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巡る想い 誰かのために

3月に退職をしてから、3つの病院を掛け持ちで巡っています。(病院に行かない時は、アイスアリーナに行っているのですこぶる元気です💪)
そんな中で思った「誰かのための思いは巡る」ということを今日は書いてみようと思います。


子どもの頃


幼い頃から学生時代を通して、わたしの抱いていた渇望は、「誰かの役に立ちたい」という思いでした。何者でもない幼い頃にも、大人へと階段を昇る中高生の時代にも、その思いは変わらずにあり、力のない自分や役に立たない経験を苦しく思っていたように思います。

誰かが代われるような人生に、意味はあるのだろうか。誰かの役に立ってこそ、人生を生きたということなのではないのだろうか。

誰もが一度は思い至る思いなのでしょうが、それが強いがために楽しむことを忘れ、あまり笑わない子どもだったように思います。
今でも大きな声で笑うことは稀ですが😅


小学校教員として生きる


仕事を始めたことから、その思いは変化しました。
何故なら教員というものは人のために生きる。その覚悟を持って育てることのプロであれ、という仕事なのですからね。
人の役に立たない教員は、教育者ではない。
そこに責任が生まれ、「役に立ちたい」から、「役に立つ」へ変化していきました。

若くて力のない時分から、研鑽することに喜びを感じ、子ども達のために自分の知恵と力と時間を捧げることに喜びを感じていました。
幼い頃から抱いてきた思いが叶ったのだと思いました。


母親として生きる


2人の子ども達との毎日は、まさに子ども達のためにありました。生きることを支える。心を育てる。生きていく姿を見守る。

教員としての代わりはいても、母親の代わりはいない。自分だけができる仕事だということに誇りを感じ、子ども達のために思い、行動して生きるのが、母親の務めだと思ってきました。

その間、旦那さんのことはいったん横に置いてしまったことは否めませんが…。どこの家庭もそんなものでしょう?ちがってました?😅


そして今

そんな生活を送ってはや34年。
子ども達も就職をして手が離れ、わたしは3月に学校を退職をして、全ての役割りから解き放たれた毎日がやってきました。

誰かのことで思い巡らすこともない、役に立とうとは、もうしなくてもいい。
これから始まる気楽な日々は、今まで頑張ってきたご褒美として享受しよう。

そう思いました。

自分で、「頑張った」って、よく言うよ、なんて思わないでくださいね🤗
実家の手助けもなく、小学校教員をしながら子育てをするということは、誰にも想像できないくらい過酷です。主人が単身赴任をしていた数年間は、言葉にできないくらい大変でした。家庭を持つ女性が安心してフルタイムで働けるシステムは、この国にはまだありません。

ですから、「よく頑張った」と自分で言いたいと思います☺️


わたしのために

そんな生活に区切りをつけた今、あちこち受けているダメージのために病院通いが続いています。
どの先生も看護師さん達も、とても親身になってわたしの体のことを考えてくださいます。

そんななか1番お世話になっている人は、リハビリ担当のセラピストさんです。
以前もnoteに書きましたが、まだ若いのですがとても分別があり、懐も深く、わたしをよりよく導いてくれます。

週2回40分ずつのリハビリタイムなので、たくさんのおしゃべりをしながらも、適切に故障の回復に努めてくれています。

このように誰かの世話になることは、これまであまりなかったことなのです。わたしはお世話をする方担当で、お世話になる側に回ることがなかったからです。

それもこれからどんどん増えていくのでしょうね。
でもそれも悪くないな、と思います。


誰かのために 思いは巡る

人生の道にあり、さまざまな立ち場を経験します。こうして誰かのためにしてきたことを、わたしもして頂けるのだとすれば、わたしはこれから先誰のお世話になるとしても、心穏やかにいられるだろうと思います。

決してそれは、申し訳ないことでないのですから、ありがたく受け取らせて頂こうとも思います。

それできっと、帳尻が合うのです。
人生はとてもうまくできているのだと思います。

誰かのためへと、思いは巡る。
わたしに巡ってきたたくさんの温かな思いを、しっかりと受け止めたいと思います☺️

そしてまだわたしの手が必要なのだとしたら、これからも、惜しみなく手助けをしていきたいと思っています。


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