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防災工学怪談

 大学や研究所はその性質上、閉ざされたイメージをお持ちな方もいらっしゃるかもしれませんが、意外と年に1回から数回のペースで誰でも見学できるイベントを開いていたりします。まだみんながマスク生活をする前の頃に、私もいろんなところにちょこちょこ参加して楽しんでいました。

 そんな感じで東京大学の柏キャンパスも見学したことがあります。予定通り柏の葉キャンパス駅で降りたのはよかったんですが、ちょうど台風がそばを通過中でございました。もちろん、見学する場所は大体室内ばかりですから、そこまで影響がないと言えばないんですが、他の棟へ移動しようと外へ出るたびに雨脚が強まってくるんです。台風がどんどん近づいてくるのは明確でした。そのうち、先が見えなくなるほどの強烈な雨となり、雷も当たり前のようにそこらじゅうへバンバン落ち、隣の棟へ行くのも命がけになってきました。でも、せっかく柏まで来たんだから聞ける話は聞いておきたい。足元は既に遠浅の海みたいになっていますが、生来の貧乏性が「めげる」という行為を拒否させます。

 東京大学柏キャンパス内には「ホワイトライノII」と呼ばれる建築物があります。名前で検索していただければ外観がすぐ出てきますが、要はちょっと変わった大型テントなんです。ちょっと変わった大型テントということで、天井はシート状になっている。そうです、雨音がシートにバチバチ当たってやたら響くんです。そんな環境で先生がご自身の研究を簡単に説明してくださるという。

 現れた先生は開口一番、「今日の台風も後々分析しなければなりませんが、今回は先月の台風のお話でございます」とおっしゃいました。この先生は防災工学の専門家で、大雨による河川の氾濫メカニズムに詳しい方でした。マイクのお陰で先生の声は何とか聞こえますが、しかし天井からは雨による轟音が絶えず降り注いできます。

 先生の話はさすが専門家とも言うべきもので、大雨が続いた結果として河川がどのように氾濫してゆくのか、論理的かつ冷静に説明してゆきます。これがまた論理的かつ冷静だから変に怖いんです。条件が揃えば濁流は川を乗り越え、善人も悪人も平等に押し流してゆく。その様を淡々と話すんです。怖がらせるつもりゼロなのが余計に怖い。しかも、BGMは大雨による轟音です。もういつ天井を貫いてきてもおかしくないような、重く激しい音なんです。ひょっとすると、先生が語る河川氾濫のメカニズムが今ここでも発生し、我々はホワイトライノIIごと押し流されてしまうのではないか。そんな緊迫感で私の動悸は激しくなるばかりです。

 正直、新しいタイプの怪談を聞かされたと思ってます。

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