見出し画像

ジャック・スパロウになりたかった女は金歯を入れた

2003年の夏、映画「パイレーツ・オブ・カリビアン/呪われた海賊たち」が公開された。
ジョニー・デップ演じるジャック・スパロウの、お茶目でエキセントリックかつセクシーなキャラクターが世間にウケて大ヒットしたのは言うまでもない。

当時、大学生活を満喫していた私も例に漏れず、キャッキャウフフと映画を観に行ってパンフレットを買い、後日それを眺めては海賊たちのビジュアルの良さに夢中になっていた。

特に、ジャック・スパロウのニヤッと笑ったときの、キラッと光る「金歯」が気になっていた。

これ、めっちゃ海賊っぽいな。

この金歯、ジョニーが役作りとして(でぃずにーに言われてないのに)歯医者で替えたってんだから、驚いたし感心した。きれいな白い歯をわざわざ金歯に替えるとは。

「ジャック・スパロウの金歯、最高にイカスやん、ええなぁ...」

私はそう思っていた。

時は流れて2020年。
私は歯医者で虫歯治療を受けていた。

幼少期より就寝前に歯みがきをした後、オレンジジュースを飲んで口の甘さを堪能しながら寝るという、口腔内にとって最悪の状況を作り出し続け、虫歯を大量生産していた身、銀歯やレジンで埋められた穴、そして成人してから行った根管治療による被せものたちで ひしめき合っていた。

コイツらをいっせいに取替えませんかと、私の前に見積書が提示された。

セラミック or ゴールド

自由診療か、ちくしょう。こちとら無収入の無職だって言ったじゃないか言ったじゃないか。保険適用の銀歯でええねん。

とは思いつつ。銀歯の微妙に合っていない部分から再度虫歯になるスパイラルに、いい加減飽き飽きしていた所。
「ここらで、人体実験をしてみるのもありかもしれへん」と考えた。

審美的にはセラミックが良い。しかし、私の場合は奥歯が主な工事現場であるため、噛む力に耐えられる金属の方がセラミックより長持ちしてくれるだろう。となると、ゴールド。



”キャプテン” ジャック・スパロウの顔が浮かんだ。
かつて、妙に惹かれたシンボリックな金歯。

『ジャック・スパロウの金歯、最高にイカスやん、ええなぁ...』

あの時の思いが、よみがえってきた。

あ... 私、もしかして、ジャックになれる!?


本当に大切なことはひとつしかない。
今自分に何ができて、何ができないかだ。


キャプテンの台詞が今、私の心を打つ。

私にできることとできないこと...
できること、それは、虫歯スパイラルから抜け出すこと。
できないこと、それは、夜中の歯ぎしりで割れる材質を選んでしまうこと。

だから「ゴールド」、君に決めた!

そんなわけで、私の銀歯たちは、こぞって金歯に変貌を遂げた。
ニヤッと笑うときらめく金色。

どうだいキャプテン。あんたと同じさ。

いやしかし。
鏡に映る私は、どこからどう見ても東洋の女。だから、海賊は海賊でも、村上海賊の娘と言った方が圧倒的に近いだろう。

この金歯たちがいつまで私の口の中に居てくれるかは分からないが、高揚感と共にあるこれらをなるべく長持ちさせてあげたいと思う。

さあ金歯たちよ……
私を水平線まで連れてけ! ヨーホー!


ジャック・スパロウになりたかった女は、形から入るタイプの人間であった。