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バイト先の怖いおじさん、怒らないでほしい

学生のころ、ビストロ風居酒屋というようなお店でアルバイトをしていた。小さいお店で、アルバイトと正社員を合わせて10人もいなかったと思う。友人の紹介で「ちょっと怖いおじさんがいるけど」と言われたが、社会勉強だと思いやってみることにした。

わたしはキッチンで、シェフのサポート的仕事をしていた。野菜の下準備とか仕上げとか、そんなに技術のいらないこと。キッチンは基本的に2人体制。メインシェフ1人と、サポート1人。このメインシェフの人が怖いおじさんだった。もはや名前も覚えていないが、仮に田中さんと呼ぼう。メインシェフは田中さんがほとんどだが、日曜はいつも店長がメインシェフをしていた。

もう1人、男の子がわたしと同じタイミングでここでのバイトを始めていた。彼はホールだった。2回目くらいの出勤のときに、彼は田中さんからめちゃくちゃにキレられていた。なんでこんな簡単なこともできない?!と。キッチンのわたしは、教えてもらったことのメモを前日に読み返して、しっかり覚えて行った。キレられたくなかったからである。「この子みたいにちゃんと復習してこいよ!」というようなことを言っていたのを覚えている。怒りの矛先がわたしに向かなくてよかった、と正直思った。彼はすぐに辞めてしまった。

怒る相手がいなくなったので、わたしにも怒りが向けられ始める。ゆでたての茹で卵を焦りながらむいてると、おそい!とたまごを奪い取られる。〜〜取ってこい、と言われて倉庫に取りにいくと、聞き間違いをしていたようで、これじゃねえよ!とキレられる(毎回復唱して確認するようにした)。倉庫までの道は文句を言いながら走っていた。

なるべく田中さんのいない日曜にシフトをいれてもらうようになった。それ以外の日は、駐車場に田中さんのバイクがあるかないかで心構えをしていた。

ここでは、まかないをいつも田中さんが作ってくれる。店長だけのときは、作ってくれない。出勤して少しして軽いご飯と、帰りにもパスタとかサンドイッチとかを持たせてくれる。田中さんがいないときに、店長やホールの子たちが「もうあのパスタ飽きた」とか「あの人が作るのでおいしいのはコレだけ」とか言ってるのを聞くと、いつもいばりちらしてる田中さんが誰にも好かれてなくてかわいそうだな、と思っていた。

実際言ってることは、ある程度間違ってないことが多かったし、いろんなことを教えてもらった。料理を作るときは、ちゃんと食べる人に向けて作ることとか。当然か。ステーキに一切れずつ塩を乗せるときも、わたしの乗せる量が多かったようで、実際に食べてみておいしいと思う量を乗せなさいと言われた。家で作るのは料理だと思うが、バイト先では作業的になってしまうのだよな。作る側からしたら、いくつも作るうちの一つだけど、お客さんからしたら自分が頼んだそのひとつということを忘れてはいけない。

大事なことを言っていても、怒ってちゃ誰も聞いてくれないとおもう。怒られているということが先行してしまうから。田中さんひとりが嫌われることで、他の人たちに仲間意識がうまれていたこともある意味事実ではあるが。

田中さんが機嫌が悪くなるのは、忙しい時と、贔屓の野球チームが負けている時である。


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