見出し画像

彼朝ごはん 2話 「帆立と黒米のお粥と、ざるどうふ」(脚本版)

前話  ◁   マガジン   ▷  次話

#創作大賞2023

第2話 「帆立と黒米のお粥と、ざるどうふ」



○フィッティングルーム・内

澪M「……誰? あの髪、まるでライオンみたい」

 大我と目が合う。
 途端に大我は両手に抱えていたカラー帳をバサバサと床にぶちまける。
 一郎が大我に

一郎「何やってんだよ!」

大我「すみません!」

 ファイルを拾いながらも大我、澪を凝視。
 結衣、大我に気づいて、

結衣「ごめんねー。あの子、最近入ったばっかでさ」

澪「ガン見してるな。とは思った」

結衣「ヤツ外そうか?」

澪「別に減るもんじゃないし、場慣れするのも新人の仕事でしょ?」

 気にしないふりをして、両腕を前に突き出す。
 結衣、困り顔で唇を尖らせつつも、澪の袖口へとメジャーをくるっと巻いて測る。

結衣「……これでよしっと」

 と、タグにチェックをいれる。

澪M「だからといってあの視線が気にならないわけじゃない。穴が開きそうなほどに凝視するなんて、私の身体は、それほど物珍しいのだろうか」

 大我、資料を抱えたまま、澪をじっと見つめる。

○デザイン部廊下

 澪、腕時計を見る。

澪「やば、課長に怒られるな」

 早足で廊下を進み、エレベーターのボタンを押す。
 廊下をバタバタと走る音が近づいてくる。

澪「?」

 と、背後へ振り返る。
 大我が廊下を駆けてくる。

風早「鹿江さん! 鹿江澪さん!」

澪M「そんな大きな声で呼ばないで〜!」

 大我、澪の前にやってくる。
 澪、警戒した様子で大我から距離をとる。

大我「あ、あの。僕、風早大我カゼハヤ タイガって言います!」

澪「風早さん……」

大我「まだ専門出立ての新人ですけど、僕のデザインが採用されたら、澪さんに着てほしいんです! だ、だから、その、また来てください!」

澪「サンプル品できたら、是非着させてくださいね」

 と、エレベーターに乗り込む。

大我「また来てくださいねー!」

 と、エレベーターの扉が閉じられるまで、両手を振る。


○居酒屋・店内(夜)

 澪と結衣、カウンター席、隣同士で座っている。
 結衣がハイボウルを傾ける。

澪「——ということがあったんだよね」

結衣「それ、完全にバイトのモデルと間違えてんな」

澪「だよね。もう敢えて否定しなかった」

結衣「社内の人間ってわかったらわかったでストーキングしそうで怖いわー」

 と言いながら、串から外した焼き鳥を箸でつまむ。

澪「いいよねえ、新人くん」

 澪、鳥を口の中に。

結衣「あれが⁈ 趣味変わった?」

 澪、首を振る。

澪「じゃなくて、僕がデザインした服を着てください! なんて……なんか頑張ってる感が沁みるというか。フレッシュさがいいなって」

結衣「それな! もう私らにはないやつ! 今は妥協と忖度で9割埋まってるから」

澪「あと1割は?」

結衣「100%は上のいいなりにならないっていう反骨精神?」

澪「それかあ、私はその1割もないかも」

 澪、酔ったようにぼんやりと遠くを眺める。

澪N「言われるがままに動き、求められるままに与え、
 相手にとってそうであって欲しい人物を演じる。
 その相手、その場所によって色を変える。
 —— まるでカメレオンみたいに」

結衣「入社時は豆腐のように真っ白だったのに、いつから真っ黒になったんだか。
(思い出したように)んっ! そういえば! 
 とっておきのネタがあるんだけど、大森部長の噂、聞いた?」

澪「はいはい。もうだいぶ前の話ね」

結衣「知ってるの?」

澪「とっくにね〜」

結衣「もうさー情報遅いのって、デザイン部だけフロアが違うせいだよね? ここは社長に直談判しないとだよね!」

澪「四六時中、会社で寝泊まりしている部署をクライアントが訪れるフロアにすることはないと思うよ?」

結衣「それは〜社畜のせいだし〜私のせいじゃないも〜〜ん!」

 結衣、空のグラスの中を覗く。

結衣「すみませーん!」

 と空のグラスを振りながら、店員を呼ぶ。
 こちらへと近づいてくる店員に、再度手を降って呼び寄せる。

店員1「お待たせいたしました。ハイボールです」

 空のグラスを結衣の手から奪い、新しいハイボールと交換する。
 すると彼女は不思議そうな顔を、こちらへと向けた。

結衣「あれ?  頼んだっけ?」

澪「そろそろ頼むかな、って思って、先に頼んどいた」

結衣「澪ってさ、こういうとこだよね」

澪「こういうとこって?」

結衣「器用貧乏ってやつ。気が回りすぎ。大好き♡」

澪「はいはい。私も大好きだよ」


○タクシー乗り場

 結衣、タクシーに乗る。
 澪、タクシーを見送り、うーんと背伸びをする。
 スマホに着信。
 開くと、L I N Eにメッセージが入っている。

保「美味しい朝ごはん、食べたくない?」

 保からのメッセージに顔を綻ばせる。


○保の家の玄関

 保、エプロン姿で澪を出迎える。

保「いらっしゃい」

○リビング

澪「駅前のお豆腐屋さんで、ざる豆腐です」

 保、買い物袋の中を覗き込む。

保「お、いいねえ。夕食は?」

澪「済ませてきました」

保「じゃあ、朝ごはんの支度終わるまで、ゆっくりしてて」

澪「何を作ってるんですか?」

 と保の後を追いかけてキッチンへと入る。
 オープンキッチンに置かれたホットクックの前に立つ保。

保「なんだと思う?」
 
 そこにザルにあげた米を入れ、餅米、黒米を入れる。

澪「(黒米を見て)……この黒いのは?」

保「黒米だよ。抗酸化作用があって老化防止にいいんだ」

 水をたっぷりといれ、乾燥貝柱と刻んだ乾燥キクラゲを入れる。

澪「もしかして、おかゆですか?」

保「正解。スイッチを入れて後は待つだけ。酒飲んだ朝めしは、俺的にはおかゆなんだよな」

澪「じゃあ、今夜は飲まれるんですね」

保「付き合ってくれるよね?」

澪「(笑顔で)はい」


○キッチン(夜)

 コトコトと静かに音を立てるホットクック。
 
澪N「私が彼にとろとろに溶かされている間、あの小さな鍋で固い貝柱も米もほぐれてトロトロになる。全てが混ざり合い、おいしく整ったところで、蓋は開かれる」


○キッチン(日替わり・朝)

 澪、ホットクックの蓋を開ける。蒸気を吸い込む。
 澪、素肌に保のスウェットの上を着ている。

澪「帆立のいい匂い〜。(鍋の中を見て)
 って黒! 黒米入りのお粥ってこんな感じなんだ」

保「ふああ〜」
 
 と大あくびをしてベッドルームから出てくる。
 スウェットのパンツだけを履き、上半身は裸。
 保、澪の後ろにくっつく。

保「俺のスウェットの上、知らない?」

澪「さあ?」

保「嘘つけ、俺のー!」

 と、澪の裾を捲り上げようと戯れる。

澪「きゃっ」

保「俺より先に起きてた罰。澪を起こすのは俺の役目なのに」

澪「つい待ちきれなくて」

保「それのせい?」

澪「出来立てのお粥の蓋を開ける瞬間ってワクワクしませんか?」

 保が首を傾げる。

保「そう? でも澪が喜んでくれてるなら、これで許してあげよう」

 と、澪へとキスをする。


○ダイニング

 テーブルの上にお粥の入った器。
 黒いお粥を前に、澪が手を合わせる。

澪「いただきます」

 お粥をふうふうとしながら、口の中へ。

澪M「帆立の出汁が程よい塩気があって、餅米と黒米が加わったことで、ねっとりと濃厚なお粥に。お米だけのお粥よりお腹の満足度も断然高いのに、呑みすぎた胃に優しすぎ」

 澪、キクラゲを乗せたお粥を見つめる。

澪M「そしてキクラゲくん。炊く前の君は、黒い見た目がとっても気になっていたけれど、黒いお粥の中では、その主張が薄れていい感じに気配を消してる」

 澪、スプーンをパクッと食べる。
 咀嚼する澪。

澪M「とはいえ柔らかな中にある、このコリコリ感。クセになる〜。黒いお粥だからこその饗宴ってやつ。こういう黒さなら全然ウェルカム」

○居酒屋(回想・夜)
 
 ハイボールを片手に 
結衣「ん?」

○ダイニング(戻って・朝)

 パクパクと食べる澪、ふっと手を止め、器を置く。

澪M「でも流石にずっと食べていると、薄味すぎるから飽きてしまう。ここら辺で、何か箸休めを……」

 と、テーブルの上を眺める。
 保、ザル豆腐が盛られた涼しげなガラスの器を置く。

保「澪が買ってきたやつ」

 ザル豆腐が盛られた器の
 隣にあるきゅうりの和物の器を見て、

澪「これは?」

保「豆腐の薬味だよ」


○キッチン(回想)

 保、エプロン姿で、きゅうりを千切りに切る。
 ミョウガ、大葉も千切りにする。

保N「塩揉みしたきゅうり、ミョウガ、大葉を刻んで、味醂と出汁醤油、生姜、一味、胡麻、胡麻油で和える」

○ダイニング(戻り)

保「これを豆腐にのせて、完成」

 澪、器を手にして、

澪「いただきます」

 スプーンに乗せたザルどうふを口へと運ぶ。

澪M「シャッキシャキ! きゅうりとミョウガの心地よい歯触りに、ざるどうふのなめらかな食感、爽やかなのにごま油がコクを足してくれているから食べ応え満点!」

 器の中を見つめ、もう一口、頬張る。

澪「これ、完全にざるどうふを主役にする薬味。というより、他にもアレンジできそう」

保「そうだね、そうめんとかに入れたりするのもありだね。シンプルに豆腐を食べたい時もあるけど、こうして薬味を主役にした食べ方も好きなんだ」

澪M「脇役(小鉢)もステージの中心に立てるってこと、教えていただきました」

保「はい、澪、お口開けて?」

 と、澪へとお粥を乗せたスプーンを差し出す。
 お粥の上に、ちぎった韓国海苔がまぶしてある。

保「あーん」

 澪がパクッと食べる。

澪M「海〜! ここは海雲台(ヘウンデ韓国の港町)の食事処ですか? 韓国海苔の塩気がお粥を引き立ててる。さらに、冷たいざるどうふで箸休めしつつ。保さんがふうふうしてくれたお粥を頬張るなんて至福が無限。これは至福の無限ループに入りました!」

保「気に入った?」

澪「もう最高に!」

    *     *     *

 澪、空になったお皿を前に両手を合わせる。

澪「美味しい朝ごはん、ごちそうさまでした」

(3話へ)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?