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電話がなっている

忘れられない一冊って、あるだろうか。
私はある。初めてその物語を読んだのは、小学校の中学年くらいの頃だと記憶している。
「誰かを好きになった日に読む本」という、可愛らしいタイトルのアンソロジーの中の一編だった。

電話がなっている。君からだ。

電話がなっている 川島誠


その一文で、物語が始まる。
主人公は、15歳の男の子。名前は最後まで出てこない。

主人公の「僕」は、三日間続くテストを終えたばかり。この世界では、15歳の時に受けるテストの結果で、将来が決められてしまう。
僕には恋人がいて、彼女と二人で幸福な生活を送ることを夢みていた。
賢い彼女は、勉強が苦手な僕の面倒をみてくれて、僕の成績もぐんぐん上がる。
このまま行けば、幼馴染との初恋が実るスーパーハッピーエンドだ。

しかし、彼女の方は事故にあってしまい、大事なテストを受けることができなかったのだ。

短いお話なのであまり書くとネタバレになってしまうから、この辺りにしておく。
某掲示板の、「トラウマになった話」でこの作品の名前を見かけたこともあるけど、なかなか辛い結末が待ち受けている。

初めて読んだ時は、まだ10歳そこらだったので、ちょっと書かれていることがわからない部分もあったんだけど、それでも最後の終わり方。めでたしで終わる物語が大半の中、物語は、冒頭と同じ一文で締めくくられる。

電話がなっている。君からだ。

電話がなっている 川島誠


彼の苦しみ、後悔が延々とループしそうな幕切れ。
電話のベルが、読んでいる私の頭の中でも始終鳴り響いているような気がする。
呼び出し音から逃れるように、部屋で耳を塞ぐ主人公の僕の姿が目に浮かぶ。

だけど、私が主人公の彼の立場でも、同じ選択をしたんじゃないかと思う。
彼の選択は、彼女に対する裏切りだろうか、保身だろうか。
でも、15歳の少年にはあまりにも厳しい選択ではないか。彼の倍は生きている私でも、どうしたら良いのかわからない。

きっと彼は、最後まで電話をとることができなかったんじゃないか、と私は思っている。
電話を取らなかったこと、15歳の自分の選択を、ずっと背負ったまま彼は大人になっていくんだろう。

好きな本も作家さんもたくさんあるけど、忘れられないくらい刻みこまれる本というのは滅多にないんじゃないかと思う。
寒い冬の日、薄暗い部屋で、こたつにもぐりながらページを開いてしまったあの日から、私の頭の中でも電話の呼び出し音がずっと鳴り止まないのだ。

今日の一冊
電話がなっている 川島誠
「セカンドショット」という短編集に収録。
同じ本の「消える」という話も好きです。






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