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ショートショート3 『老婆』

 ある大晦日の夜、ひとりの老婆が路上で拾い集めたしけもくを売り歩いていた。
「タバコはいりませんか?一本から売ってるよ」
 一晩ですべてのしけもくを売らなければ、息子夫婦から叱られるため、老婆は寒空の中、通りすぎていく人達に声をかける。しかし、誰も見向きもしてくれない。
 夜も深まり、とうとう雪が降って来た。空腹と寒さに耐えきれなくなった老婆は、少しでも気を紛らわせようと売り物のしけもくに火をつけた。
 味わうように煙を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。すると吐き出した煙の中にオレンジ色に煌めく暖炉が現れた。
「ああ、なんて暖かいのかしら」
 老婆は煙の中の暖炉に身を寄せて凍えた身体を暖める。心地よい温もりにさっきまでの寒さを忘れかけた所で暖炉は消えてしまった。同時にしけもくの火も消えていた。
 この温もりをもう一度と、老婆はすぐさま2本目のしけもくに火をつけた。すると今度は煙の中に焼きたてのローストチキンが現れた。
「ああ、なんていい匂いなのかしら」
 美味しそうな湯気をたてるローストチキンの匂いにつられ、自然とよだれが溢れてくる。煙の中に手を伸ばそうとした所でローストチキンは消えてしまった。しけもくの火もやはり消えていた。
 目の前でご馳走が消えてしまった喪失感に打ちひしがれた老婆は、ふと空を見上げた。すると、夜空には一筋の光の線が引かれ、数年前に死別した夫の事を思い出した。夫は「流れ星は誰かの魂を神様のところへ運ぶものだ」とよく言っていた。
「誰かがもうじき死んでしまうのね」
 老婆は3本目のしけもくに火をつけた。すると煙の中から老婆に微笑みかける夫が現れた。
「あなた…!」
 老婆は思わず声をあげた。煙の中の夫は、あの頃と変わらない優しくて、幸福そうな笑顔で老婆を見つめていた。老婆は幸せだった夫との日々を思い返し、気が付けば涙を流していた。しけもくの火が消えそうになり、煙の中の夫が消えてしまうことを恐れた老婆は、大急ぎで持っていたすべてのしけもくに火をつけた。煙は大きく立ち昇り、二人を包み込んだ。しけもくの火が消えた時、老婆は夫に抱かれ、天国へ登っていった。

「・・・という話なんですが、どうでしょうか?」
「童話にタバコはだめだ。別の物にしなさい。あと、主人公も可愛らしい少女にしなさい。」
 編集者からアドバイスを受けたアンデルセンは主人公をマッチ売りの少女に変更した。

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