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日本語の歴史と構造分析(語彙、文体、文字、発音)。民主的な生活言語としての日本語試論

概要:東アジアにおける漢字の歴史

私は幼少期から「日本語って難しいな」と感じ続けてきました。

これは、その難しい日本語の歴史と仕組みをわかりやすく整理/説明し、日本語を正確に理解しようとする試みです。


・日本語の使い方の難しさを感じてきた方
・日本語の成り立ちを非日本語圏にて体系的に説明する立場にいる方
・日常的に片仮名外国語に触れる機会が多い方
・Web業界の仕事に従事し、日本語表現に食傷気味の方


といったニッチな方々に向けた局所的な文章です。

これを読めば、以下のことが大枠で分かります。


・東アジア圏における漢字の歴史と意味
・日本語の歴史
・日本語の構造(語彙、文体、文字、発音)と特異性



そのために、石川九楊さんが2010年に出版した書籍「日本語とはどういう言語か」の一部を、わかりやすく要約、体系化しました(約13,000字です)。

いつも言語学者の本や文法書ばかりを読んできたのですが、書家の方の日本語理解は、身体的で、納得できる箇所が多くありました。


流れとしては、古代中国大陸にて宗教国家が作った「甲骨文字、金文」の歴史から、日本語の歴史へ進み、その後、日本語の語彙、文体、文字、発音を説明していきます。


最初に、この記事の結論を以下に要約します。
お時間がない方は、下記の枠線内だけご覧いただければ、概要がつかめます。


東アジアにおける漢字の歴史と日本語の歴史

紀元前1400-1300年
中国の殷に宗教文字「甲骨文字」「金文」が誕生

紀元前220年:始皇帝時代に篆書体(てんしょたい)が誕生
宗教文字から政治文字へ

4世紀:「隷書(れいしょ)」と「草書(そうしょ)」が誕生
篆書体から隷書と草書が分化し、古代性と政治性の相対化が進む。草書により詩が誕生する

633年(白村江の敗戦)以降:大陸から漢字が流入。初期日本語の成立期
漢字(音語)に対応する和語(訓語)として、各地域に多様な言語の言葉の中から1つ

794–1185年(平安時代)の中期:音訓二併性言語の形成

1185–1333年(鎌倉時代):禅院が宗語を日本語化する

1582–1868年(近世):二融性の近代日本語

1868–1945年(近代):西欧語の翻訳、活版印刷による平仮名の解放

1945–1970年(現代):語彙(漢語、和語)の縮小、西欧語翻訳文体の誕生

1970-2000年:言語の泡沫化、軽便な片仮名語の氾濫

2000年以降:グローバリズムに代わる民衆の国際連帯、「濃密な生活語」の恢復運動


日本語の概要
日本語とはどういう言語か?

・中国大陸の東海諸島にて7世紀後半に形を整えた言語
・漢語、和語、西欧語を持つ多重言語
・漢字への文字依存度が高い「文字(書字)中心言語」
・漢字を媒体とした音語と訓語の二併性(2原理の同時存在)を備える

日本語の構造
動詞と名詞(漢語+漢字)を助詞(平仮名)が支える、文字(書字)依存的な構造

日本語の語彙
漢語(音語):中国大陸経由の漢字の発音を日本語的漢語(音語)に固定化したもの
平仮名(訓語):和語を成立させ、和歌、和文を誕生させた
片仮名語(助詞):助詞「テニオハ」により、漢文を開き、新しい「漢文訓読文」を誕生させた
 →以下の「3つの異なった原理の言語」が同時に存在し、多くの「日本語固有の特徴」を生んでいる

日本語の文体:7つの文体
1.漢字文:漢字のみ
2.漢字平仮名混じり文/漢字片仮名混じり文:漢字の割合多い2文字を使用
3.平仮名漢字混じり文/片仮名漢字混じり文:平仮名/片仮名の割合多い2文字を使用
4.三文字混用文:漢字、平仮名、片仮名の3文字全てを使用
5.平仮名文:平仮名のみ
6.片仮名文:片仮名のみ
7.欧文翻訳体:非東アジア圏言語を、欧文文体にならい、漢字を使用し、翻訳した文体

日本語の文字
3種類の文字のベクトルの統合体(「◇+」「お」「ノ」)
漢字:ダイヤモンド型。四方八方に対して、遠心と求心の両方のベクトルを持つ。独立表意文字
平仮名:上からの流れを受け取り、円形回転を行い、下方へ受け渡す。連続して意味をもつ。音写性が高い表音文字。
片仮名:流れは右上からやってきて、左下に向かう。漢字と漢字の間に楔を打つ。漢文漢詩を開き、日本語化を行う

日本語の発音
・「表音音写性」の強い平仮名が、日本語を即物性の高い言語にする
・「擬態語、擬音語」の過剰
・音楽への影響:母音で終わる平仮名音楽
・平仮名の誕生により、各地方の「原生発音」が失われる
・平仮名によって「濁点による明瞭な静音差、濁音差」生まれる
・同音異義語と異音同義語が多い言語となった



主的な生活言語として日本語を育てる方向とは。個人的な結論

民主的な生活言語として日本語を育てる方向

私は2018年から2020年にかけて、百人一首の和歌100句を日本語から英語に翻訳しました。


翻訳をしながら、それまで苦手だった日本語に向き合い、悩み、感じ、考え続けました。

それは、

「日本語って今でも整理されてないよね」

「だから、話し手側の説明責任の負担が高いし、聞き手側も解釈段階で誤解を生みやすいよね」

「じゃあ、民主的な生活言語として、日本語を育てる方向ってどこだろう」

という、日常レベルで日本語を上手く使うことの難しさでした。


上記の問いに対する返答が、書家である石川九楊さんの視点から説明されていました。読みながら、実感として共感するところが多く「これは体系的に要約したい」という思いが募ったのです。



個人的な結論

以下は、この本を要約した後に考えた個人的な結論です。

日本語の5つの条件
1.政治言語の音語と、私的言語の訓語が、漢字を媒介として同時存在している
2.漢字が持つ高い表意性に依存し、和語動詞の発達は遅れてきた
3.平仮名によって助詞、形容詞、副詞、擬態語、擬音語が過剰になった
4.西欧翻訳語の中では「文字は音語」で表現され「意味が訓語」で表現された
5.西欧文明のグローバル化とともに「経済/新技術言語」が、表意性を伴わないかたちで片仮名で流入し続けている

上記の5つの条件により、複数の文字が、それぞれのルールを保持した状態で同時に存在し、かつ語彙が増えることで、日本語の語彙と文体にカオス状態を作っています。

おそらくそのカオス状態は、西欧文化が本格的に流入してきた江戸時代後期から慢性的な状態として日本に継続し続けているのではないでしょうか。

平仮名の発明
日本語は、「表音音写性」が高い平仮名を発明します。
結果、日本語は「自然の音⇄言葉」の間の音を語彙として登録するようになり、以下の特徴を備えるようになります。

・近く、小さく、温かく、具象的、小さな舞台を表現することを得意とする
・和語動詞の未成熟を招く
・自前の抽象思考と表現の発達が遅れる
・独自の抽象思考の根拠を、漢字と西欧語由来とする慣習が生まれる
・政治体制を、漢字圏の政治的枠組みと西欧圏の政治的枠組みに倣う風習が生まれる


現代日本語の課題
そして、現代日本語の課題としては「視覚的/音声的側面の高い日本語の7つの文体」で立ち止まらず、以下の思考を個々人の中で行っていくことが大切になってくるはずです。

1.自分が普段使っている語彙とイメージを自分の言葉で定義付ける
2.自分が普段使用する語彙とイメージによる倫理観を定義付ける
3.個人の倫理に基づいた思想/世界観の発見
4.思想/世界観の育成(個人内部での対話)
5.思想/世界観の公開と更新
※倫理=「何をしてはいけないか」について答えること



4つ以上の「漢字を土台とした日本語のフィルター」を通した後の日本語
ここでポイントなのは、日本語を使う人は普段意識しないところで、「少なくとも4つ以上の違う発生イメージとルート」を持ち、「漢字を土台とした日本語」のフィルターを通した後にやっと、「話し言葉/書き言葉」という日常水準の日本語にたどり着いているのではないか、ということです。

1.漢字熟語:発生イメージ⇄漢字⇄音語(漢語:政治言語)⇄話し言葉/書き言葉
2.平仮名熟語:発生イメージ⇄漢字⇄訓語(和語:私的言語)⇄話し言葉/書き言葉
3.漢字翻訳された英語:発生イメージ⇄英語(経済/新技術言語)⇄音語(漢語)⇄話し言葉/書き言葉
4.片仮名翻訳された英語:発生イメージ⇄英語(経済/新技術言語)⇄片仮名(和語)⇄話し言葉/書き言葉



英語の発生イメージと日本語の発生イメージの違い
「表音文字」であるアルファベット文化圏は「意味⇄音」の距離が近いため、「音声⇄イメージ間」のルートが太く、音によるイメージ喚起力が高いのではないか。

そして「書字中心文化」の日本語は、漢字を使った「表意文字」であるため、「意味⇄音」の距離が遠く、「音声⇄イメージ間」のルートは細く、音によるイメージ喚起力は低い。だが「意味⇄漢字」の距離は近い。視覚が重視され、視覚によるイメージ換気力が高くなる。

この「聴覚によるイメージ喚起に長けた言語」と「視覚によるイメージ喚起に長けた言語」の違いは、大きな差として言語使用者のイメージを規定する、という仮説です。

私たちは今日も、3000年以上前に存在した古代宗教国家が発明した「甲骨文字」「金文」に由来する言語をイメージの源泉としているのです。


以下より、石川九楊さんの書籍「日本語とはどういう言語か」要約に入ります。思考の整理を目的としているため、要約形式は「箇条書き」です。

この文章を読まれた方が、「日本語でのコミュニケーション」への理解が深まり「生活語として新しい日本語を作っていくこと」に前向きになっていただければ嬉しいです。

参考図書
タイトル:日本語とはどういう言語か
2006年1月10日初版発行
発行所:中央公論新社
著者:石川九楊
参考箇所
文編
序章 日本語の輪郭
第一章 日本語はどういう言語か
言編
第二講 文字とは何か?
第五講 日本語のかたち
第七講 文字と文明



言葉の定義:人間にとって言葉とは何か?

言葉の4つの定義
1.言葉とは「もっとも根底的な表現行為」

2.言葉とは「話し言葉と書き言葉の統合」
話し言葉(言):必ず肉体をまとう(声の強弱、高低、身振り、手振り)
書き言葉(文):必ず肉体をまとう(書字の強弱、大小、疎密)

3.言葉とは「内部に声と文字を含む(言葉の内在性)」

4.言葉とは「語彙と文体で構成される」
・語彙:対象を区切り、切り取る
・文体:対象を区切った語彙同士を相互に繋げる。語彙を引き出し、支え、存在させる

ここでポイントなのは「文字を持った文明は、その時点で、話し言葉の中にも文字(書字)を含み相互的に影響し合う」という関係です。




東アジアにおける漢字の歴史編

東アジア文化圏の言葉
・文書主義(書字中心)
→無宗教
→縦書き文字の中に「天」が現れる
→書く行為の中に「代理宗教」「祈り」が含まれる


東アジアにおける漢字の年表(成立と展開)

紀元前1400-1300年:中国の殷に文字が誕生殷
古代宗教国家による宗教文字→「甲骨文字」「金文」
 →文字の中に「古代時代の神話体系」「祭祀儀礼」「社会組織」が反映されている
 →例:鉞(まさかり)=王、こざとへん=きざはし(神世界と人間世界をつなぐ橋。神が降りてくる梯子)

紀元前220年:始皇帝時代に篆書体(てんしょたい)が誕生
秦の始皇帝時代の誕生した篆書体の特徴
1.2つの古代性からの離脱
・脱神話性
・脱宗教性
 →宗教文字から政治文字へ
 →構成:直線と曲線(整理、簡略化)
 →字画文字:散文的
2.同時に「古代宗教文字(宗教性と神話性)の痕跡」が残っている
→「甲骨文字、金文」の形状を損なっていない

4世紀:「隷書(れいしょ)」と「草書(そうしょ)」
「隷書(れいしょ)」と「草書(そうしょ)」により古代性と政治性の相対化が進む
隷書(れいしょ)が政治文字をになっていく

4世紀:隷書から草書(そうしょ)が派生し、詩が誕生する
王羲之(おうぎし)に代表される草書(そうしょ)の誕生。公の政治家が個人的な痛みを表現。詩が生まれる。

草書の特徴
1.横画が右に上がる:人間の身体的条件が反映され始める
2.筆画が省略される:政治的権威の規制からの脱却
 →人間による本格的な書の歴史が始まる
3.文字が非政治的要素を含んでいく
 →政治と対局の「個人の苦悩」「精神的、肉体的な弱み」を表現/開示しはじめる
 →詩の誕生

草書の構造
・筆触(ひっしょく)に身体性が付与される
 →筆画(ひっかく):起筆、送筆、収筆に人間の不定形な力が表現される
 →書くこと=劇(ドラマ)という構造が生まれる

漢字の中に草書という私事叙述文字が生まれ、政治家が私事を表現し始めたことが、東アジア漢字文化圏での詩の誕生となりました。古代宗教文字の痕跡を残しつつ、宗教性を排し、政治性を排してきた「漢字」は、現代でも「古代宗教文字の痕跡を残したイメージ」として私たちの後を追ってきます。
また、最初は公的だった「書字」「筆画(起筆、送筆、収筆)」という作業の中に、私的な属人性が流入していきます。


中国語の起こり
1.中国大陸にもともと様々な諸語の文法(言法)があった
2.漢字が生まれた
3.漢字が中国大陸諸語の言語構造を変化させた


中国語の定義
中国語は本来一つではなく「漢字によってかろうじて統一された言語」
 →中国語:単音節孤立語(1音1意味)。言語構造ではなく、漢字の構造を言っているだけ
 →中国大陸の中でも多くの言語がある:北京語、広東語、客家語

現在私たちが「中国語」と呼ぶ言語は「漢字語」という孤立語のことをと指す
・漢字成立以前に中国語はなかった
・中国大陸諸語はもともと孤立語ではなかった
 →漢字という「強力な政治言語」が周辺言語の構造に深く入り込んでいった
 →周辺言語の語彙と文体が変形を開始した

大陸文化の中でも「漢字言語」は異質で、他の言語へ強力に働きかけ、語彙、文体、文字、発音を変えていきました。やがてそれは、大陸を隔てた東海諸島(倭の国)へも及びます。



日本語の歴史編

日本語の歴史
漢字が日本にやってくる前の時代
・古代倭語(和語以前の倭の諸語)として、各地域に多様な言語があった

日本語成立の年表
592-710年:飛鳥時代

1.633年(白村江の敗戦)以降、大陸から漢字が流入
2.漢字(音語)に対応する和語(訓語)として、各地域に多様な言語の言葉の中から、いずれか1つが選ばれた
3.やがて固定化
 →和語の固定化(初期日本語の成立)

※日本語とは、あくまで漢字を前提として「漢字が持つ音語」に対応する訓語として生まれてきたもの
※漢字登場以前に列島諸国を統一する単一言語があったわけではない


794–1185年:平安時代の中期
音訓二併性言語の形成
・漢字を媒体として、漢字に「音語」と「訓語」が同時存在する形になる

日本語の始まり
・古今和歌集:10世紀初頭
・土佐日記:紀貫之(935年)
・伊勢物語

日本語の仕上げ
・源氏物語:11世紀初頭

日本語の書体の誕生
・智証大師諡号色書:小野道風(927年)
・屏風土台:小野道風(928年)
・白楽天詩巻:藤原成行(1018年)

1185–1333年:鎌倉時代
禅院が宗語を日本語化する
・大陸に元朝が成立(蒙古族)
・これを避けた集団により「宋の学問/言語/語彙/文字」が日本に疎開
 →京都、鎌倉(五山、林下禅院)に移住
  →五山:大陸語直輸入機関としての文官政治機構として禅院が機能する
   →五山にて「宗語(音語)」「宗元詩」「宗元文」「宗元詩、宗元文訓読分」の誕生
    →鎌倉新仏教により大衆化


1582–1868年:近世
二融性の近代日本語
・禅院が弱体化したことで、「音語の訓語化」「訓語の音語化」がおこる(2つの言語の融解)
 →「重箱読み」「湯桶読み」
  →例:歌舞伎の「積恋雪関扉(つもるこいゆきのせきのと)」

1868–1945年:近代:明治時代から第二次世界大戦まで
西欧語の翻訳と活版印刷による平仮名の解放
・西欧語の日本語への翻訳(目的:近代化の達成)

西欧語の翻訳手法
1.漢字の音訓融合状態を、音と訓を原型に戻し、分離しやすくした
2.意味の翻訳:西欧語を訓語の意味で翻訳した
3.発音の翻訳:西欧語を音語で発音させた

印刷(近代活字)の成立:平仮名の解放と等価性の錯覚
1.活版印刷により、平仮名がそれぞれ一文字単位に分解された
 →「語」の連続性から解放された
※江戸時代:木版印刷で平仮名は「連続・分かち書き体の語」の形式を崩さなかった
2.「漢字と平仮名の等価性」という錯覚が生まれる
 →漢字:一字で表語性を持つ
 →平仮名:複数の文字間で連合しなければ表語性を持てない
 →「2つは機能的にも等価である」という正確ではない認識が生まれる
 →ローマ字書き論、仮名書き論、一音一字限定制の誕生


1945–1970年:現代:敗戦後から経済成長へ
背景
・資本主義経済の高度化
・アメリカ軍事技術の転用としての情報社会化
敗戦後:3つの日本語政策の実施
1.当用漢字による漢字の使用制限
2.歴史的仮名遣いにの廃止
3.公用文の横書き化

結果
・語彙(漢語、和語)の縮小
・西欧語翻訳文体の誕生
 →日本語における「話し言葉の語彙と文体」の向上には結びつかなかった

1970-2000年:現代:経済成長の終わりへ
・経済と技術に関する英語が日本語に輸入される
・通信化社会の加速

結果
・言語の泡沫化
・軽便な片仮名語の氾濫
 →生活語の弱体化
 →詩と言葉の無力化

2000年以降:現代:911事件以降の世界
911事件以降「言語泡沫化」の限界が見えてくる

結果
・資本主義経済の終わりの始まり
・反戦運動の登場
・グローバリズムに代わる民衆の国際連帯
・「濃密な生活語」の恢復運動
 →再び「詩と言葉が希望と理想を語る力を持つ時代」の予兆

西欧語が入る以前の段階で、漢字漢文は複数回に分けて日本語に影響を与えてきました。その都度、日本語内部では「日本語化した漢字」と「平仮名」「片仮名」を使用し、音語と訓語を棲み分けました。
西欧語が入ると「発音は音語」「意味は訓語」で分けて表現し、ヨーロッパ文明の翻訳に対応します。



日本語の構造:語彙編

日本語の語彙の定義。3種類の語彙。二重性と二併性

日本語の3種類の語彙:「漢語(音語)」「和語(訓語)」「片仮名語(助詞)」

二重性と二併性:日本語の漢字は「音語」と「訓語」を併せ持つ。それぞれの単語と音を持ち、それが同時存在している
→例:雨
・漢語(音語):豪雨、梅雨、春雨、煙雨、雨期
・和語(訓語):はるさめ、こさめ、きりさめ、あまみず、あめあがり、あまがえる


3種類の語彙の定義
漢語(音語):中国大陸経由の漢字の発音を日本語的漢語(音語)に固定化したもの
平仮名(訓語):和語を成立させ、和歌、和文を誕生させた
片仮名語(助詞):助詞「テニオハ」により、漢文を開き、新しい「漢文訓読文」を誕生させた


日本語の語彙構造が作る3つの特異性
1.一つの言葉が「音訓二併性(2原理の同時存在)」であること
2.その1が「文字(漢字)」を媒体として存在していること
3.さらに、その「文字(漢字)に対する依存度」が高い「文字(書字)中心言語」であること

よく言われる「漢語と和語の二重性(多重性)」は表層的な特徴。漢字依存度の高い文字中心言語を土台として、「音訓二併性(2原理の同時存在)」であることが、日本語の特徴の本質となります。


音語(漢語)と訓語(和語)で表現領域の棲み分けが行われる
音語は男、訓語は女
・大陸経由の漢字:男に喩えられる
・東アジア漢字文化圏の周辺国における国字:女に喩えられる(平仮名、ハングル語、越南語)

音語(漢語)が担った3つの表現
音語の定義:漢語で構成される漢詩、漢文、漢詩漢文訓読体
1.政治:法律文
2.思想的、抽象表現:科学論文
3.宗教
 →スケール大きい、学術的で抽象度高い表現
 →遠く、大きく、冷たく、抽象的、大きな舞台

訓語(和語)が担った3つの表現
訓語の定義:平仮名で構成される和歌、和文、和歌和文平仮名詩
1.自然の性愛表現(四季)
2.人間の性愛表現
3.絵画的具象的表現
 →近く、小さく、温かく、具象的、小さな舞台
 →葦手(あしで):絵画と言葉の融合(平安時代)
  →自然の四季と人間の性愛の語彙/文体、絵画的表現に厚みを持たせた



日本語の語彙的特徴

「漢語」と「和語」の二重構造

和語の中に「漢字と音語」が内在化された言語構造

原因:和語の成立条件が「漢字導入(外部要因)による和語の相対化反応」だった
→たとえ「漢語(音語)として発音されなくても」和語の言語構造に「漢字」「音語」が内在化されている

結果:無意識的二重性
→漢と和が日常的に無意識に定住している→愛憎意識の可能性を生む

もっと言うと
・漢字の導入により「文字中心言語(書字中心言語)」となった
・「漢字という政治言語」への反射行為としての言語形態を取り始めた
・無神論的倫理のもと、実益として「宗教という名の慣習」が随時採用される社会を生んだ


例:「春」という漢語の日本語化(和語化)プロセス

1.「春」という漢字が大陸から輸入され、その中国語発音が日本で訛り、「春(シュン)」という漢語(音語)が生まれる
2.「春(シュン)」と同じ意味を指す複数の「和語以前の倭の諸語」から取捨選択、確定された「はる」という訓語が和語として成立/認識される
3.「春」という文字(漢字)に対して、「シュン」という音と「はる」という音が二重に張り付いた形で認識される


音語と訓語の二併性(2原理同時存在)
日本語が漢字への文字依存度の高い状態のまま、「文字(漢字)を媒体」とした、二併性(2原理同時存在)を維持していること
 →一つの漢字に対して、二つの発音(音語と訓語)と語彙が同時存在している

例:梅
中国語:メイ→日本で訛り:ウメとなった→それを訓語に当てた(訓語の機能を果たしているが出自は音語。「バ」も音語)

例:馬
中国語:マア→日本で訛り:ウマとなった→それを訓語に当てた(訓語の機能を果たしているが出自は音語。「バイ」も音語)
→日本に入ってきた漢字が、日本語を音訓二併性構造に育てていった

結果
1.構造的に「細かい段階的な表現(ニュアンス)の差異」を持つことになる
→遠近、温冷、抽象、具象の違いを生む
→山(サン、やま)
→教(きょう、おしえる)
→風(フウ、かぜ):風化、風景、風月、風采 ⇄ 風当たり、かざむき、かざしも

2.「話し言葉」と「書き言葉」の距離の遠い言語を生んだ



和語動詞が乏しい

漢字導入の書行きの段階で、動詞が「重い漢字」によって固定化され、和語動詞の成長が阻害された

原因:動詞を視覚的に文字(漢字)によって使い分けるため
→例:猫がなく→鳴く、哭く、啼く
→漢字に頼らない和語動詞が粗末になった(和語動詞の語彙数が少ない)
→動詞が漢字によって固定化されなければ、和語は話す間に展開変化したはず

日本語における和語動詞の弱さが「助詞、形容詞、副詞」の過剰状態を生んだ

1.漢字が入ってくる
2.動詞が文字(漢字)により固定化
3.和語動詞の発展が停止する
4.漢字(音語)以外での表現意志は「助詞、形容詞、副詞」の添付という構造になるしかなかった
 →例:ペタンと貼る、ピンと貼る


「助詞、形容詞、副詞」の過剰

助詞表現の多様性は平仮名が原因
→平仮名は「どんな言葉でも、言葉として登録してしまう」ため「助詞、形容詞、副詞」の過剰をもたらした
→平仮名は「どんな言葉でも、言葉として登録してしまう」性質がある
→平仮名が下記の話ことばを吸い上げ、生存させ、使用を強いる働きをし始めた
・男言葉
・女言葉
・上流語
・下流語
・俗語
・差別語
・敬語


個人的には
①政治言語の音語と、私的言語の訓語が、漢字を通して同時存在していること
②漢字によって和語動詞の発達が遅れていること
③平仮名によって助詞、形容詞、副詞が過剰になったこと

この3点の上に
西欧翻訳語と片仮名経済/新技術言語が流入していること
が、日本語のカオス状況を作っているという仮説は有効である気がします。




日本語の構造:文体編

文体の定義

ピエール・ギロー「文体論」 クセジュ文庫
ことばを媒介とする思考の表現のしかた
 →表現の内実、思想

日本語の文体の問題

文体がテーマとする「表現の内実、思想」以前に「形式的な文体」の問題が最初に現れる
 →日本語特有の形式的文体の整理が必要

翻訳された漢語の再定義(語彙である詞の再定義)が必要

例:民主主義
 →自分の考え、思考を正確に表現できる方向へ
 →誤魔化しが効く「善処、検討、適切に処理」などの常套句の排除

「形式的でテクニカルな使い方」に終始し、本質的な「思考の表現のしかた」の創出に進みにくい

人類史、書字文化史から見ても私たちの語彙と文体はまだまだ貧困、貧弱
 →いまだに、言いたいことの過半が「無自覚の意識帯域」に漂っている
 →語彙にもならず、文体も未熟で、言葉にならないまま
 →この領域で文体の形成に参加するのが文学の役割


日本語の文体の定義

日本語の文体の定義:「漢字文体」と「平仮名文体」の間に「漢字訓読体」と「漢字平仮名混じり文体」を交えて成り立つ雑種文体
※漢字文体:漢語、漢文、漢詩
※平仮名文体:和語、和文、和歌
 →形式的でテクニカルな使い方の問題として取り扱われる
 →音語、訓語
 →助詞、助辞


日本語の詞辞構造

日本語の基本的構造:動詞と名詞(漢語+漢字)を助詞(平仮名)が支えている構造
→文法構造というよりは「文字(書字)構造」に依る


1000年前、日本の知識女性は仮名文字によって「自分たちの思い」を文化的に解放する

1000年前、日本の知識女性は、仮名文字(女手)により「自分たちの思いの叙述化」を文化的に解放した。世界で最も早く。
→「如し、おもへらく、願はくは、をしむらくは、いわゆる、べし、べからず」を訓読調、和文調に転換


日本語の文体の特徴:複数文体の同時存在

複数文体の同時存在:2つの極とその間に複数の文体がある

漢詩漢文体(例:委細面談)
・委細ハ面談
・委細はおめにかかったうえで
・くわしいことは面談で
和歌和文体(例:くわしいことは、おめにかかったうえで)


日本語の7つの文体

1.漢字文:漢字のみ
2.漢字平仮名混じり文/漢字片仮名混じり文:漢字の割合多い2文字を使用
3.平仮名漢字混じり文/片仮名漢字混じり文:平仮名/片仮名の割合多い2文字を使用
4.三文字混用文:漢字、平仮名、片仮名の3文字全てを使用
5.平仮名文:平仮名のみ
6.片仮名文:片仮名のみ
7.欧文翻訳体:非東アジア圏言語を、欧文文体にならい、漢字を使用し、翻訳した文体



日本語の形式的、表層的文体区分

古事記における漢文と仮名の二重併存
 漢文:古事記の序文:臣安萬円侶言す…
 仮名:古事記:夜久毛多都(やくもたつ)…
  →漢字と仮名の二本線が、今も日本語文体の基調構造となっている

漢文訓読体:北村透谷:厭世詩家と女性(1892)
蓋し人は生まれながらにして理性を有し…

和文脈の文体:樋口一葉:たけくらべ(1895)
廻れば大門の見返り柳いと長けれど…

新しい漢字仮名混じりの近代的文体:夏目漱石:それから(1909)
「では平岡は貴方を愛しているんですか」
三千代は矢張り俯いていた。代助は思ひ切った判断を、自分の質問の上に与へやうとして…

和文体:谷崎潤一郎:蘆刈(1932)
ちちはおしづのおもひがけない言葉をききましてゆめのやうなここちがしあのであります。

漢文依存度の高い近代的文体:三島由紀夫:仮面の告白(1949)
波ははじめ、不安な緑の膨らみの形で沖のはうから海面を滑ってきた。海に突き出た低い岩群は、救いを求める白い手のやうに飛沫を高く…

「視覚と音声的側面の高い日本語の7つの文体」で立ち止まらず、「表現の内実や思想の表現方法」を文体と定義した場合、以下の整理が、個々人の中で大切になってくるかと思います。

1.自分が普段使っている語彙とイメージの定義付け
2.その語彙とイメージによる倫理観の定義
3.個人の倫理に基づいた思想の発見
4.思想の育成(個人内部での対話)
5.思想の公開と更新
 ※倫理=「何をしてはいけないか」について答えること



日本語の構造:文字編

日本語の文字の特徴

・「◇+」「お」「ノ」という3つに象徴される文字を持つ
・それら3種類の文字の複合体である


「◇+」漢字の構造

◇+:漢字の構造は「内側に十字を抱えるダイヤモンド型」
→垂直方向の縦画、水平方向の横画、45度斜角

2つのベクトル
→1.ダイヤモンドの中心へ求心的に向かう
→2.ダイヤモンドの中心から遠心的に向かう

単体独立性
→単体で意味を持つ
→単体が「独立し、中心をもち、求心ベクトル、遠心ベクトル」をもつ



「お」平仮名の構造

お:平仮名(女手)。上にアンテナを立て、下では円形回転で結ばれる
・音節文字の連合:音節文字によって詩、和歌、和文が誕生
・連結性:単体ではなく連結することで単語を作る
・回転しながら次の字に繋がろうと手を伸ばす



「ノ」片仮名の構造

ノ:片仮名。右上から左下へ向かう斜めの楔形ベクトルを持つ
・役目:漢文訓語体を作る。漢文、漢詩、漢語を開き日本語へと変える
・象徴的な「ノ」:多くのカタカナに「ノ」が含まれている
・「ノ」は漢字への違和感反応


日本語の構造:発音編

日本語が平仮名を獲得したことにより、発音において以下の特徴を持つようになった。

平仮名は「表音音写性」が強い。「音、雑音」と「言葉」の距離が近く、日本語の即物性の高さの根拠となった

平仮名の定義
・子音と母音が一体化した音節文字
・言葉でないものを言葉に変える力が強い
・発音しない平仮名はない
 →音素(子音と母音)に分けられなかった
 →荒っぽいが、わずかな文字数で音をそのまま表記できる
 →平仮名は(片仮名も)「表音音写性」によって、身の回りのことを全部言葉にできる
 →「音、雑音」と「言葉」の距離がとても近い
 →日本語の即物性の根拠となる



「擬態語、擬音語」の過剰」

・平仮名は「ふるいにかけずに発音を言語体系に組み込む」ため「擬態語、擬音語」の過剰をもたらした
・平仮名の性質:音と言語を隔てるハードルがとても低い
 →どんな言葉でも、言葉として登録してしまう。ふるいにかけずに発音を言語体系に組み込む
 →素朴な日本語が出来上がる



日本の音楽への影響:母音で終わる平仮名音楽

・平仮名は「開母音型の日本語」を作り、日本独特の「母音で終わる平仮名音楽」ができた
・最後の母音を伸ばし、高低、長短、テンポだけが音楽となった
→謡曲:山のーおーおーおー
→浄瑠璃
→小唄
→お経
→唱名



平仮名の誕生により、各地方の「原生発音」は失われた

平仮名の五母音により、各地方の「五母音に収斂しない発音」は平仮名化され、原生の発音を失った



平仮名より生まれた「濁点による明瞭な静音差、濁音差」

平仮名の濁点が「明瞭な静音差、濁音差」を生んだ

前提1
もともと清音、濁音が日本にあったわけではない。
→実際の話し言葉と書き言葉の間には乖離があった。(か⇄が⇄け⇄げ⇄き⇄ぎ)

前提2

平仮名が日本に定着する前の漢字(音語)は、決して発音記号ではなかった
→「か」「が」や「す」「ず」が親戚という概念:濁点が生まれてからの概念

平仮名の誕生
「か行・さ行・は行・た行」は、「音と音写」の関係において清音の統一化を進めた
同時に「漢文漢詩」の訓音としては「濁音」「半濁音」の区別が必要だった
その差を表現するために「濁点」が付き、整理が進んだ



同音異義語と異音同義語が多い言語

音語:3種類の音語
 呉音:飛鳥時代前後に入ってきた発音 ※行(ギョウ)
 漢音:奈良時代、平安時代に入ってき発音 ※行(コウ)
 唐音:宗の時代に入ってきた発音 ※行(アン)
訓音
 平仮名:俗語、地域語を言語登録する
  →同音異義語、異音同義語をたくさん持っている



訓語詩の音数律(五七五七七)の現代までの影響

・現代片仮名語の三音化、四音化



「表音音写性」が高い平仮名の発明により、日本語は「自然の音⇄言葉」の間の音を語彙として登録するようになりました。

結果として
・近く、小さく、温かく、具象的、小さな舞台を表現することを得意とし
・自前の抽象思考と表現の発達が遅れ
・独自の抽象思考を、漢字と西欧語に頼る慣習(もっと言うと、漢字圏の政治的枠組みと西欧圏の政治的枠組み)
を育てます。




人類の言語的選択肢

・英語を国際語とする:現在の延長
・新たなエスペラントの採用
・漢字の共通語化
・相互翻訳主義(共通語を作らない)

私は、複数の言語が同時にたくさん存在していることが良しとされ、それが守られ、育つ環境が良いと思います。

なぜなら、個人の思考は個人の言葉によって成り立ち、個人の記憶は個人の言葉によって意味付けられるからです。

私たちはそれぞれ、固有の家族のもとで、固有の言葉とイメージの洗礼を受けた後、自前の思考を形成していきます。一人一人の人生の価値は、決して辞書やオンラインクラウドなどの外部から定義つけられるのではなく、個人の心から生まれる言葉によって定義づけられるはずです。




漢字文化圏の人々にとって「書字」は宗教に替わる「祈りのような働き」をしてきた

この本を読み、要約しながら思ったのは

「書道をやりたい」

ということでした。

それは、

西欧のような音声中心主義ではなく、書字中心主義である東アジアの漢字文化圏の人々にとって「書字」は宗教に替わる「祈りのような働き」をしてきた

という、本書で述べられている石川九楊さんの仮説が説得力を持って感じられるからです。

日本人にとっての祈り、日本人にとっての天との繋がりは「書字(文字を書く)行為の中にある」という仮説へのアプローチを進めていこうと考えています。

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