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マスクをはずし、姪っ子に会いにゆく【岡山旅行 後編】

私たち家族3人が岡山へやってきたのは、1年ぶりに弟家族と会うためである。
なかでも楽しみなのは、弟の愛娘―――私の姪っ子との再会だ。
姪っ子は2歳半になった。好きなものはアンパンマン、いちご、そしてメルちゃん。

こっちゃ!」(岡山弁で「こっち」)
と指をさすのが大好きなので、私は彼女を「こっちゃん」と呼んでいる。

弟宅に到着し、扉を開けると玄関にこっちゃんがいた。
靴箱の影に隠れて、ニヤニヤしながらこちらを見ている。
私もニヤニヤしながら見つめ返すと、キャー!と叫びながらダイニングへ消えた。
メルちゃんのおもちゃを貰えると聞いて、私たちの訪問を楽しみにしていたらしい。
弟いわく、朝5時に起きたんだとか。朝釣りでもする気か。

弟から「昼食が済むまで、メルちゃんは絶対に見せないように」と忠告されたため、
「メルちゃんおせわキット いっしょにおねんねベッド」が彼女の視界に入らないよう、一同こそ泥のような動きで食卓に着く。
昼食はお寿司。こっちゃんは生魚がまだ食べられないので、助六専門だ。
右手にいなり、左手に巻き寿司を掴んでもりもり食べる。

こっちゃん、指についた米粒をきれいに舐めとってから、自分のシャツを得意げに突っ張らせる。
「こっちゃん、ケーキのシャツ着てるの!」
見ると確かに、シャツの胸にはいちごがのったショートケーキのプリント。
「こっちゃんケーキ食べるよ!」
ははは、ケーキを食べられるようになったのか。教えてくれてありがとう。
しかし、あなたいま助六を5巻たいらげたところですよ。

食後、片づけを手伝いながら母に「そろそろ、いいんちゃう?」と耳打ち。
「え、なにが?」
「メルちゃん」
言われて思い出した母、ウキウキと玄関へ。隠していたプレゼントを抱えて戻ってきた。
体長30cmのメルちゃんにメルちゃんサイズのベッド、パジャマ、哺乳瓶がついた代物で、横幅80cm、高さ50cm程の箱に入っている。
その箱を特大ビニルバッグに入れて隠し、遠路はるばる岡山まで運んできたというわけだ。祖父母の愛は偉大なり。

メルちゃん「いっしょにおねんねベッド」
ベッドはジャストサイズ。寝返りしたら即転落だ。

母、こっちゃんのもとへ忍び寄り、バッグをうやうやしげに置いてみせる。
「こっちゃん、これはなんでしょう?」
母がバッグを開けると、外箱の覗き窓からメルちゃんの顔が見えた。
「メルちゃん!!」
途端にこっちゃんの顔が華やぐ。
「メルちゃんとお散歩いきたい!」
と言うがはやいか、メルちゃんの頭部をひっつかみ玄関へ駆け出して行く。
慌てて大人達が後を追い、部屋には私と父(腹を出して熟睡中)が残された。

***

静かになったリビングに、さわやかな夏の風がふきこんできた。
家の近くは民家より田んぼの方が多いくらいで、のどかなところだ。
室内からでも遠く山々の白いシルエットまで一望できる。

カヤツリグサの周りをシオカラトンボが飛んでいる・・・見つめているうち、私は白昼夢へと誘われた。

****

弟の「ただいま」という声で夢から醒めた。公園から帰ったようだ。
大人達の足の間をすりぬけ、こっちゃんがキッチンへ駆けてゆく。

「たべたぁい・・・」
冷蔵庫の扉を何度もなでながら、足踏みするこっちゃん。遊び疲れてぐずりだしたな。
「こっちゃん、ケーキ食べるぅ!」涙声で私に飛びついてくる。
「ケーキは無いなぁ・・・いっしょにお昼寝しよ?」
いやああぁぁ!
私の腕の中で泣き叫び、もんどりうつこっちゃん。
おもたっ!声でかっ!耳つぶれる!いやああぁぁ!
そこへ、トイレから出てきた弟、

「あ、ごめん!ケーキあるねん」

あるんかい!

昨日、弟とこっちゃんは私たちのためにケーキを買いに行ったらしい。
「こっちゃん、ショーケース見てどれにするか自分で選んだよな」
弟の説明に、こっちゃん涙目でうなずく。
どうやら私は、とんだ勘違いをしていたようだ。
こっちゃんは今朝からずっと、ケーキを楽しみにしていたらしい。
朝5時に起きて『ケーキのシャツ』に着替え、私たちと昼食を食べてメルちゃんで遊び、公園に行って帰宅して・・・現在15時。
10時間も機をうかがっていたのか。2歳児、耐えに耐えたな。

こっちゃんイチオシ
「パティスリーマサキ」のふわふわロールケーキ


こっちゃんは、今年から保育園に通い始めたという。
2020年コロナ渦に生まれた彼女がお友達と遊んでいるところを、私はまだ見たことがない。
去年アンパンマンミュージアムへ出かけた時は、大人のマスク率は100%だった。
こっちゃんが遊んでいるところへ他の子どもがやってきても、私は一緒に遊ばせてあげられなかった。マスク越しに曖昧な笑みを浮かべてこっちゃんを抱き上げ、お友達から距離を取った。
そのことが、心にひっかかっていた。

「こっちゃん、保育園はどう?」
たずねると、こっちゃんは「んー・・・」と数秒虚空をみあげ、モジモジしながら頭を振った。言葉がみつからないようだ。
すると、弟がスマホを差し出した。そこには、保育園で友達と笑い合うこっちゃんの写真が映っている。
私が「これはだれ?」とひとりひとり指さすと、「これがアカリちゃん」「これがダイちゃん」と全員の名前を教えてくれた。

「こっちゃん、お友達のお名前覚えてるん。えらいねえ」

お気に入りのシャツを私に紹介したり、ケーキを我慢してみんなとお寿司を食べたり、こっちゃんは小さいからだの全てを使って、「保育園でお友達と経験したこと」を私に教えてくれていたのだ。

「メルちゃんとお散歩したい!」も「ケーキ食べたい!」も、みんなで一緒にやりたいんだね。

姪っ子の成長ぶりに胸を熱くした、夏の日の夕暮れであった。

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