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海の底と太陽の森 17.存在の理由

穴の中は恐ろしく狭い。じっとしているのが嫌になるくらいだ。早く抜け出したくなる。

芋虫のように身体をくねくねと曲げて進む。手は思ったように力が入らずに、肘がやけに痛い。

芋虫のようにして進むと、削られた幹が身体にフィットして、進みがやたらに速い。自分が昆虫になった気分だ。

今のままだと気持ち悪いといわれて、殺虫剤をかけられてしまう。早く羽ばたかないといけない。

幼虫は気持ち悪い。成虫は美しい。僕はそんなに変わらないのに…。

先に行ってしまった男の姿は闇で全く見えない。この先にいる事は確かなのだが、それが不安になるくらいの濃い闇と、狭い通路だった。

たまに参った時に外に出るだって? 僕なら外に出るだけで参ってしまう。

「そんなに長くはないので、大丈夫ですよ。それに距離を知っていれば意外と平気なものですから。わからないから不安になるだけです。もう少しです」

彼の声が頭に響く。もう少しらしい。

僕は眼を瞑って同じ動作を繰り返している。単純な動きのサイクルの繰り返し。ただそれに圧力と時間が加わって、僕は進んでいる。

僕は世界に流れている真理を体験している気がした。あらゆる物事の繰り返し、それに圧力と時間=変化する何か。

そして彼は太陽の森に到達した。今のそれと僕等の人生の何が違う。同じじゃないか。

僕達の人生も人類の流れも。昆虫や鳥類。大小様々な生物。植物。地球や僕らが認識できないくらいの小さな宇宙だって、そうして動いている。

そして全てのサイクルに変化が伴っている。そしてその変化こそが、それが存在している理由なのだ。

僕が生まれ生きる事によって起こる様々な変化、。その変化の全てが、僕の存在している理由だ。

そして僕におきる変化。僕が起こす変化。彼は僕に圧力と時間を掛けて何か変化を起こそうとしている。

それが何なのかは知らないけど、僕には様々な事が起きている。僕がここにいる理由が知りたかった。

何故僕に自分の存在を知らせ、何故ここにいるのか? 

聞きたい事が頭の中で形を整えて、彼と話をする準備が出来た。

太陽の森の幹にいる、一匹の芋虫が存在している理由はなんだ?

そして僕は目を開ける。そこは真っ白な廊下で、そこに一人で立っていた。僕は目の前にあるカウンターのようなものに向かって歩いていく。

僕はカウンターのいすに座りあたりを見渡した。見た事のある部屋だった。

「久しぶりです。結局あなたは私をまたしっかり認識している。あなたの存在で何が変わるのか、情熱が高ぶりますね」

彼の声が聞こえる。でも部屋に彼がいない。

「さっき穴倉の中で考えていた事があります。頭が澄んできました」

僕はいつの間にか大人の姿に戻っている。発せられた自分の声でそれを確認した。

「今聞きたいことは後回しにして、解った事が一つあります」僕は正面を向いてそう言う。

「何ですか?」頭の中と正面から彼の声がする。正面の声は微かだった。

「僕達は繰り返しています。そして時間が過ぎていきます。これだと変化が起こらない」

「そうですね」

「圧力の正体はあなただ。あなたが圧力をかけて初めて人生に変化が起きる。そんな風に思います」

「その通りです。素晴らしい。大したものです。説明しようと思っていた事を、あなたが気付くと驚きますね」

「あなたと私は何も変わらない。知らないだけです。そうでしょ?」僕は何も恐れない。知らないだけじゃないか。ただそれだけじゃないか。

そして見方を変えれば彼も同じだ。立っている場所が違うだけだ。

「そうですね」カウンターの中に彼がうっすらと見える。彼も良い眼をしている。最高の気分だ。

「知りたい事は全て教えます。私の存在理由も君の存在理由も教える。上にたって神様気取りをするつもりはありませんよ」

彼の姿がはっきりと僕の前に映し出される。

「話を進めよう」僕らの会話が始まる。

僕の前に彼が立っている。いつの間にか僕達は前のめりに肘をついて、カウンターで話をしている。良い気分だ。頭が透き通っていく。

「何故僕はここにいる?」僕が聞く。

口調は強い。見下してはいない。お互いに認めている。それが解っている時の口調だ。真面目に話が出来る。

「まず最初に、私の位置を教えておきましょう。あなたのいた現実、肉体に宿り生活を繰り返す空間。案内人から前の精神と奥の世界の話を聞いたと思いますが、私はその中間に位置しています。

誰にとってもそれは同じ事です。全ての人間にリンクしていて、与えるべき情報を流す。それを人は閃きや偶然と呼んだりします。聞かれたことには素直に答えています。

それが必要な情報なら何でもね。教える必要がないことは言いません。それにピンポイントで質問される事はほとんどないんでね。と言うよりほとんど質問されない。祈りは質問ではないですからね。

私は矢印を決めているわけでも、舵を取っているわけでもありません。情報を与えれるだけです。選んで行うのは本人で、望めば情報は与える。だが何か変化を私が起こすわけではない」

「運命ではない?」

質問がすぐ頭に浮かぶ。ためらいも無い。

「位置の話です。何かを成し遂げたい、達成したい。どこかにいきたい。ああなりたいこうなりたい。それが矢印です。

私はその矢印の後ろ側にいます。望むのは前の精神。

そして私がいて、情報の海…つまり奥の世界がある。人間の精神の構造はそういう形をしています」

彼は両手で位置関係を説明する。右手が前の精神で、左手が奥の世界。そしてその真ん中に指で線を引き、それが自分だと言う。彼は話を続ける。

「運命的な事は、沢山事例があります。大概は認識をさせる時に良く使うやり方です。一つのことを認識させるのに、他の人間に情報を与え、その行動を見ることによってターゲットの人間にそのことを認識させる。

良く運命と捉えられる。その相互作用で恋や恋愛に発展する事も良くあります。とても簡単なことは説明するのが難しくてね。

見たり聞いたりして貰うのが一番早いんです。それに私を完全に認識している人はほとんどいなくてね。

感覚はみな持っていますが、誰も確信していない。脳の誕生と同時に私はリンクしているので、生まれてからずっと傍にいると言ってもおかしくはないんですがね。

個人レベルから世界レベルまで様々ですが、認識させるために、それ以外の人に情報を与えて動かすという方法は、日常的に繰り返しています」

彼の説明は非常に解り易かった。位置関係を説明した上で、行動を説明する、作戦の指令みたいだ。

「繰り返すこと自体が圧力と時間による変化なのか…」僕はそう呟く。

情報が多すぎて整理するのが追いつかない。でも奥のほうで答えがすぐに出てくる。そして不思議と納得してしまう。

そのやり取りが僕の認識していない所で行われていた。彼は続ける。

「厳密にゆうと、私も繰り返しの一部です。さっきあなたが言ったでしょ? 立っている位置が違うだけだって。その通りです。

圧力と時間を掛けて起こる繰り返しの螺旋。人類も地球も、太陽も宇宙もその螺旋の一部なんです。

それに人の目線や知識で勝手に区切っているだけで、地球も人も、虫やプランクトンだって一つの宇宙なんです。

空間的に考えればね。圧力と時間によって繰り返し変化している全ての空間は、それぞれが一つの宇宙と言える。

そして同時に全てが同じ一つの宇宙といえる。君と私が変わらないように、地球も太陽も広大な銀河も、草原も海底も一つの宇宙なんです。

全にして個。個にして全。ただの空間の区切りですよ」

「話が広大になってきましたね」僕は少し笑う。発せられる言葉は広大なのに、大きさを感じない。

「もう少し縮めますか?」彼も少し頬を上げて聞く。

「いやいいですよ。解ります。ただ今引っかかっているのは…」僕は自分の奥の新しい感覚に計算を任せている。そして質問が出るのを待つ。

「何ですか?」彼が鋭い目つきで僕に聞く。

「情報を望めば与えるといっていましたが…あれは嘘でしょう? 圧力をかけていないわけがない。じゃないとあなたは存在しなくていい。必要がない」彼が少しだけ目をそらす。

「んん…頭が良い。私の存在理由がわかりますか?」目線を戻して彼が聞く。

「さあ…見当もつかない。早く教えて欲しいですね」僕がふざけた口調でそう言う。彼がまた少し笑う。そして笑みを消して答える。

「私の存在理由は知ることです。物事に圧力を加えて変化を見、知る事です」

「それが模索ですか?」

「そう。知りうる全てのことを知る。そして我々が一種として向かったその先に、一つの変化がある。それが我々の存在理由です」姿勢は変わらず、質問は続く。

「それも何かの圧力によるもの?」

「それは知りたいですね。是非知りたい。まあそれを知ると私は存在しなくても良くなるかもしれませんがね。それを君が知っていても否定はしないし驚きもしない」彼がそう言う。

僕が知らない事が解っているのに?

僕は頭の中で呟く。それは声にならずとも伝わるというのに。

「あなたが頭で考えていることが…あなたの全てではない」彼が目を見開いて言う。

それはさっきから、とても感じている。そして計算がすぐに終わって、僕に質問を渡す。

「そうかもしれないですが、私が何処に立っていてどのくらいの大きさなのかを、あなたは知っている。そして私の全体が見えている。だから嘘をつく。見えているから」彼はその言葉を聞いて小さく一度頷く。そして小さな声で一言。

「頭がいいな…」彼の目は僕を見ているのかいないのか、解らない焦点でいる。不思議な視線に包まれて、僕は沈黙する。でも計算は続いていて、また質問が口から出る。

「どうして嘘を?」彼に問う。

友人の過ちを問いただすように、悲壮感をつけて。僕は騙されるのはあまり好きじゃない。小さな嘘も好きじゃない。

「嘘も圧力の一部だからね」彼は目を細めて言う。さっきよりも声の音量が少ない。ささやくよりも少し大きいくらいだ。

「全ての与える情報と言う圧力は、全てを真実で言う事が結果的に正しいとは限らないからね」彼がまた回りくどい言い方をする。

「もう少し砕いて言って頂けると助かるんですがね」僕が苦笑しながら言う。

「解らない? 考えれば解ると思うがね…」彼の声の音量が戻る。彼は少し笑う。

「そうかもしれないですが、知りたい気持ちが先行していましてね」僕が答えをせかす。

「つまり嘘の情報を与えて出た行動が、結果的に私の望んだ状況に変化する。嘘の情報を与える事によって起こる変化が、私が対象に伝えたい変化である場合。

変化そのものを説明しても伝わらない。嘘をつくことによって、対象にそれを認識させることが出来る。だから嘘も必要でね」

彼は同じトーンで言葉を発する。同じリズムで単語や文が僕の頭の中に入ってくる。いや流れ込んでくるといった感じだ。

僕は少し圧倒されまた自分の位置を認識させる。知らない事は重大な事だ。僕はまた振り出しに戻って言葉を吐く。

「はい」また繰り返しだ。でも変化は続いていく。そして彼の言葉に引っ掛かりを覚える。

計算している何かが引っ掛かりを感じて、また質問する。それも繰り返していく。そんな気がする。

「結果的に…私の望んだ状況というのは、いったいどういう事ですか?」僕が引っ掛かりを彼にぶつける。彼は目をまた少し細める。

「あなたのリズムが段々解ってきましたよ。私が普段言わない事を言う。それに気付いて話が進む」また声の音量を落として彼が言う。

「わざとやっているのではない?」僕は少し驚いて聞く。

「まさか」彼がそう呟いて、僕をまた不思議な目で見る。僕を見る事無く見、遠くに僕がいるような顔をする。そして少しの沈黙…

「それで?」僕が聞きなおす。

「ん?」彼がとぼける。とぼけているという事が表情で解る。

「質問が浮いてる」僕が少し目線を上にやって言う。

「ここからはあなたにとって、楽しい話ではないですよ」彼の声が少し変わって冷たい感じがした。

「今までも凄く楽しい話と言うわけではないと思いますがね」でも僕はあまり動じない。

「そうですね。そう言われて見れば…では話します」彼が一呼吸おく。

「私の存在理由は知ることです。そして知るためにあらゆる圧力をかけて人を操作しています。人は生まれながらにして、疑問に対して進行している。そしてその疑問は、私の疑問に他ならない」

「生まれた時点で人生は決まっている?」僕は目を細めて聞く。あまり受け入れたくない話だ。

「そうではない。その目的に対して圧力をかけているだけであって、どうなるかわからない事を予測して進めているだけです。一つの疑問が出たときに、その状況や行動を行わせるために圧力をかけ、その結果を見て、物事を知る」

「例えば?」僕は表情を変えずに聞く。少し苛付いているようにも思える。

「例え? 簡単な事です。人間は解らない事があったらどんな事でも実験してきたでしょう? 同じ事ですよ。

下らないと思える事でも一つの知識なんです。壮大なことから小さな事まで、全ての疑問がそれにあたります。

人が目を瞑ったらどうなるのかを知らなかったとします。私がね。そして目を瞑らすために圧力をかける。そして人は目を瞑る。

その時に起こるあらゆる変化。その全てが人類の知識として保存される。まあ疑問はこれほど明確なものではなくて、もっと大雑把なものですけどね」

彼の口調は少し強くなる。私の苛立ちと同時に。

「戦争や災害で人が沢山死ぬことも? それもあなたが?」僕の苛立ちは質問にも現れる。そして彼の口調も更に強くなる。

「死ぬこと? それによって生まれる悲しみ? 残酷ですか? 残虐ですか? どうして自分達が特別だと? 

大いなる悲しみも大量の死も自分達だけの特別だと? 人が一人生まれて死ぬまでに、いったいどれだけの死の上を歩いていると思っているんですか? 

あなたが一日生きる間に人間はどれだけの生物を殺していると思っているんです? そこに悲しみがないと思うんですか? 

見えていないだけですよ。見えない振りをしているだけです。他の生物の殺傷を機械や他人に任せて見てみぬ振りをし、自分達の死に悲しむ。

生物にとって大量の死も悲しみも、特別なことではないんですよ。死が身近にいないだけです。特にあなたの国ではね…」

彼の呼吸が少し荒い。僕は何も言い返せない。言い返す答えが出てこない。彼は呼吸を整えてから話を続ける。

「愚かと思えるかも知れませんが、戦争によって生まれた知識は計り知れないほどあります。何故戦争がおこると思います? 何が原因で何が悪いと思います?」

彼の質問が増えてきたように思える。彼に質問され考えると、僕らの当たり前がとても薄っぺらいように思えてくる。それはこうなんだ!と自信を持って言えない。

「解りませんね」僕の頭に確信的な答えは無い。

「そんなに難しい事ではないですよ。価値観の違いです。その最もたる宗教というね。そしてそれを言い訳に、その奥には人の欲が渦巻く。

そして憎しみの連鎖。神様を理由に自分達の欲を隠し、憎しみの連鎖を利用して世界が武力的に動く事。それが戦争です」そして彼の説明は確信的である。

「いろんな戦争があると思うんですがね…」でもそれだけではないような気がして僕は言う。

「まあ形は違えど構成される部品はほとんど同じです。宗教と欲と憎しみ。やられたからやりかえす。やられる前にやる。後他に入るとしたら…恐れかな。力を持った人間が怖いから先に問題を殺す。人間はいよいよ醜い」

「あなたが操作しているのに? 醜いだって?」僕はとっさに反論する。

「結果を見てそう言っているだけですよ。計算の答えがそれで、醜いと思う。それだけですよ。人間と言う生物は傲慢で盲目。どんな優れた人でさえ気付かないほどにね」

「それはあなたも同じじゃないのか?」僕は小さな声で呟く。僕がそう呟くと彼はハッとした表情で僕を見る。そしてまた少しの沈黙…

「かも知れないな」彼も同じように呟く。そして僕の顔をまた遠くを見るようにしばらく見つめ少し下に目をそらす。そしてもう一度言う。

「そうかも知れないな」

さっきよりも空虚な感じがした。空間全体がだ。

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