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IH故事成語

 コンロが備え付けの部屋に住んでいたことがあります。もう何年物だというくらい古い電気コンロでございました。下手したら私より年上なんじゃないかというくらいの設備です。

 当然ながら、火力はお世辞にも高くなく、お湯を沸かすにしたって長時間かけてダラダラ沸くんです。普通は「使えない機械だ」と思うのかもしれません。しかし、私はガスコンロを使っていた時、火をかけたまま別の作業に集中してしまい、拭きこぼしたり焼きすぎたりと言ったトラブルを時々起こしていました。いつかボヤを起こしかねない、危険な野郎だったんです。しかし、古い電気コンロだと「あ、そういえばお湯沸かしてた」と慌てて見に行くとちょうどいいグツグツ加減だったりするんです。

 私の家へ遊びに来た友人は、電気コンロのあまりの低下力に閉口し、私にもっと高火力の電気コンロをくれました。その電気コンロもかなり使い込まれていましたが、備え付けのコンロよりは余裕で新しい。しかし、そのコンロだと湯を沸かす時間が短すぎるんです。これじゃボヤを起こしかねない。私は自宅と近所の平和のため、頑なに備え付けの古い電気コンロを使っていました。

 それからも長らく古い備え付け電気コンロを使っていたのですが、やはり古いものの運命か、ある日を境にスイッチを入れても鍋が温まらなくなりました。「とうとうこの日が来たか」と思いました。もうちょっと丁寧に使ってやればよかったと思ったところで後の祭りです。早速、管理会社に連絡しまして、取り換えてもらうことにしました。駆けつけた管理会社の方も「だいぶ古いタイプですね」とおっしゃってました。プロの目から見ても、やっぱり相当な年代物だったようです。

 新しいコンロが来るまでの間、私は友人にもらった電気コンロを使っていました。しばらく使っていなかったのですが、改めて使ってみると火力が段違いな点に驚かされます。お湯ってこんなに早く沸くんだって思いました。こりゃ便利だと思って私は壊れた古い電気コンロの上にもらった電気コンロを置いて使ってました。なんか変な感じですけど緊急時ですから仕方がありません。

 やがて、管理会社の方が新しいコンロを取りつけに来てくださいました。なんと、新しく取りつけられたのはIHコンロでした。火縄銃がアサルトライフルになったかのような、とんでもない進化です。設備が新しくなった代わりに内臓のひとつでも取られるのではないかと戦々恐々しておりましたが、特にそんなことはありませんでした。ただ、取り付け終わった管理会社の方は、私の使っていた鍋を指してこうおっしゃいました。

「この鍋だと使えないと思います。たぶん機械が反応しないんです。『IH対応』って書いてあるものでないとダメですね」

 とりあえず、お礼を言って管理会社の方にはお帰りいただき、本当に使えないか確認したところ、確かにちゃんと反応しないんです。鍋、フライパン、やかんに至るまで全滅です。とりあえず、仕方がないので友人からもらった電気コンロを持ってきてIHコンロの上に乗せ、鍋で湯を沸かすことにしました。

 せっかくの新しいIHコンロを使わず、わざわざその上に旧式の電気コンロを乗せて使う。なんだか移り行く時代に対応できず、昔からあるものを頑なに使う人間を皮肉った故事成語みたいな状態だなと思いました。ひょっとすると2000年後くらいに「IHコンロを土台に電気コンロを使う」という言葉がことわざとして使われるかもしれません。

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