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小栗判官と熊野本宮(湯の峰温泉)、熊野本宮大社で「ちえ守り」を授かってきました。

小栗判官伝説において、小栗判官は毒殺されて餓鬼阿弥の姿になり、照手姫や熊野詣の人々に助けられ、湯の峰温泉にたどり着き、49日間の湯治の末、元の判官の姿に復活しました。

湯の峰温泉は、熊野本宮大社から約10kmの山中に位置する、熊野古道の宿場町です。高温(93度)の温泉が自噴し、古くから薬効の高い熊野の湯治場として有名です。

小栗判官伝説によると、小栗判官が湯の峰温泉に到着した際には、すでに餓鬼阿弥の姿になっていました。しかし、湯の峰温泉の温泉に浸かることで、次第に元の姿を取り戻していきました。

湯の峰温泉には、小栗判官の伝説にちなんだ史跡が数多く残されています。

  • つぼ湯:小栗判官が湯治をしたとされる岩風呂。

  • 車塚:小栗判官が乗せられて湯の峰温泉に運ばれた土車が埋められたとされる塚。

  • 力石:小栗判官が力試しをしたとされる石。

湯の峰温泉 案内図
つぼ湯
つぼ湯
湯の峰温泉

これらの史跡は、小栗判官伝説の舞台として、多くの観光客に親しまれています。

また、湯の峰温泉は、世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の構成資産にも含まれています。

このように、湯の峰温泉は、小栗判官伝説の舞台として、また、世界遺産の構成資産としても、重要な場所となっています。

小栗判官伝説は何を伝えたいのでしょうか?

小栗判官伝説は、悲恋と復讐をテーマにした物語ですが、その根底には、以下のようなメッセージが込められていると考えられます。

  • 愛の力

小栗判官と照手姫の悲恋は、多くの人々の心を打つものであり、愛の力の大きさを物語っています。たとえ死んでも、愛は消えることなく、二人を再会させました。

  • 正義の勝利

横山一門への復讐は、民衆の権力への不満を反映したものであると考えられますが、同時に、正義の勝利を描いた物語でもあります。横山一門は、小栗判官を毒殺するという悪行を働きましたが、小栗判官と照手姫の復讐によって、正義は勝利しました。

  • 人生の無常

小栗判官は、毒殺されて餓鬼阿弥の姿になり、湯治によって元の姿に戻りましたが、その後、横山一門との戦いで命を落とします。このことから、人生の無常さを教えてくれる物語とも言えるでしょう。

また、小栗判官伝説は、江戸時代には、説経節や浄瑠璃、歌舞伎など、さまざまな芸能に取り上げられ、民衆に広く親しまれてきました。そのため、当時の民衆の価値観や信仰なども反映されていると考えられます。

具体的には、以下のようなものが挙げられます。

  • 仏教の輪廻転生

小栗判官は、湯治によって元の姿に戻りますが、これは仏教の輪廻転生を象徴するものと考えられます。

  • 鬼神の力

小栗判官と照手姫は、復讐のために鬼神の力を借りました。これは、民衆の権力への不満や、正義の勝利に対する願望を反映したものと考えられます。

このように、小栗判官伝説は、時代や人々によってさまざまな解釈がなされてきた物語です。しかし、その根底には、愛の力、正義の勝利、人生の無常など、普遍的なメッセージが込められていると言えるでしょう。

熊野本宮大社に詣でて、「ちえ守り」を授けていただきました。いつもは「厄除け守り」ですが、厄を除けたくても最後の厄年である還暦(60歳)を超えたら毎年が厄年ですから除けたくてもなんらかの厄に出会うと思うのです。

厄とは、災難、病気、事件、事故、何があるかわかりません。その時に役立つのがちえです。

ちえには、知恵と智慧があります。

知恵と智慧は、どちらも「物事の道理をわきまえる心のはたらき」という意味の言葉ですが、そのニュアンスには違いがあります。

知恵は、主に知識や経験に基づく、物事の道理をわきまえる能力を指します。例えば、数学や科学などの知識を活用して、問題を解決する能力は、知恵と言えるでしょう。また、人生経験を積むことで、人間関係や社会の複雑な構造を理解する能力も、知恵と言えます。

一方、智慧は、仏教用語で、物事の真理を見極める能力を指します。例えば、苦しみの原因を知り、それを乗り越える方法を見出す能力は、智慧と言えるでしょう。また、利他心に基づいて、他者を思いやり、助ける能力も、智慧と言えます。

つまり、知恵は、物事の表面的な道理を理解する能力であるのに対し、智慧は、物事の真理を見極める能力であると言えます。

具体的には、以下の表のように整理することができます。

知恵と智慧

知恵智慧知識や経験に基づく悟りに基づく物事の表面的な道理を理解する物事の真理を見極める問題解決や効率化に役立つ苦しみの解決や悟りに導く

知恵は、現代社会においても、重要な能力です。しかし、智慧は、より高次元の能力であり、人間として成長するために欠かせないものと言えるでしょう。

厄を除けるのではなく、尊重して智慧で最小限の厄にするのです。

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