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彼朝ごはん 1話 「グリュイエールチーズオムレツとハニーマスタードドレッシングのオレンジサラダ」(脚本版)

—— ただただイケメンと美味しい朝ごはんを食べるだけのお話。——

「美味しい、“彼朝ごはん”ご馳走様でした」



あらすじ


 アパレル会社に勤める鹿江 澪の楽しみは、恋人と共にする「朝ごはん」。澪にとって彼が作った朝食を食べるひとときが、至福を感じる時間だ。
 ある日、新人デザイナー風早大我と出逢う。初対面の彼に「いつかあなたに着てもらえる服を作ります」と告白される。そんな折に恋人にプロポーズをされるが、恋人と別れる。
 恋人と別れた原因は、澪の母親の死が関係している。そのせいで澪にとって、恋とは食事と同じで一瞬だけ幸せであるべきものだった。そんな澪の心の隙間を埋めるように、大我は彼女の心を「朝ごはん」と深い愛で満たしていく。(了)

#創作大賞2023
#漫画原作部門


登場人物(1〜3話)



鹿江 澪 (かのえ みお)(27)主人公 アパレル会社「LOVEJUJU」の広報課
滋野井 保(シゲノイ タモツ)(35)JPL フード.  CEO
飲食店情報サイト『極み喰い』を運営。
隅田 玲子 (すみだ れいこ)(32)「LOVEJUJU」広報課課長
前薗 結衣 (まえぞの ゆい) デザイン部チーフデザイナー(29)
風早 大我 (カゼハヤ タイガ)(21)デザイン部新人デザイナー見習い
清岡 一郎 (キヨオカ イチロウ)(29)デザイン部デザイナー

第1話 「グリュイエールチーズオムレツとハニーマスタードドレッシングのオレンジサラダ」


○澪のワンルーム(朝)

 朝陽が差し込むダイニングルーム。
 大きな4人がけのダイニングテーブルがダイニングルームに置かれている。
 テーブルに並べられた一汁三菜の朝食。
 それを前に、子供用の椅子に古びたクマのぬいぐるみが座る。
 ぬいぐるみはところどころシミが出来ているものの、よく手入れされている。
 鹿江澪カノエミオ、ぬいぐるみの向かい側に腰掛ける。
 食事を前に、手を合わせる。

澪「いただきます」

○黒背景

澪N「—— 今日も誰かが噂している」

○会社・外観(朝)

 近代的なオフィスビル。

○会社・受付

 エレベーターが開く。
 目の前に、女性服を着たマネキンが立ち並ぶ。
 淡いピンクとオフホワイトで彩られた『L O V E J U J U.corporation』の会社のロゴが受付の壁に刻まれている。

○オフィスフロア

 扉に「広報課」の文字。
 扉の奥には、オフィスフロアが広がる。

女子社員3「大森部長、部下との社内不倫ばれて飛ばされるらしいよ。しかも不倫相手って……島村さんだって」

女子社員2「えー! あの島村さんが?」

女子社員1「しー。……来た」

 書類で顔を隠しながらフロアに入ってくる島村。
 人の目を気にしながらコソコソっとフロアを通り過ぎていく。
 フロアの奥の方で、女子社員の島で女子社員3人が、女子社員1のデスクの周りを囲うように椅子に座って集まっている。
 諸々にお菓子を摘んだり、マグカップを持ち、一点(島村)を見つめる。

女子社員1「地味な顔して、よーやるわ」

女子社員3「社外の子にも何人か手を出してたらしいって、奥さんかわいそう」

女子社員2「うーわ。ゲス〜。そんなん飛ばされて当然だよ。庇う価値なし」

女子社員1「外に女作るってさあ。相当奥さんのところ戻りたくなかったんジャン? 奥さんってほら……(声をひそめて)元秘書課のお局だよね?」

女子社員2「いたね。行き遅れで結婚に漕ぎ着けて、その結末がこれかあ……」

女子社員3「ちょっと、やめなよ。奥さんかわいそうでしょ?」

女子社員1「あんな地味子に手を出すぐらいだから。家庭環境やばかったんっしょ。あっちの方とか、……ねえ?」

 わかるよね? と言わんばかりに話題を振られた女子社員2、3、くすくすっと笑う。

澪N「——ここは、アパレル会社「LOVE JUJU」の広報課オフィス。

会社の冠にもなっている女性ブランド「LOVEJUJU」の他にも、コスメやユニセックスな服飾を扱う企業だ。

社員の8割が女性ということもあってか、こういった女性関係のゴシップは光の如き速さで社内に広まってしまう」

女子社員1〜3のおしゃべりを見かねて、課長の 隅田玲子スミダレイコが会話に割って入る。

玲子「ほらほらー。いつまで休憩してんの? お喋りやめて仕事仕事」

女子たち「はーい。隅田課長〜」

 と玲子に蹴散らされ素直に解散する女子たち。

澪「ふう」

 と、ため息を吐く。

澪M「——ほんと、人の不幸は蜜の味とはよくいったものよね。自分に関係ないから、いくらでも言えるのよ。でもね、”明日は我が身”という言葉を知っている?」

 お菓子を口に咥えたままモニターを睨む女子社員1。
 キーボードに落ちたお菓子のかけらを手でぱっぱっと雑に払う。

澪M「奥さんのところに戻りたくなかったのかな?なんていったあなたは婚約者である後藤さんに二股かけられているし」

 女子社員2、スマホを眺めほくそ笑む。
 スマホの画面には「陸斗:今夜、奈々ん家行っていい?」の文字。
 女子社員2「O K」のスタンプで返信をする。
 女子社員2がふと顔を上げると、そこに尾形が女子社員2を見ている。
 視線に気がつき、女子社員2が手で合図する。

澪M「不倫は庇う価値なし!といったあなたも。経理部の尾形さんと付き合いつつ、バイトの大学生との関係も続けてる」

 マグカップを両手で抱きしめながら口元を隠すようにコーヒーを飲む女子社員3。

澪M「それに不倫相手が島村さんだと明かしたあなたは……」

 女子社員3の口元にはゴシップを広めた達成感のせいでニヤニヤが隠しきれていない。

澪M「島村さんと元同僚で仲良かったはずよね。なのにトラブルが起きた途端、手のひらを返すってあんまりじゃない?」

 自分のデスクで、項垂れている島村。
 島村へと、周囲の人々の視線が向いている。

澪M「噂は案外、いろんな人が知ってるのよ。知らないのは当の本人たちだけだって早く気づいたほうがいい。ネタ切れになったら、ストックのお菓子みたいに、あなたの噂も放出されるんだから」

 項垂れている島村。膝の上に置いた手元ではスマホ。スマホの画像をスクロール。女子社員3と、年配の男性が映っている写真を、おもむろにSNSのつぶやきへ載せる。

 呟きには、年配の男性との写真。女子社員3のパパ活用のアカウントのスクショ。ハッシュタグ#P 活女子#裏垢女子の文字が並ぶ。

澪「だから嫌なのよ、社内恋愛って」

 と勢いよく椅子から立ち上がる。
 カツカツとハイヒールがオフィスの中で響く、その音に誘われるように男性社員たちが澪の後ろ姿を追いかける。
 澪の長い髪がさらりと揺れ、太陽の光を浴びて女神のように輝く。

澪「隅田課長、J U JUコレクションのD M、こちらでよろしいでしょうか」

 と、玲子へとタブレットを差し出す。
 その仕草を、手を止めて男性社員たちが見つめる。
 タブレットを玲子が受け取り、画面をスクロールする。
 画面にはコレクションのイベント用のD Mデザインが表示されている。
 
 しばしの沈黙。
 玲子がパッと画面から顔をあげる。

玲子「これで顧客に送って」

澪「承知しました」

玲子「あと、『D Oデザイン』の件、どうなってる?」

澪「本日の午後4時に、本社へ打ち合わせに伺う予定です」

玲子「(思い出したように)あっ、森山繊維とブッキングしちゃってる。クライアントの件、任せていい?」

澪「(丁寧に微笑む)承知しました」

玲子「いつも通り、頼んだわよ」

 澪が席につくなり、澪の後方から恍惚のため息のようなものが漏れる。

男子社員1「鹿江さんっていいよな。仕事ができる上にあの美貌、まさに天は二物を与えたってやつ」

男子社員2「あんな美人なのに、彼氏いないんですかね」

男子社員3「いるかと思いきや、案外仕事漬けかもよ?」

男子社員1「俺とか、ありか?」

女子社員1「はあ? あんたらには、一生縁がないでしょうね」

男子社員1「あーあ、ああいう美人と一度でいいから付き合ってみてえ」

 と談笑する。
 澪、聞こえないふりをして澄まし顔でモニターを見つめる。

澪M「——美人。って、それって当然よ。だって綺麗でいるために仕事終わりにパーソナルジムへと通い。ボディラインを崩さないためにも日々の食事に気を遣って、風呂上がりのマッサージも欠かさない。

美容のためにも夜更かし厳禁。
甘いものも深夜のお酒も我慢する。他の人が誘惑に負ける場所で私は勝ち続けた。だから美人でいられるの。

きっとこんなことを口にすれば、周りは嫌な女というだろうけれど、私はそんなヘマはしない。

社内恋愛のような危険には手を出さないし、噂話には関わらない。
上手に世の中を渡ってしっかりキャリアを形成して自立した女として生きるんだから」

 と、鞄に資料を入れると、立ち上がる。

澪「打ち合わせ行ってきます」

 と、颯爽とフロアを横切る。
 廊下を歩く営業マン風のスーツの男が、澪を見て立ち止まる。
 澪が男を無視して歩きすぎる。

澪M「だから、恋愛はフィールド外の男とが、鉄則だ」


○化粧室(夜)

 澪、化粧室の鏡の前に立つ。
 グロスを足して、唇に艶を。
 練り香水をくるぶしと、太ももの付け根にインする。
 腕時計を見る。
    古い文字盤に『桐乃宮女子高等学校 創立50周年記念』の文字。

澪「……10分前。そろそろかな」

 と独り言を呟く。

○レストラン・外観(夜)

 地中海風の白い壁とオレンジの屋根の外観。

○レストラン・内

 大きなプール。南国のムードを醸し出している。
 澪、迷うことなく階段を上がる。

澪M「ここから、風に揺れるマグノリアの木とライトアップされた青いプールが見下ろせる。都心を感じさせないこの場所は、私たちの定番のデートスポットだ」

 滋野井保シゲノイタモツ(35)オープンルーフのソファー席に座る。
 小型のスーツケースがソファー席の後ろに置かれている。
 保、タブレットを肴にワインを飲んでいたが、澪を見つけて、笑いかける。
 それに合わせるように澪の顔が緩む。

澪「やっぱり、先に来てた」

 と、保の隣へとソファーへ座る。
 保が、ごく当然のように澪の髪をさらりと撫でる。

保「澪、久しぶり」

澪「保さん、シカゴはどうでした?」

保「いい天気だったよ。日本のジメッとした気候とは大違いだった。でも食事は日本が一番だな」

澪「とはいえ、またいいお店見つけたんじゃないんですか?」

保「実はさ、スペアリブが絶品な店を見つけたんだ。
食通で有名なアーティストがデリバリーで頼むほどだから気になって行ってみたら、大当たり。
で、今度、うちのフェアに呼び込めないかって、オーナーと交渉中なんだけど……」

 と前のめり気味に話始める。
 保の調子に合わせるように、澪、相槌を打つ。

澪N「保は、JPL フードのCEOだ」

○保オフィス(回想)

 J P Lフードの社名が入ったオフィスビル。
「C E O 滋野井保」のネームプレートが置かれたオフィスデスク。
 窓の外に広がるオフィス街を背景に、商談をする。


○都心の街頭(回想)

 スマホを手にする人々が見るコンテンツに『極み喰い』サイトの画面。
 王冠マークが5つ付いているレストラン。
 その下には客の口コミがずらりと並ぶ。

澪N「飲食業を中心にネット広告を手がけており、中でも店のランキングや口コミを掲載する運営サイト『極み喰い』は、今では誰もが店選びに訪れるサイトとして名が知られている。

そんな企業のCEOをする保だが、今や競合だらけとなったネット業界には早々に見切りをつけ、次にブレイクする企業を発掘することに力を注いでいた」


○パーティー会場(回想)


 澪が、ゲストの保と楽しげに話をする。

澪N「こんな彼と出逢ったのは、我が社のショップのレセプションパーティに保がゲストとして訪れた時からのこと。
 あの時はビジネスライクな名刺交換のつもりだったのに、食事に2人で行くようになってから関係が深まるのは、あっという間だった」


○レストラン(回想戻り・夜)

保「 ——な感じかな。まあ、どれも魅力的ではあるが、将来的に爪痕が残せるかは、蓋を開けてみないとね。って、また1人で語りすぎたかな」

澪「ううん。保さんの話は、私のいる世界とは違った景色が見えて、いつも興味深いです」

保「そう?」

澪「保さんが、羨ましいな」

保「?」

澪「私はそんな情熱を持って、これがしたいって言えるものを仕事で感じたことないですから」

 と、ジャケットの袖口を見つめる。
 刺繍で『LOVE JUJU』のロゴがさりげなく入っている。

澪M「仕事は楽しい。ファッションも好きだし、何よりLOVEJUJUの服が好きだ。自分の仕事が貢献できていると思う瞬間はとても幸せだと感じる。けれど、ふと立ち止まる時がある。日々のルーティンだけをこなしている自分に気づいて、このままでいいのかって、自問する」

保「それはね、まだ出逢ってないだけだよ」

澪「出逢ってない?」

保「ずっと走り続けてるとさ、これだって思えるものに、ぶつかるんだ。今まで手にしていたものが色褪せるほどに衝撃的にやってくる。
きっと澪にも、そんな瞬間がやってくるよ」

澪「出逢えますか? 私にも」

 保、頷く。澪を愛おしげに見つめ、

保「キミを見つけた時、なぜかキミの周りの全ての色が鮮やかに見えたんだ。仕事もそう、人との出逢いと同じように出逢う時が来るから。だから俺は、澪と一緒にいられて、本当に幸せなんだ」

澪「(保を見つめ)私も、保さんと同じ気持ちです」

 保の手が澪の手に重なる。
 保の指先が澪の指先の間へとスッと入り込んでくる。
 指先でキスをするように指先を擦り合わせる。

保「今夜はゆっくりできそう?」

澪「保さんに会えるの、どれほど楽しみにしてたと思いますか?」

 保、澪の手の甲にキスをする。

保「嬉しいな……」


○保の住む高層マンション(夜)

 窓の外に広がる摩天楼


○保の家のベッドルーム(夜)

 シンプルでモダンな部屋。
 ベッドサイドのルームランプが、ほのかな光を落としている。
 キングサイズのベッドの前で抱き合う保と澪。
 澪のワンピースがストンと足元へと落ちる。

澪M「—— 定番のレストランでワインと肉を堪能した後、彼と過ごす夜は、私にとってチートデイのようなもの。
普段ストイックなほどに、仕事に、美容にと命をかける日々の中、彼と過ごすひとときだけは、欲望を剥き出しにして楽しむのだ」

 澪と保、乱れたシーツの上で手を握り合う。
 澪の額に汗が浮かぶ。

澪M「翌朝の顔のむくみも酒で痛んだ頭を抱えて、ひどいクマに悩まされても後悔しそうなほどに、淫らに乱れても、全て自分を甘やかせる日だからと納得して、自分に言い聞かせて、彼との時間を堪能する。
——だから、 彼に抱かれる時間は至福」

 澪、保の裸の背中を抱きしめる。

○保のベッドルーム(日替わり・朝)

 ベッドの上に眩い朝日が降り注ぐ。
 チェストの上にルームフレグランスが置かれている。
 暗めのグレイで統一された部屋。
 澪、乱れたベッドの上で枕を抱きしめ眠る。

澪M「そして何より、あたしを幸福にしてくれるのは、”彼の作る朝ごはん” だ」
 
 スマホがアラームを鳴らす。
 澪、止めようと指先を伸ばす。
 ようやくスマホのアラームを止める。

澪「やばい、しんどい」

 スマホを抱きしめたまま、ゆっくりと上を向く。

澪「保さんの体力、お化けすぎ」

 スマホに前園結衣マエゾノユイからのメッセージが来る。
 猫と犬の画像にメッセージで「どっちが好き?」の文字、
 澪、すぐさま「猫」のスタンプを送る。
 扉が開き、ベッドへと鼻歌を歌いながら上機嫌な保が近づいてくる。
 保の大きな掌が、澪の汗で濡れた髪をすくい、おでこへキスする。

保「おはよう、澪」

澪「おはようございます」

保「(澪の髪を梳きながら)朝食、用意できてるよ。起きれる?」
 
 澪、余裕な笑顔の保へと、力無く首を振る。
 顎先を持ち上げて、髪を撫で続けている保を睨む。

澪「保さんのせいですよ?」

保「ごめん、ごめん、可愛すぎて、加減できなかった。ほら、俺の首に腕回して?」

 澪、言われた通りに保へ腕を伸ばす。
 保、ヒョイっと抱き上げる。

澪「ヒャ!」

保「せっかくの朝食が冷めちゃうからね」

澪「は、はい」

 と照れながら、保にしがみつく。
 ぎゅっと彼の首に掴まって、ベッドルームの扉を開ける保の横顔を盗み見る。

澪M「やっぱり、私好み」


○保の家のダイニングルーム

 オープンキッチンの前にあるテーブル。
 目の前には彼、お手製の朝食が並んでいる。

澪M「湯気をあげるクロワッサンに、ツヤツヤのオムレツ。ロメインレタスとオレンジが乗ったサラダ。仕事柄もだが、料理は趣味だという彼が作る朝食は、目にも鮮やかで、いつも食欲をそそられる」

 料理を眺め、

澪「美味しそう……」

保「オムレツ、好きだろ?」

 と澪の隣に腰掛ける。
 澪、スプーンを取り、両手を合わせる。

澪「いただきます。まずは……」

 と、オムレツにスプーンを差しこむ。

澪M「黄金色の上品な艶を放つ見た目とは裏腹に、どろっと溢れ出るのは、ねっとりとした卵液ととろけたチーズは濃厚なグリュイエールチーズ」

 スプーンで、切り分けて、糸を引くチーズを上手に切り離す。

澪M「そして、プディングのようにふるふると揺れる塊を口の中へと」

 パクりと食べる。

澪「ううーん」

 こくりと喉を鳴らして飲み込む。

澪M「(思わず)この喉ごし、たまらない!」

 幸せを噛み締める澪に、サラダボウルのサラダを盛り付けてテーブルに置く。

保「たくさん食べて、全部、澪のために作ったものだから」

 澪が保を見上げ、うんうんと頷く。

澪M「もちろん堪能しますとも!」
 
 と、テーブルの上に並ぶ食事を満足げに見つめる。

澪M「朝ごはんは1日の始まりの食事。
いくらカロリーを摂ってもその日一日しっかり動けば消費可能だ。昼夜の食事より、ボリュームは控えめ。なのに幸福値が高い。

そして何より完璧な彼氏と二人きりで、ゆるゆるっとした空気の中、食べる食事ほど幸せになれるものはない。
だって寝起きの髪バサバサでも、パジャマでも構わないんだもの♪」

 ロメインレタスとオレンジのサラダの皿へと手を伸ばす。

澪M「食べやすくちぎられたロメインレタスに、皮を剥いたフレッシュオレンジ。と刻んだ胡桃。

それにハニーマスタードドレッシングを絡めて。サクリと感触のいいレタスの食感と、オレンジの爽やかな酸味。それを引き立てる、はちみつのとろっとした甘めのドレッシングは、サラダじゃなくて、これは新たなスイーツ!」

 レタスを噛み締めながら。

澪M「とはいえマスタードがちゃんと大人味に仕上げてる。からの〜」

 と、追い討ちをかけるかの如く、クロワッサンをちぎって頬張る。

澪M「んー! 発酵バターの濃厚が風味が口の中いっぱいに広がって。口の中で、シュワシュワと解けていくクロワッサン生地。バターの旨味に、身体が溺れそう」

澪「さらに。よいしょっと(と、クロワッサンにオムレツをのせる)」

 オムレツをクロワッサンの間に挟み、サラダをその上に乗せてサンドする。
 それを大きな口を開けて齧り付く。

澪「はー。(至福の吐息)」

澪M「全ての食材の味が混ざると、更なる美味しさに出逢ってしまった。やっぱり、保さんの朝食って最高」

 保、澪の口元のパンクズを拭い、ぺろっと食べる。
 澪のとろけた顔に、クスッと笑う。

保「どうした? そんなにニヤニヤしちゃって」

澪「噛み締めてたんです。幸せだなーって」

保「ふふっ。そう言ってもらえたなら、作りがいがあるってものだね」

 皿の上を平らげる。
 保、ドリップしたばかりのコーヒーをマグカップへと注ぎ入れる。
 澪、カップを手にして、コーヒーを啜る。

澪M「これを飲んだら、私のチートデイも終わり。
次はいつ会えますか? なんて、聞けたらいいけど」

 保、タブレットで仕事のメールを読んでいる。

澪M「忙しいのに、負担に感じられたら嫌だな。
 またしばらくは会えなくなるのかな?」

 とコーヒーを飲む。

保「澪、こっち向いて?」

 振り返ると保の唇が重なる。

澪M「そのキスはほろ苦くて、それでいて甘い。
今日の締めくくりにはちょうどいい、美味しさだ」

保「美味しかった?」

澪「はい……」

 照れ笑いを浮かべて、

澪M「今が幸せなら、それで十分……。
 保さん、最高の朝食をありがとう。
 そして、美味しい、“彼朝ごはん”ご馳走様でした」


*     *     *


○ 広報部オフィス(日替わり)

澪「——はい。では、13日の11時で」

結衣「コンコーン」

 と扉を叩くふりをしてドアの脇に立つ。
 澪、結衣に気づいて、

澪「結衣」

結衣「ハロハロー。澪、今、時間ある?」

澪N「彼女の名前は、前園 結衣『JUJU♡LOVE』のブランドの中でも企業を代表する旗艦ブランドを担うアパレルデザイナーである。棲む階の異なるデザイン部の彼女が、広報部まで足を運ぶことは稀である」

 澪、なかなかフロアの奥へと入ってこない結衣へと駆け寄る。

澪「どうしたの?」

 結衣、周囲を警戒するように眺める。

結衣「いやー。それがさー。バイトのフィッティングモデルが急遽来れなくなっちゃってさ、小1時間ほど、頼まれてくんない?」

澪「あ、じゃあ、隅田課長に」

結衣「玲子ちゃんには、内緒にしてえ〜! ほらさ、玲子ちゃんって澪のこと溺愛じゃん? こっち(デザイン部)がしょっちゅう使ってるってバレると、小言がさあ」

澪「(笑って)わかった、わかった。ちょうどお昼休憩まだだったし、手伝ってあげよう」

結衣「助かるー! もう広報部やめてデザイン部来て〜」

澪「そう言うこと言ってると、ほんとに課長に呼び出されるよ?」

結衣「でもでもー、本心だもん!」


○デザイン部のフロア

 廊下の壁いっぱいにトルソーや移動ラックが立ち並ぶ。
 忙しなく動く人々は皆、カラフルな服装。
 ガラス張りの部屋の中でフィッティングモデルを囲んで布を巻いているデザイナーたち。
 6畳ほどの部屋の中にラックが所狭しに置かれ、どれも「サンプル」とラベル付きの服がずらりとかかっている。
 澪と結衣が部屋に入るなり、部屋の片隅で談笑していたデザイン部のスタッフたちが、ぱっと散らばる。

結衣「さーて! 主役が来たところで、お仕事再開と行きますかあ!」

 と声をかけるなり、ハンガーにかかった衣装を手にした人々が澪の周りを取り囲む。澪は慣れた様子で出されたコートを羽織る。
 すると、メジャーを持ったデザイナーたちが、澪へ近づき、肩口を測り出す。
 
結衣「溝っち、撮ってって〜」

一郎「ういーっす」

  溝口一郎ミゾグチイチロウが、タブレットを手に、コートを着た澪を四方八方から撮影する。

澪N「フィッテングモデルは『動くマネキン』だ。
メーカーから上がってきたサンプルの服を着用し、その着心地や色合い、縫製などの状態などの確認のほかに、顧客が身につけた時と同様の状態で起きる不具合や問題を改善したりと、縫製された服に、より細かい修正を入れてゆく」

 澪、サンプルラックを眺め、

澪「秋冬(モデルサンプル)もうできたんだ」

結衣「ふふん! まあねえ」

 と自信げに応える。

澪N「このフィッティングを終えれば、おおむね製品化に向けた本生産へと入ることになる。

そのためのフィッティングモデルがいないとなれば、サンプルチェックができず、先へと進むことができない。

ここ「LOVEJUJU」では、フィッティングモデルは外注で、この時期だけバイトに来てもらっている。

プロもいるが、学生も少なくはない。学業のため、他のアパレルとブッキングして、なんて理由で、来られなくなることは、よくある話だ」

結衣「あ、サイズ、確認忘れてたわ」

 の声に、コートを脱いで、すぐにワンピースのボタンに手をかける。さっとワンピースをその場で脱ぐ。澪、当然のように下着姿になる。脱ぐとすぐに結衣がベージュのショートスリップを差し出す。それを受け取り袖を通す。

澪N「結衣の受け持つブランドは、標準体型より細身の作りになっており、何よりシルエットを大事にしている。秋冬シーズンの服も体のラインが出る服が多いようだ」

 澪の身体を測る結衣。
 結衣、メジャーの数字を見て、

結衣「ちょっとおー。バストアップしてない? いいサプリでもあるの?」

 と、サイズを測りながら、こっそり結衣が耳打ちする。

澪「筋トレ大事だよ。クーパー筋は再生しないからね」

結衣「筋肉は裏切らないってやつ。あたしもジム通おうかな?」

澪「結衣の場合、ジム帰りのビールまでが、セットでしょ?」

結衣「あ、バレてる。最近近所にできたんだよねえ。うまそうなトンテキ屋。その上がジムなの。くう〜、行きたい! 通いたい!!」

澪「どっちに通うつもりなんだか……」

 結衣から渡されたスモーキーブルーのリブタイトワンピースに袖を通す。
 すると、待ってましたとばかりにデザイン部のメンバーが集まり袖やらウエストやら布を摘み始める。

結衣「袖、もう2センチ上げた方が良くない?」

女子1「そのほうが腕のライン綺麗ですね」

女子2「色味まだ派手すぎません? もうワントーン下げられますかね」

結衣「うーん、だね」

一郎「おい新人! カラーサンプル持ってきて!」

 澪、デザイナーの言われるがままに、腕を伸ばしたり、歩いてみたりと、一通りのチェックする動作を繰り返す。

結衣「これ、そっちのラックにかけて」

 女子1が、澪が来ていた服をハンガーに戻す。ハンガーに取り付けられたメーカー宛の指示書のタグに、修正箇所を記して、機械的にチェック済みのラックへと服を移動させていく。

結衣「オッケー。次の服お願い」

 結衣の指示で、女子2が、澪のワンピースのバックファスナーを引き下ろす。さっと脱いで、次の服へと袖を通そうとする。
 澪、横から視線を感じて、

澪「ん……?」 

 と、視線を感じた方へと向く。
 ふわふわ金髪頭の風早大我(22)が、獣のような鋭い瞳で澪を見つめている。

澪「……だれ?」


(第2話へ)



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