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【記事和訳】好機に乗じた戦争:アゼルバイジャンのナゴルノ=カラバフ攻勢は南コーカサスの地政学をどれほど変えつつあるのか(by Marie Dumoulin & Gustav Gressel)

2020年ナゴルノ=カラバフ戦争において勝利したアゼルバイジャンは、2023年9月19日、「対テロ作戦」としてナゴルノ=カラバフでの軍事作戦を開始。翌20日には戦闘は終結し、長年のナゴルノ=カラバフ問題はアゼルバイジャンによる武力解決によって終わったかのようにみえます。

シンクタンクのECFR(欧州外交評議会)のウェブサイトで2023年9月28日に公開された上記リンク先記事(Marie Dumoulin & Gustav Gressel, “The war of opportunity: How Azerbaijan’s offensive against Nagorno-Karabakh is shifting the geopolitics of the South Caucasus”)は、2020年の戦争以降のナゴルノ=カラバフ情勢、今後起こり得る動向を簡潔にまとめている良記事です。

以下は、この記事全文の日本語訳になります。


日本語訳:

アゼルバイジャン政府は、最近実施したナゴルノ=カラバフ攻勢を「挑発行為」への対応だとして正当化した。だが、アゼルバイジャン側の準備を考えると、この攻勢が計画的なものであった可能性は高いようにみえる。ロシアによるウクライナ侵略とその後の状況、それとトルコによるアゼルバイジャン支援と欧州の無関心、これらの要因がアゼルバイジャンにナゴルノ=カラバフ支配権奪還の好機を与えることになった。このような状況は、現状の停戦の不安定化を招き、新たな欧州の関与を必要としている。

紛争の条件

2020年の戦争後のロシア仲介による停戦は、ナゴルノ=カラバフ周囲の領域からのアルメニア側の撤退を義務づけており、結果的にアルメニア人が多く住むナゴルノ=カラバフの孤立化を招いた。ロシアは「平和維持部隊」として空挺部隊を送った。その目的は、ナゴルノ=カラバフの事実上の首都であるステパナケルト周辺の残存アルメニア人集落を保護することにあったが、ロシアはアルメニア人コミュニティの保護を口実に、自身の軍事力展開を正当化した。アゼルバイジャン軍部隊は、自軍が征服した領土にいるアルメニア民間人、そして、その文化及び歴史的遺産の浄化をすみやかに進めた。この合意はモスクワを仲裁者にしたが、それはステパナケルトの生存を保証するのみでなく、2つの戦略的に重要な通路を保証するものでもあった。その一つがラチン回廊で、アルメニア本国とナゴルノ=カラバフをつなぐ回廊であって、ロシア軍がその安全を担保した。もう一つが、アゼルバイジャン本国と飛び地であるナヒチェヴァンを結ぶ計画の陸路で、これもロシア軍が保護することになっていた。

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/e/e1/2023_Nagorno-Karabakh_War.svg/2430px-2023_Nagorno-Karabakh_War.svg.png より一部加筆

上述のこと以外に、モスクワは2020年停戦合意の条件の履行に関して、何ら取り組もうとはしなかった。なお、この合意のなかには、ナゴルノ=カラバフの地位、陸路による接続、アルメニア・アゼルバイジャン国境の確定といったものが含まれていた。このような姿勢によって、ロシアは現地での部隊展開を維持し、アルメニアのモスクワへの依存度を最大化させることができた。

しかし、ウクライナに対してロシアが仕掛けた戦争とそれが引き起こした地政学的変化が、この脆いパワーの相互関係を成り立たなくさせ、アゼルバイジャンをナゴルノ=カラバフ領有を主張する方向に再度向かわせることになった。ウクライナでのロシアの不手際な軍事行動は、アルメニアにロシアが与えている保証への信頼性を低下させていた。ロシアが被った甚大な損失によって、何か別の突発的事態が生じても、それに対してロシアは対応できない状態になった。ウクライナとの戦争によって、ロシアはますますアゼルバイジャンに依存するようになっている。なぜなら、イランへ続く北から南への回廊は、アゼルバイジャンを通過するからだ。さらに、ウクライナに対して武力行使をしないという義務を、ロシアがあからさまに破ったことで、ほかの旧ソヴィエト諸国が、2国間問題を解決する手段として軍事力に頼ることを促す流れを、ロシアはつくってしまっている。

アルメニアのニコル・パシニャン首相とロシアのウラジーミル・プーチン大統領との亀裂もまた、ここ数年間で大きくなっている。それはロシアが2020年の戦争と、戦後の軍事力を背景にした暴力行為に際して、アルメニアを支援できなかったことにある。モスクワはまた、アルメニアが米国及びEUとの関係を進展させようとすることにも反発した。結果、アルメニアは完全に孤立した。

同じ頃、ロシアからのガス供給の代わりを求めるのに熱心だった欧州連合は、バクー[*注:アゼルバイジャンの 首都、同国政府の換喩]に対するご機嫌取りを始め、アゼルバイジャンの人権及び民主主義に関する以前からの問題に目をつぶり、ガス購入を増加させた。軍事的には、西側諸国はウクライナ支援で手一杯であり、これによって西側諸国軍の一部の弱さも明らかになった。アゼルバイジャンは、アルメニア支援下の分離独立派勢力による1990年代初め以降のナゴルノ=カラバフ及びその周辺地域の占領が、領土的一体性の侵犯であるという非難を始めた。この領土的一体性の侵犯という主張は、ウクライナに関する国際秩序の根本的原則として、西側が公に示しているものだ。その一方でイランは、アルメニア本国には触れるなという警告をバクーに送っていたが、ナゴルノ=カラバフについては何ら言及しなかった。

国家の孤立状態を解消しようと、パシニャンはアルメニア外交政策上の選択肢の幅を広げようとしていた。第一に、そして最も重要なのが、トルコとの関係正常化である。一方でアンカラは、アルメニアとアゼルバイジャンの紛争解決を正常化の条件にした。この2カ国は相互に関わりのない3つの路線での交渉を始めた。一つはロシア主導。もう一つはかなり積極的な米国主導。最後が、米国が緊密に調整した欧州理事会議長[EU大統領]シャルル・ミシェル主導のもので、通常そこにフランス大統領エマニュエル・マクロンが加わり、もっと最近ではドイツ首相のオラフ・ショルツも加わっていた。最近になるまで、暴力的な出来事が再発していたにも関わらず、アルメニア・アゼルバイジャン両国ともに、ことは上手く進んでおり、和平合意は実現可能だということを示していた。これらの交渉の一環として、アルメニアはアルツァフ共和国(ナゴルノ=カラバフのアルメニア側名称)の自決権に関する長きにわたる主張を取り下げた。アルメニアは、アルツァフがアゼルバイジャン領であることを認めてもよいと考えていることを公に示した。ただし、それには条件がある。それは、バクーがアルツァフに住むアルメニア系住民の諸権利と安全に関する特別な保護を与えるというものだ。ただ、この件をアゼルバイジャンは、現在も国内問題だとみなしており、この件を交渉のテーブルに載せるつもりはない。

アゼルバイジャン有利に進むこのような要素があるなか、アゼルバイジャンはアルメニアとナゴルノ=カラバフへの圧力を強め始めるとともに、ほかの国々からの反応の水準を試し始めた。アゼルバイジャンは12月からラチン回廊を通る交通の阻止を行い、効果的にナゴルノ=カラバフを封鎖した。封鎖によって深刻な人道危機が生じたにも関わらず、バクーは激しい反発にまったく出会わなかった。回廊の安全を保証していたはずのロシアからさえ反発はなかった。春以降、アゼルバイジャンとイスラエル間の貨物飛行は相当増加しており、アゼルバイジャンが弾薬とドローンを購入していることが示唆できた。9月上旬、ついにアゼルバイジャンは、ナゴルノ=カラバフ及びアルメニア国境の近くへの軍部隊の移動を開始した。この時点でもバクーは国際的な圧力を受けずにいた。あからさまに戦争準備をしていたにも関わらずだ。とどめが9月12日に起こった。プーチンはこの日、ここの情勢から手を引いた模様で、次の声明を出した。「アルメニアがカラバフをアゼルバイジャンの一部と自ら認めたのなら、ここで何も言うことはない」

不安定な停戦

以上のことが背景にあるため、9月20日に合意された停戦は、この紛争を終わらせることにはならないだろう。この合意に含まれているのは、次の3点だ。まずは停戦それ自体。次にアルメニア・カラバフ軍の投降と武装解除。最後が、アゼルバイジャン領内に存在するアルメニア系住民の今後の地位に関する、アゼルバイジャン憲法の枠組のもとでの現地代表者との協議である。だが、最後の点はかなり議論を呼ぶものになるだろう。なぜなら、アゼルバイジャンは極めて中央集権的で、権威主義的な国家であり、同国憲法はどのような集団であってもその自治を想定していないからだ。さらに、アゼルバイジャンはアゼリー人[アゼルバイジャン人]のカラバフへの再入植を要求している。3回の戦争、そしてアルメニア人とアゼリー人の民族主義的憎悪の数十年間を経て、この2民族がどのように互いに隣り合って生活することができるのか、これは想像し難い。結果として、この合意を取りもったロシアは、おそらくナゴルノ=カラバフへの派遣部隊の展開期間を、2025年(2020年11月の停戦覚書で合意された期限)より長くしようとするだろうし、そうすることで、現地アルメニア人コミュニティにとって最善の担保がロシアであることを示そうとするだろう。だが、アゼルバイジャン軍の行動に直面した際、展開していたロシア派遣部隊が示した受動的姿勢は、ウクライナ戦争の結果、投入可能なロシア軍戦力が限られていることと相まって、この担保の質を低下させている。事実、アルメニア人はすでに、ナゴルノ=カラバフからの大規模な脱出を始めている。

2023年9月26日、ナゴルノ=カラバフから脱出するアルメニア人
(https://ecfr.eu/article/the-war-of-opportunity-how-azerbaijans-offensive-against-nagorno-karabakh-is-shifting-the-geopolitics-of-the-south-caucasus/)

避難民の流入がアルメニアの国内情勢にいかなる影響を及ぼすことになるのかは不明だ。ナゴルノ=カラバフを巡る新たな戦争にアルメニアが引き込まれないようにパシニャンが意図したことへの抗議活動に、パシニャンは直面している。頼れる同盟国はなく、アゼルバイジャンが圧倒的な軍事的優位に立つなか、戦闘拒否によって敗北を回避するという試みは、パシニャンに残された唯一の選択肢であった可能性がある。彼はナゴルノ=カラバフの運命よりもアルメニアの運命を優先した。しかし、ナゴルノ=カラバフからの避難民は、この決定に憤慨し、抗議活動に加わるかもしれない。

トルコの支援を受けて、バクーはこのラッキーチャンスをもっと推し進めようとし、アルメニア領内へのさらなる攻撃を始める可能性がある。モスクワが介入する可能性は低く、ロシア以外の唯一のアルメニア支援国がイランであり、西側諸国がイェレヴァン[*注:アルメニアの首都、同国政府の換喩]を支援する選択肢は限られている。このシナリオが現実化する場合、これまでユーラシア大陸で最長の未解決紛争であったものが、力づくで解決される様を目撃することになる可能性がある。そうなった場合、アルメニア自体への、そして、南コーカサスの地政学的状況への、極めて大きな政治的悪影響が伴うことになる。

地政学的役割を担うことに真摯な姿勢であるならば、EUはこのような悪影響を無視することはできない。EUはまた、アゼルバイジャンに対してもっている経済的影響力を行使し始めるべきで(EUはアゼルバイジャンでエネルギー関連の協力と投資を進めるためにかなりの額の資金投入をしている)、それによって、ナゴルノ=カラバフに住むアルメニア人住民の状況の国際的な監視と本当の意味での保証に関する協議を、バクーに促すべきだ。最終的には、10月上旬に開催される欧州政治共同体の次回首脳会議を利用して、アゼルバイジャンのイルハム・アリエフ大統領とパシニャンを引き合わせ、和平合意成立への取り組みを加速させるべきだ。その合意には、国境の相互承認、双方の領土的一体性の尊重と、双方の軍事力不使用に関する正式な約束を再度取り交わすことが含まれる。

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