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【内容紹介】なぜロシアを勝たせてはいけないのか(23.12.22付ISW報告“The High Price of Losing Ukraine: Part 2”の紹介)

先日、「ロシアがウクライナに勝利する世界がどのような軍事的影響を米国に及ぼすのか」をテーマとした報告書を戦争研究所(ISW)が発表しましたが、その第二弾として、ロシアの勝利が米国の戦略的環境に与える影響を分析した報告書(上記リンク)が公開されています。

ISWのナタリア・ブガヨワ氏の報告書「ウクライナを失った際の高い代償:パート2ー軍事的脅威とそれ以外の脅威」は、その冒頭で「ウクライナにおける戦争におけるロシアの勝利が現実になるならば、それは米国が自ら進んで受け入れた戦略的敗北になるだろう」と指摘しています。

この報告書の基本的な認識は、現体制下のロシアが米国(とほかの西側諸国)の利益及び価値感と対立する存在であり、ウクライナにおけるロシアの勝利によって、反米的な決意をさらに強めたロシアが立ち現れることになるという点にあります。ゆえにウクライナでロシアを敗北させることは、ウクライナにとって必要なことであるのみならず、米国の国益にとっても有益なことなのです。

しかし、現実をみると、米国のウクライナ支援は不安定さを示しています。では、なぜ米国は自らの国益に適う行動を取らないのでしょうか?

この問いへの直接的な回答ではないのですが、西側支援の終焉の結果としてロシアが勝利する場合の理由を、著者は次のように述べます。

仮に西側支援の崩壊が引き金となってロシアがウクライナで勝利することがあれば、そうなる理由は、ロシアが米国人の現実認識の操作に成功した結果であって、それによって、米国が自国の利益と価値観に反する行動を、自身がそれらに反する行動をしていると認識していないままで、自発的に選択してしまうことに求められるだろう。

Nataliya Bugayova “The High Price of Losing Ukraine: Part 2 — The Military Threat and Beyond”

では、ウクライナに勝利したロシアがもたらす脅威はどのようなものになるのでしょうか? 著者は以下の点を指摘します。

  • 超国家主義的イデオロギーに基づくロシア政治体制の恒久化。力による領土拡張と反西側的姿勢をもつ。プーチンの後継者はプーチンと同様の傾向をもつ。さらに過激化する後継者もあらわれる。

  • 西側との長期にわたる闘争が、ロシア国家を支えるナラティヴになる。

  • 大規模戦争を遂行する能力の再構築。

  • ウクライナとベラルーシの吸収(支配ではない)。それに伴う、ロシアの軍事拠点及び軍事リソース源の拡張。

  • 隣国に対してロシアが軍事行動をとる可能性の増大。

  • 旧ソ連圏以外への影響力及び軍事拠点の拡張(アフリカ等)。

  • ロシアによるNATO打倒の現実味が増す。

最後の指摘に関して補足します。アメリカがアフガニスタンに対してそうしたように、ウクライナを見捨てた場合、NATO東翼諸国防衛への米国の関与に関する疑念が生じるという意見があります。ウクライナに関しては、NATO諸国とは異なり、米国はウクライナ防衛に直接的に関与する法的義務はありません。また、NATOに関しては、「何かあった際に米国がNATO第5条の義務を遵守すると考えられる理由」はいくらでもあります。

ですが、NATO諸国の米国への信頼性が低下すること以上に問題なのは、「米国はNATO第5条を遵守しない」とロシア側が考えるかもしれないということにあります。ロシアが欧州のNATO諸国に手を出さないのは、NATO諸国との戦争が、米国との戦争になると考えているからです。つまり、この点で米国はロシアの行動を抑止できているわけですが、NATO諸国に侵攻しても米国は介入しないとロシアが考えるようになった場合、「抑止は弱まることになる」のです。それはつまり、「NATO・ロシア戦争が起こるリスクが増加することになる」結果をもたらすのです。

それゆえ、著書は「NATOの将来は、大多数の人々が考えているよりもずっと強く、ウクライナの将来と結びついている」と指摘しています。

さて、これまでウクライナにおけるロシアの勝利が及ぼす影響について、この報告書の内容をまとめてきましたが、ロシアはウクライナで勝利するために、米国に対して何を仕掛けているのでしょうか? 著者は「クレムリンが追求しているのは、米国から行動する意志をはぎ取ることだ」と述べます。そして、これこそが、ロシアがウクライナで優勢に立ち、国際的な力を回復するための数少ない手段の一つなのだと指摘しています。

そのためにロシアが追求していることは、以下の3点です。

  1. 米国がウクライナに対して何もしないようにさせること(そうしなければ、ロシアは勝利できない)。

  2. 国際社会における米国の信用・パワー等を低下させること(他国の行動を促す米国の力を消し去る意図)。

  3. ロシアが掲げる原則に沿った国際秩序の創設。

著者は、ウクライナでのロシアの勝利は、ロシアの意に適った世界を受け入れることにつながりかねないと警告しています。また、ロシアがこのような影響工作(“反射制御”)に成功した場合、この成功事例に基づく手法は、ロシア以外の反西側勢力(例えば中国)も利用するリスクも生じます。

なお、ロシアに立ち向かうことは「常にエスカレーションのリスクが存在する」ことになりますが、「ウクライナにおいて米国が失策をおかすリスクは、ウクライナの勝利を支えることに含まれるリスクよりもずっと大きい」と著者は指摘します。そして、プーチンは「合理的に思考する人物で、リスク回避傾向の人物」であることも踏まえる必要も指摘しています。そして、結局のところ、「核戦争のリスクは、核武装した国家に抵抗する試みすべてにつきまとうもの」なのです。

基本的には、ウクライナにおけるロシアの勝利は、米国の国益と根本から反しており、それは反西側勢力に力を与えるものであることを理解する必要があります。そして、そのような国際環境を招かないようにするためにも、ウクライナを失うわけにはいかないのです。

[※記事サムネイル画像:RRAC記事より]


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