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少年野球のコーチが子どもに罵声を浴びせていた

いつも子どもに罵声を浴びせる少年野球のコーチを見るけれど、彼は本当に自分の態度がよくないことに気づいていないのだろうか。
変わる勇気が持てずに、目を背けているだけではないだろうか。

罵声コーチと朗らかコーチ

毎週末、近所の河川敷グラウンドで、小学生の野球チームが練習をしています。
コーチはいつも、威圧感のあるダミ声で子どもたちに罵声を浴びせています。
体で止めろよ!やる気あんのか!
もっと声出せよ!だからいつも負けんだよ!

体で止めるのはわかる。
声を出すことが必要なのもわかる。
勝ちたいのも、わからんではない。

でも、
身体で止めるのとやる気は関係ない。
声出しが足りないから負ける訳ではない。
何より、負けることは悪ではない。
そして、プレーは、野球は、
命令されてやるものではない。

子どもたち、野球が嫌いにならないといいな・・・
弱い立場の人に罵声を浴びせる人間にならないといいな・・・
などと、罵声を聞くたびに思っていました。

ある日、グラウンドの脇を通りかかると、いつもの罵声ではない、朗らかな声で
ナイスチャレンジ!
という言葉が聞こえてきました。
様子を見てみると、若いコーチが、子どもたちを集めて手本を見せながら
今の、よかったよ!こうしたらうまくできるから。次はやってみようか
と呼びかけています。
子どもたちは元気に返事をして再びグラウンドに散っていきます。足取りもいつもと違うように見えます。

グラウンドの脇には、保護者が水筒などを持参して見学しています。
いつもは黙ってじっと見守っているだけですが、今日は歓声をあげながら応援しています。
一緒に連れられてきた弟妹と思われる小さい子たちは、見ていてやりたくなったのか、グラウンドの隅で野球のまねっこをしています。
みんな、明るい。

今日は、例の罵声コーチは用事でもあって来ていないのかな?
コーチの態度で、こうも雰囲気が違うものか。
この若い朗らかなコーチ、子どもの名前を呼んでいたところを見ると、きっといつも来ているのでしょう。
罵声コーチがいない今日は、自分がやりたかったことを実践している。
保護者も、それを望んでいたかのようによろこんでいる。

きっと、みんな言えないんだろうな。
罵声コーチに対して。

罵声コーチは高校時代の野球部の先輩なので、朗らかコーチは意見しにくいのかもしれない。
罵声コーチは過去に輝かしい実績があるので、保護者は何も言えないのかもしれない。

どんな事情があるかはともかく、
コーチという立場を背景に
常に命令口調で
頭ごなしで
高圧的で
意見を言わせない雰囲気をつくるーーー

こういうコーチ、まだいるのね。

思い起こせば、自分も管理職になりたての頃、そんな態度になったことがありました。

受け入れ、改める

管理職になった当初は、部署のメンバーの話を聴くことを大事にしようと意気込んでいました。
しかし、思うように成果が上がらなかったり、メンバーが期待通り成長してくれないと思っているうちに、常にイライラした状態となり、話に耳を傾けようという気持ちは消失していきました。
やがてメンバーは、言われたことや決められたことだけをやるようになり、提案や相談はおろか、大事な報告をするのも躊躇するようになっていきました。

自分の上司である幹部も、不機嫌オーラ全開で話しかけにくいことがよくありました。顔を見ずに「何!」と怒気を含んだ冷たい返事をしたり、最後まで言い終わらないうちに言葉をかぶせてくることも。

上役にそんな態度をとられているうちに、ふと
「自分もメンバーに対してそんな態度をとっているのではないか?」
と気づいたのです。

そこから、自分の態度を見つめ直し、最初に思っていたように話を聴こうとする姿勢に改めようと決意しました。
いきなり変わるのはちょっと気恥ずかしく、バツの悪さもありましたが、成果が出ていない状態を何とかしたかったので、そこは勇気をもって。

まずは、話しかけやすいように、うまくいかないことがあっても引きずらない。
そして、考えていることをメンバーに必ず訊ね、話の内容に不満や不足があっても最後まで耳を傾ける。
仕事のやり方に疑問があっても、最初から指摘するのではなく、まずは思ったように進めてもらい、頃合いを見て「今こんな状況だけど、こういうときはどうしたらいいかな?」と投げかける。

そんな関わり方を続けていくうちに、何人かのメンバーが自分から提案したり率先して行動し始め、期待を上回る成果が出るようになっていきました。

あるとき、成長著しいメンバーからこんなことを言われました。
前は、話を最後まで聞いてくれないし、頭ごなしに否定されるので、意見が言いにくかったんです。何より、がんばっていることを認めてくれないのがイヤでした。
今は、ちゃんと話を聞いてくれるし、まずは自分の考えた通りにやらせてくれるのがうれしいです

勇気を出して態度を改める決意をしてよかった。

きっかけは、上司の態度を通じて自分のふるまいに気づいたことでした。人のふり見て我がふり直すがごとく、他者の姿が、自分へのフィードバックとなったのです。
それを受け入れて改めることができたので、メンバーはよろこび、よい成果につながって、自分も救われたのでした。

どうか勇気をもって

例の罵声コーチは、変わることができるだろうか。
変わるきっかけを、フィードバックを受け入れる心持ちになれるだろうか。

それができたら、子どもたちは命令されずとも自らボールを体で止めるようなプレーを連発して「勝利」という成果がつかめるかもしれない。仮に試合に勝てなくても得るものはたくさんあるはずで、それこそが本当につかむべきもの。

彼は本当に気づいていないのだろうか。
自分の態度が、子供や保護者、朗らかコーチを萎縮させていることに。
自分がいないときは、みんな明るく楽しくいきいきとしていることに。

もしかしたら、目を背けているのかもしれない。
彼も罵声を浴びせられて育ってきたから。
それを受け継ぎ、やり続けてきたから。
自分が育てられ、自分もやってきたこと、いわば「これまでの自分」を否定することになるから。

そう。
変わる必要があることを受け入れ、自分を変えるには、勇気がいる。

わかりますよ。

でも罵声コーチ。どうか
受け入れる勇気を
変わる勇気を
もって。

朗らかコーチの前では、子どもたちは
ナイスチャレンジ」をしていますよ。

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