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ウクライナ戦争:膠着状況の裏に潜むウクライナの危機 〜 ISW「ロシアによる攻勢戦役評価 2024.03.13」を読む

米国の軍事支援の停滞がもたらしているウクライナの砲弾・その他軍事物資の不足は、戦線上のさまざまな地区でのロシア軍の前進が相対的にスローペースであることが示している模様であるもの以上に、現在のウクライナ側前線を不安定にしている可能性がある。激しいロシア軍攻勢作戦の脅威にさらされている地区への優先度をウクライナ軍が高めることは、仮にウクライナへの支援供与が引き続き減少する場合、ロシア軍が突然の奇襲的進撃を遂行するためにつけ入ることができるかもしれないような脆弱さを、優先度の高くない場所で、つくり出してしまうことにつながりかねない。ロシア軍が戦域全体での主導権を保持していることは、ロシア軍統帥部がほとんど自由に、戦線のいずれかの場所で作戦の強度を上げたり、または下げたりすることを選べるようになり、それによって、上述した展開が生じる危機が増すことになっている。

Russian Offensive Campaign Assessment, March 13, 2024, ISW

2024年2月中旬にロシア軍はドネツィク州の都市アウジーウカを占領し、その後、同市の西側に隣接する集落へと進撃を続けました。ですが、3月に入り、その前進ペースは落ちてきているようにみえます。また、アウジーウカ方面以外のドネツィク州戦線、ザポリッジャ方面、ルハンシク方面において、局地的なロシア軍の攻撃が散見されていますが、現状、強力な攻撃とはいえないもののようです。

冬から春へと季節が移りゆくなか、このようにウクライナの前線は一見すると相互に動きのない膠着状態になっているようにみえます。一般的に「膠着状態」とは、彼我双方の力が均衡した結果、事態が進展しなくなることを指しますが、現在のウクライナの「膠着状態」はそのようなものではないことを、戦争研究所(ISW)は3月13日付報告書のなかで指摘しています。以下、このISWの指摘をみていきます。

ドイツ・メディアのシュピーゲル誌はウクライナ戦況を伝える記事において、砲弾不足の結果、弾薬使用制限を行わざるを得ないウクライナ軍の状況を述べたうえで、砲弾と物資が不足しているウクライナ軍部隊の一部は、ロシア軍が「全力で攻撃」してこない場合に限り、今の陣地を維持できると、匿名のウクライナ軍司令官が語ったことを報じています。また、ウクライナ軍総司令官オレクサンドル・シルシキー大将はテレグラムへの投稿のなかで、ロシア軍が戦線上のどこかの地域でウクライナ軍部隊展開地点内の奥深くに進撃してくる脅威を指摘し、これへの警戒を訴えています。

砲弾不足を緩和する措置として、ウクライナ軍は、ロシアの大規模攻勢に直面している地区に優先して砲弾を割り当てるという試みを行っている可能性が高いと、ISWは指摘します。しかし、ロシア軍攻勢が現在激しくない地域のリスクは低いといえるのでしょうか?

ロシア軍は現在、ウクライナ戦線全域で主導権を握っている状態です。主導権を握る側は、攻勢作戦を行う場所と時期、そして、その作戦の規模を決めることができます。このことから、ウクライナ軍が現在、砲弾支給の優先度を低くしている地区でロシア軍が強力な攻勢作戦を実施した場合、これまで安定していた地区でのロシア軍の突破成功とこの地区の不安定化が起こりうると、ISWは考えています。それゆえ「現在の戦線は安定しているとはいえない可能性が高く」、この状況をロシア軍が利用するのを防ぐには、「西側が適切なタイミングでウクライナ軍部隊に物資を供給することが必要不可欠になる」のです。

ISWはウクライナが直面しているこのリスクの例として、アウジーウカ方面の情勢を取りあげています。ISWは次のように指摘します。

アウジーウカの西方におけるロシア軍の前進ペースは最近、スローダウンしているけれども、ロシア軍はこの地域での攻勢作戦を、自らが選ぶタイミングで強化することができる力を有している可能性が高い。

Russian Offensive Campaign Assessment, March 13, 2024, ISW

ロシア軍は2024年2月17日に約4カ月にわたる消耗戦の末、アウジーウカを陥落させ、その後、同市陥落の勢いを活かして比較的ハイペースの攻勢作戦を続行しました。ロシア軍はアウジーウカの西側隣接地域を比較的迅速に確保し、ウクライナ側が強固な防衛線を築く前にできるだけ西へ進もうと試みました。3月に入って、ウクライナ軍はロシア軍の攻勢を、不十分な防衛線だと考えられていたベルディチ〜オルリウカ〜トネニケ線上で、遅滞させることができている模様です。

なお、ロシア軍は中央部隊集団(中央軍管区隷下部隊とドネツク人民共和国軍が中心)を、アウジーウカ占領を踏み台にした戦果拡張用戦力として使用しようとしている可能性が高いと、ISWは分析しています。そして、注目すべき点として、ロシア中央部隊集団指揮下の部隊のなかに、まだ攻勢作戦に投入されていない部隊があることを、ISWは指摘しています。このような部隊の一つに第90戦車師団があり、ウクライナ人軍事ウォッチャーのコスチャンティン・マショヴェツ氏によると、第90戦車師団の属する部隊はアウジーウカから北東の方向に位置するホルリウカで戦力再建と休息を行っているとのことです(3月2日のテレグラム投稿)。

第90戦車師団は2023年10月以降のアウジーウカ攻略戦において大きな損害を被った部隊で、このような部隊はほかにも存在し、これらがロシア軍の戦果拡張用予備戦力を構成している可能性が高いと、ISWはみています。また、この予備戦力はアウジーウカ攻防戦によって戦力が損耗してしまってはいますが、1カ月程度の休息期間を得ることで、一定程度、戦力を回復できる可能性は高くなります。もちろん、補充される戦力の質は低いものになりますが、ロシア軍上層部はそれを甘受するものと思われます。

そして、このような予備戦力を持つことによって、現在、小康状態にあるようにみえるアウジーウカ西方戦線において、ロシアは攻勢がピークに達するのを防ぐことができ、また、ロシア軍が望めば、自らが好むタイミングで、ロシアはその攻勢を強化することもできるのです。

このような状況を招いている要因は、戦場の主導権をロシアが握っていることにあります。そして、ISWは以下のように指摘します。

ロシアがウクライナで握っている戦域レベルの主導権は、ロシア軍統帥部が戦域での攻勢作戦の優先度を劇的に変更することをできるようにする可能性が高い。

Russian Offensive Campaign Assessment, March 13, 2024, ISW

戦域全体での主導権を握ることによって、ロシアは戦闘を行う場所や時期、戦闘の強度や条件を、自由に決めることができます。このような柔軟性が与えられることで、物資不足等の理由によってウクライナ側が不利になっていると思われる地点へと、ロシアは劇的に攻勢の優先度を変更できるようになります。

一般的にいって、攻勢遂行の優先度変更とそれに関連する物資・兵力の移動は、攻撃部隊が引き抜かれる地域における、攻勢行動の減退、作戦休止、一時的な攻勢限界という現象が伴います。そして、このように攻勢圧力を弱めることは、通常の場合、危険なことです。なぜなら、弱まった攻勢圧力は防御側にかかる負担を軽減することになり、その結果、主導権を取り戻そうと反撃を遂行する機会を、防御側に与えることになるからです。

ですが、「西側の安全保障支援の遅れと深刻化するウクライナ側の物資不足によって、このようなリスクは軽減され、戦域上のどの場所においても重大なリスクを負うことなく、ロシア軍の重点変更が可能になると、ロシア軍統帥部が確信している可能性がある」とISWは分析します。

このような優位性を、必要以上に長い期間、ロシアに持たせておくことは、ウクライナにとって賢明なことではありません。しかし、「物資不足が継続し、悪化していく状況は、ウクライナから選択肢をほとんど奪うことになる可能性が高い」と、ISWは指摘しています。

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