていると言えます。
また、もうひとつの注目点として金属バット特有の言語センスがございます。上記の引用部では「ペットボトルの形の煙」や「下の句」がそれにあたります。これらの言葉は何の説明もなく使うには、用法が若干おかしいわけです。「ペットボトルの形の煙」なんてまず発生しませんし、そもそもそんな言葉は存在しません。「下の句」の使い方は、正確に言えば間違っています。でも、意味は通じますし、聞いてて違和感はほとんどない。逆に、その小さな違和感が笑いに繋がっている。この辺りの単語を見つけ出し、何の説明もなく使えるところが金属バットの言語センスだと思われます。
続いてもう1箇所、引用します。
これまでに紹介した「ラフだがポイントを押さえた説明」「あんまり触れてはいけないものをうまく使う」「独特な単語の使い方で笑いを誘う」が全て揃っている部分です。言うべきポイントを押さえた「鬼に金棒」の説明は当然として、ワクチン云々という触れづらいものをやんわり触ることで笑いに繋げています。「思想が強い」という言葉は本来の意味からちょっとズレていますが、そのズレがむしろ面白くなっています。
無駄な説明を省きつつ、笑いどころを増やし、表現の配慮もしているなど、ラフな会話をしているようで土台はちゃんとしているのが金属バットの漫才ではないかと思われます。
2.スピードワゴン ――場面変化のために丁寧に重ねられた言葉
スピードワゴンは小沢さんが相方を放っておいてひとりで恋愛コントを展開していくネタを披露しました。後半で展開が変化していくところがネタの肝となるんですが、その場面をうまく活かすための下ごしらえは冒頭から始まっています。
小沢さんは一言目から、自身のキャラクターやネタの中での立ち位置を観客へ暗に表明してゆきます。小沢さん独自の、いわゆるちょっと変わったナルシストキャラを早くも存分に出しているんです。しゃべり方はもちろんですが、特に「四季折々」という普段あまり使わない単語を「恋」に繋げたところが効いています。ただ「恋してる?」だと小沢さんの変さが半減してしまうところからも分かるかと存じます。また、「四季折々」は後々の場面に繋がる単語でもありますし、ツカミの笑いとしての役割も果たしていると思われます。
また、小沢さんがあまり井戸田さんの話を聞かないというやり取りが、これまた暗に示されています。ただ、単に話を聞かないとかコミュニケーションを完全に遮断するとかではなく、「もう行け」と言いながら、「せめていさせてほしい」食らいつかれたら「じゃあ見てて」と妥協する。この距離感が絶妙です。当然ながら、この絶妙な距離感が後半における場面変化で効いてくるわけです。
小沢さんがひとりでネタを展開し、井戸田さんはそこになかなか入れない。スピードワゴンはこの状況を何度も丁寧に観客へ見せてゆきます。
小沢さんがコント内の全登場人物を担当し、井戸田さんはコントの外側からツッコミを入れるだけの状況が続きます。ただし、コント内で小沢さんは井戸田さんの名前を出し、井戸田さんは諦めずに小沢さんが作ったコントの世界へ入ろうとする。この微妙な関係が今回のネタの醍醐味であり、後半への伏線のようなものになってくるわけです。
その後、井戸田さんは何度か「大至急」と言って小沢さんを呼びよせ、コントを強制的に終了させます。該当箇所をふたつ引用します。
すぐに自分だけの世界へ戻ろうとする小沢さんのキャラクターをより一層確立させると共に、無駄のない素早い進行にもなっており、更に笑いどころも複数作っているなど、これら短いやり取りの中にはいくつかの役割を持たせていることが分かります。当然ながら、なるべく自然なやり取りに見せることは大前提です。
こうやって丁寧にやり取りを積み重ねたものが、次の場面で活きてくるわけですね。
散々無視しておきながら、いざという時に応える。この場面を笑いに繋げるための仕組みが、冒頭からセリフの端々に仕掛けられていたのだと考えられます。
3.テンダラー ――最短距離の話題移行で超効率的な場面接続
テンダラーは本屋やスカウト、野球などいくつかの短めなネタを繋げて1本のネタにしています。短編をいくつも重ねてひとつの長編にするようなもので、長めの漫才にはよく見られる形式です。ただ、テンダラーの場合は、そのネタとネタの接続部が非常に短く、その割には自然に聞こえる。そうするための技術が確認できます。
それは漫才の冒頭からもう始まっています。
年齢の話と本屋で手が触れる話は関連性が薄いはずなんです。しかし、テンダラーは短い時間でうまいこと話の流れを本屋のネタまで持って行っています。「いい年」→「独身」→「運命的な出会い」→「本屋」と、もうこれしかないと思えるほど最短距離で話が移行しています。
ネタとネタの繋ぎでは、このような最短距離の話題移行が続いてゆきます。以下、ネタ間の繋ぎ部分を引用して参ります。
スカウト、侍ジャパン、酔いつぶれる、駅伝。文章にしてじっくり見ていくと、次のネタに関連した単語が突然出てきているように見えなくもない。しかし、ネタを楽しんでいる分には特に違和感のない方が大半だと思うんです。そこがテンダラーの技術だと考えられます。
繋ぎの部分は、更にいくつかのパートに分けられると思います。まず「前のネタを受けて話題変更のために仕込みを入れるパート」、続いて「次のネタに向けて話題をガラッと変えるパート」、そして「変えた話題を少しだけ広げるパート」、最後に「次のネタへ入るために話を調整するパート」です。
もちろん、全ての繋ぎがこの4パートを持っているわけではなく、同じ野球ネタを繋ぐ「侍ジャパンのネタ~ビールかけのネタ間」の場合は、ちょっと話題を変化させただけで次のネタへ入っています。一方。「スカウトのネタ~侍ジャパンのネタ間」は繋ぐにしてもあまりに距離があったためか、スカウトのネタ内でも野球のスカウトの話を仕込み、それを繋ぎの部分でも触れてから侍ジャパンのネタへ移行していくというテクニカルなことをしています。
4.超新塾 ――5人を統率するシステムをキッチリ遂行する
超新塾は飲み会で社長を盛り上げるネタと映画の予告をやってみるネタを披露していました。
ご存じの通り超新塾は5人組とかなりの大所帯であるため、ネタの方式も独特です。ひとりのツッコミと4人のボケで構成されており、4人まとめてひとつのボケとして扱う場合が多い。つまり、1対4の構図がほとんどなわけです。
また、誰が何をどのタイミングで言うかなど、セリフがカッチリ決まっているのも大きな特徴です。冒頭の挨拶から、その特徴が見られます。
この挨拶は例外なく、一字一句違わず行われると言っていい状況です。メンバー単独のセリフもございますが、全員が揃って同じことを言う行為が超新塾は非常に多いという特徴があります。冒頭のやり取りでも確認できます。
文字に起こすと、溝神さんがしっかりタイミングを取ることで、全員が揃ってセリフを言えていると分かります。この「全員が揃って同じことを言う」は、ネタの要所要所に存在しています。例えば、本ネタに入る部分です。
「どうした!」と言う直前では、溝神さんが息を吸うことでタイミングを合わせているようです。
どんなネタでも導入部は基本的にこの形式を用いています。また、ネタとネタの繋ぎ部分も同様で、基本的には次のような形式を用いています。
このように、全員で同じセリフを言ったり、同じ形式を用いてネタを披露したりするのは、恐らく人数が多いという点が大きいと思われます。ふたりなら掛け合いもできるでしょうが、5人で掛け合いをしようとすると、やってるほうも見てるほうも訳が分からなくなってしまう。そのため、セリフをちゃんと決めてアドリブをなるべく排除するネタになっているのだと考えられます。それは本ネタに関しても同様の傾向が見られます。
5.三四郎 ――お笑い好きに特化した言葉選び
三四郎は1本目に占い師のネタ、2本目に弟子入りのネタを披露しました。
三四郎と言えば、小宮さんの独特な言葉遣いによるツッコミが特徴です。例えば、今回のネタですと「とても悲しきツカミ」ですとか「生き散らかしてやるよ」ですとか「類まれなる稀有なコンビ」のように、敢えて古風な単語や難しい言葉などを用いて、他の人がなかなか使わないようなワードでツッコんでいます。こうやって書くと単純にも見えますが、どの単語をどのように使うかが難しいわけで、できるかできないかはいわゆる「センス」というものによるのだと思われます。
ただ、今回のネタに関して言えば、三四郎のネタはもうひとつハッキリとした特徴がございます。それは、ネタの内容がお笑い好きに特化しているという点です。
例えば、1本目のネタですと、こんなやりとりがありました。
出てくるお笑い芸人が明らかに一般向けじゃないのがお分かりいただけるかと存じます。もちろん、ここで登場した2組は端的な、かつ偏った解説を入れていますし、もっとメジャーな芸人もネタ中に散りばめられています。しかし、そうかと思えばダウ90000が出てきた時には「令和すぎる」というツッコミに加えて、「(審査員は)せめて蓮見だけだろ」と言うに留めるなど、お笑い好きな人にしか通じなくても構わないかのような構成となっています。
このようなネタにした理由は恐らく、審査員である観客がかなりのお笑い好きであると見込んだためでしょう。結果として準決勝まで勝ち上がったのですから、その判断は正解だったと言えます。
極めつけが次の部分です。
一応、補足説明らしきものがあるとは言え、キングオブコメディがどういうコンビなのか事前に知っている人を笑わせようとしているのは明らかです。更に、昨年のM-1グランプリ決勝でのウエストランドのオマージュとも言うべき「警察に捕まり終えている」という言い回しもございます。つまり、観客は去年のM-1決勝を当然見ているだろうとの予測に基づいて作られているわけです。
何だったら、三四郎とウエストランドの関係性も把握しているであろうことを前提にネタを披露している節もございます。以下、2本目のネタからの引用です。
お笑い好きに特化した戦略を中心に書いて参りましたが、もちろん基本的な技術はちゃんと備わっていることが大前提となっておりまして、例えば「バチボコ傷つける」という言葉を一度しか使わず、以降は「傷つける」を略して「バチボコ」だけでも観客に正確な意味が通じるような言い方をしています。また、「工藤静香らしさ」ではなく敢えて「工藤静香さ」と言ったり、無駄な表現を省きつつ笑いを誘う言葉にするなど、漫才の技術に長けているのがこの部分だけでもよく分かります。
6.囲碁将棋 ――優れたタイトルの数々さえも次のネタのフリにする
囲碁将棋は1本目にモノマネをするタイトルが生意気というネタ、2本目には副業をやりたがるも生意気だったり全然努力する気がなかったりするネタを披露していました。
囲碁将棋の漫才で目立ったのは、タイトルの強さです。キャッチコピーの強さとも言えましょうか。例えば、1本目はモノマネ素人がやるには明らかにタイトルが玄人のやつ過ぎて「生意気だ」とツッコまれるわけなんですが、どのタイトルもお笑い的にとてもちゃんとしています。試しに列挙してみます。
ひとりWAHAHA本舗やアリアナ・グランデといった例外はありますけれども、いわゆる架空の「細かすぎて伝わらないモノマネ」のタイトルとして違和感のないものになっています。
この手のモノマネのタイトルは、具体性を高めて場面を限定させつつ、笑えるように加工するのが王道となっています。あとはモノマネする人物と関連性が強い言葉を入れるところですね。竹内まりやさんだったら「毎日がスペシャル」、徳永英明さんだったら「思春期に少年から大人に変わる」の部分です。あとは読みやすい文章にまとめあげるなど、日本語としておかしくないよう調整しているのだと思われます。
囲碁将棋の凄いところは、その上で更に笑えるポイントを貪欲に組み込む点であり、例えば「孫悟空、孫悟飯、孫正義」の3段落ちだったり、ギニュー結弦のようなダジャレだったりがあげられます。聖徳光和夫太子のように口頭でも分かるレベルの合体人名を用いたり、「本日はオーケストラバージョンで」のように補足説明をオチしたり、ふたりそれぞれ別のモノマネを披露しようとしたりと、手数が非常に多いです。ひとりWAHAHA本舗やアリアナ・グランデで変化をつけて笑いを取ることも忘れてはいません。「ギニュー結弦」のように、観客に理解してもらえない危険性がありそうなものに関しては相方がちゃんと復唱するなど、細やかな配慮も見られます。
その上で、2本目は1本目をフリにしたネタを展開するわけです。まず序盤では生意気な副業をやろうとしてくるわけです。以下、生意気な副業を抜粋します。
そこから、ちょっと目線を変えた「生意気」を出して展開に変化をもたらします。それが次のものです。
これだけお店じゃなくて、そこで働く人について言及してるんです。そこで話に変化をもたらし、そこからは「大学病院でやる売店」「学校指定の制服屋」といった、いわゆる「努力がいらない」副業を展開してゆきます。
しかも、そんな「努力がいらない」副業も事前に伏線のようなものを張っておりまして、生意気な副業を展開している間に相方がツッコミという形で次のような店を言っているわけです。
こういうお店を何気なく忍ばせていくことで、後半に「努力がいらない」副業を言う必然性をコッソリと用意している。そういう意味では、3本目も前のネタをフリにしたネタを展開する可能性が充分に考えられるわけで、今回3本目が最も見たかった組とも言えます。
7.マシンガンズ ――ラフであることを強みにひたすら突き進む
マシンガンズは前出のテンダラーと同じように、いくつかの短めなネタを繋いで1本のネタとする構成になっていました。3本目はアドリブが多めではありましたが、基本的な形は変わっていないように思います。
マシンガンズはアドリブの度合いが非常に強い漫才が特徴であり、更にふたりとも大声できついことをワーワー言うタイプのツッコミという、何気に珍しいコンビです。ですから、ふたりのセリフがかぶる時も多く、セリフを噛んでもお構いなしに話を進めるため、文字起こしの難易度が高めでもあります。
このような芸風だからでしょう。説明が金属バットより更にラフなんです。いくつか例を出してみます。まずは1本目のネタから。
2本目でもこんな説明がありました。
非常に手短で、かつザックリした説明です。説明できてないものもある。でも、何だか納得させられるんです。恐らくは最低限、押さえるべきところを押さえているからだと思われます。観客に一旦尋ねてから説明に入るなど、ラフではありつつも、配慮すべきところはキチンと配慮している。
ラフな芸風にも当然ながら利点はございます。ラフですとネタが安定しないゆえに、むしろアドリブとの相性が非常によく、どこからどこまでがアドリブか分かりづらいネタが展開できます。ですから、2本目の冒頭のように、本番中にもかかわらずネタを柔軟に変更できるわけです。
番組内で起きたことをしこたま詰め込んだ形ですね。相槌を打っているから会話しているように聞こえますけれども、実は話があまり嚙み合っていません。二人して互いに違う話をしていますし、さっき話したことと全然違う話を平気でしてたりもする。でも、なんか笑えてしまう。どこまで意図的かは分かりませんけれども、それも含めてラフなネタを展開する効用と言えましょう。
ラフな芸風の利点としてもうひとつあげられるのは、ちょっとしたミスをフォローしやすいため、大きな失敗に発展しづらい点がございます。
2本目のこんなやりとりが典型例としてあげられます。
カッチリ作り込まれたネタですと、スベったとしてもフォローらしいフォローができぬまま最後までやりきるしかなくなってしまいますが、アドリブ多めのラフなネタですとスベったことを素直に白状することで、むしろ笑いを取ることができます。特にマシンガンズは、きついことをワーワー言うタイプですから、ちょっとした失敗で素のようなものが出てくると、場の空気がフッと和んで笑いやすい。だからこそ、このようなやり取りをするようになったのかもしれません。
マシンガンズのこのような特徴は、もうネタがないと言って挑んだ3本目でも活かされています。何しろ、ネタがないことをキレていけば、ネタの評価はともかく、急ごしらえの割には非常に多くの笑いを取ることができるんです。ラフゆえにアドリブ性が強く、だから勝ち上がってきた。それが今回のマシンガンズだと考えられます。
8.ギャロップ ――ある意味、究極のハゲの肯定
今回、大会を制覇したギャロップは、1本目はカツラの特殊なかぶり方について、2本目は電車での立ち位置について、3本目では高級フレンチについてのネタを披露しました。
ギャロップと言えば、長らく林さんの頭部をネタにし続けてきた漫才師ですけれども、近年では人の身体をいじることにはかなり敏感になって参りました。お笑いの中でハゲは比較的、寛容なジャンルではありますけれども、扱いが徐々に難しくなっているのは間違いないと思われます。
その点、ギャロップは長らくネタにし続けてきただけあって、非常に扱い慣れている感が言葉の端々から見出せます。まずは1本目の冒頭から引用します。
ネタの導入部ですね。林さんのツカミのギャグはハゲを妙にポジティブに言うお得意のやつです。3本目には「お先ハゲさせてもろうてます」と、これまた妙にポジティブな挨拶をツカミにしていました。
ギャロップとハゲとの距離感がまた微妙で、ハゲをポジティブにとらえる部分がある一方で、ハゲはハゲとしてちゃんと存在していることを認めて、一切触れないとか、腫れ物に触るような扱いをしない面も見られます。かといって、そういう方々に配慮していないわけではなく、キチンと表現にも気を遣っている。
それが端的に出たのが「あんまチーム作らんといてくれる?」の部分だと思うんです。ちゃんと観客にも林さん寄りの方がいる点に触れつつも、「チームを作らないで」という違った視点でツッコミを入れて、観客に負荷を与えるような表現を避けています。カツラの話題に移っても、その調整力は継続され、「ハロウィンまだですよ」といった、そこまで直接的でないにしても存在自体は認めた言葉を用いて笑いを取っています。
ネタではカツラの特殊な活用法に話が移ってゆくのですが、その辺りもまた特筆すべき点でございます。
カツラの番号と年齢がごっちゃになりやすそうな内容ではあるんですが、うまいこと単位をつけたりつけなかったりして、ごっちゃになるのを未然に防いでいます。
また、途中まで徐々に毛の多いカツラをかぶっていき、以降は徐々に毛の少ないカツラをかぶってゆくことで「人間らしさ」や「自然」を重視することを忘れないところも、微妙な調整力の賜物のように見えます。
調整力がよく出ている部分は他にもあります。
注目点はまず「なんでそんな控えめなんかぶってたの」の部分ですね。誰かに言われている部分で下手に強い言葉を使わないようにすることで、林さん自体がカツラで不当に酷い目に遭ってないことを暗に示し、安心して笑える状況を作っています。また、独自のやわらかな表現が笑いを誘う効果も当然ございます。
ギャロップもまた、声色を変えることで他の誰かのセリフであることを示したり、カツラをかぶったまま転倒する説明を非常に簡略化したりと、無駄な説明を省いて分かりやすい表現を用いる行為は当たり前のようにやっています。あくまで、それが当たり前にできる方々が勝ち抜いてきている。そういうことだと思われます。
続いてが最後の引用です。
実は文章としては足りない部分が多いんです。何が志半ばなのか、お母さんに何を棺桶に入れてもらうのか、どうして棺桶に何も入らないのか。対象となる単語を入れないといけないんですが、会話だと全く違和感なく内容を理解できる。
極めつけは「45歳から自力で61までボーボー。研究所やん」の部分です。これだけ抜粋されると意味が分からない。でも、それまでの文脈や話し方などによって、このようないろんなものが不足している文章でも、観客は意味を理解でき、笑うことができるわけです。
意味が伝わる最低限の単語は決して逃さないギャロップの言語感覚がよく出ている箇所だと考えられます。
今回の感想は以上となります。ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
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