日雇いが50万円持ってドイツにいった(ソーセージがしみる)


唯一の荷物のミステリーランチのリュックは1時間も背負うと頭痛がしてくるほど重い。重量のほとんどは15インチのノートPCで他はチノパン1本と下着を入れているくらいだ。直感で降りたベルリンの鉄道駅。人生ゲームのルーレットは運河を横切る巨大な駅で止まった。


(キモイ思想エリア)


迷いながらでも決断しなくてはいけないのだ。人生は動画みたいに一時停止できない。とりあえず保留中の間にも時間は進む。決断しないという選択をしていることになってしまう。俺たちは常に選ばなかったほうの可能性を失いながら生きている。


迷いを抱えたまま決断すればいい。迷いや不安がない状態などありえない。


今決断しないことで可能性を感じていたい、というずるい考えをしていないだろうか。俺もよく可能性人間になっている。もっといい方法があるかも、もっと熟考すればアイディアがひらめくかも、合理的に、効率的に、あるいは向き合うのが怖いから現実逃避でYoutube。こうやって選択しないで停滞しているときは可能性の中に生きているときだ。実際の人生を生きていない。

人間は損失回避という本能があることを理解したい。損、失敗を恐れるようにできている。答えはすべて数千年前の俺たちの祖先が知っている。文明の進化と細胞の進化のスピードはうさぎと亀ほど違う。


そのころの失敗は重みが違う。新たなフロンティアを開拓しに出かけた勇敢な父ちゃんはカバに食われたりするのだから。俺たちのDNAにはそういう危険を回避するための恐怖というプログラムが実装されている。だから恐怖なんか捨てて挑戦しなさいなどと言っているやつは全員頭が悪い。


俺たちはこの本能というプログラムを利用することで成長できると思う。工夫なしで本能にあらがうことはできない。つまり選択を先延ばしにした場合の損失を自覚するということ。


タバコをやめてもうすぐ2年になるが、禁煙する前はタバコがない生活を考えると怖かった。タバコを失ったら人生がつまらなくなるんじゃないか。そんな俺が禁煙できたのは筋トレを始めたからだ。タバコは筋肉の成長を邪魔する。そうすると、せっかくしんどい筋トレをしているのにこの努力を無駄にするような行為をしていることが不快になってきたのだ。


なにが失敗なのか損失なのか。問題のとらえ方を変えることで行動は変えることができる。そのためには知識が必要だ。新しい知識を得るたびに新しい扉が開く。





プラットホームから店のあるエリアに移動する。JR大阪駅より高い天井をあんぐり見上げていたところ一人の女性が声をかけてきた。

そして段ボールに英語で何やら書いてあるやつを俺に向けてきた。英語が達者ではない俺でも、金が必要で恵んでほしいという内容だとわかった。年齢は50代ぐらいでイスラム教徒女性の格好をしていた。のちに知ったがこの人たちはジプシーと呼ばれている。移動民族である。


つたない英語で話を聞いてみた。「お金が必要なことはわかったけどいくら必要なんですか?」「私はおなかに赤ちゃんがいて薬を買わなければいけません。3ユーロ必要です。」妊娠しているという女性の腹を見るとたしかに膨らんでいるが、不自然な感じがした。「わかりました。今小さいお金がないので何か買ってくずしてきます。」目の前に持ち帰りのソーセージ屋があったので買うことにする。そういえばここはソーセージの国だった。たこ焼きの船みたいなやつに極太ソーセージがのっかってるやつだ。目の前で焼いてくれてソースを選ぶ。これが外パリパリ中ジューシーで超うまい。注文のときに店員の学生風ドイツ人ギャルに聞いてみた。「あの女性はいつもあそこにいるの?」「そうだよ。あなた何か言われたの?スルーしたほうがいいよ。彼女たちが本当に困っているとは思えないから。」「ふーんそうなんだ。ありがとう」ソーセージを受け取って女性のもとへ戻る。


「おなかは空いてませんか?」「ええ空いています。」3ユーロを渡し、ベルリン空港で買っておいた小分けになっているパンを手渡す。「ありがとうございます」じゃあ、と言いかけたとき子供が駆け寄ってくる。「僕にもお金ちょうだい!」子供を見るととても元気そうでなんか複雑な気持ちになる。「腹はへってるか?お金はないけどよかったらこのソーセージ食べるかい?」「いらない!お金ちょうだい!」「食べないんだったら私にちょうだい!」さっきの女性が割り込んでくる。なんだこいつらは。さっきまでおとなしかった女性も血走った目で手を伸ばしてくる。「すまん!俺いくわ!」俺はソーセージを持って速やかにその場所から立ち去った。


根が繊細な俺はこの一件でブルーな気持ちになりながら、吹きさらしの駅のベンチで熱々のソーセージをほおばった。


このあとの旅でも物乞いにはたびたび出会うことになるが、その人たちへの対応は未だに何が正解なのかわからない。そして金をあげてもあげなくても何故か後味が悪い。人によって抱えている問題が違うのだから、"こうする"というわけにはいかない。


続く


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