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【フランス留学】病んで登山したらちょっとすっきりした話

フランスに留学していた時の記憶。

「なんで夏に来なかったんだ?フランスの冬は面白くないだろう!」
フランス人の友達に言われたセリフである。

僕がフランスに滞在していた期間は2021年10月から翌年2月末までの約5か月であったが、フランスでは晩秋~冬の時期にあたる。10月にフランスに到着してから数週間は毎日が快晴で空がどこまでも高く感じるような日々が続いたのだが、しばらくすると、気温もぐっと下がり、鉛色の重苦しい雲(気象学では層雲というらしい)により太陽を見る機会も、澄み切った青い空の下を歩く機会もぐっと減ってしまった。その頃は朝9時になっても依然として外はうす暗く、ようやく昼頃に弱々しい太陽が雲の隙間から顔をのぞかせる程度で、九州で生まれ育った身からすると、あまりに薄暗く感じた。
フランス人の友達曰く、北欧に比べたらこれでもずいぶん明るいらしいのだが。

その頃は、毎日の曇天と着実に迫りくる修士論文の締め切りのせいで、精神的にきつい日々が続いていた。

せっかくフランスにいるのに一切外出せず、現実逃避としてゲーム・オブ・スローンズという中毒性のある海外ドラマを観ては1日が終わるというような日々を送っていた。修論書けや。

見かねたルームメイト(フランスではルームシェアをしていた)が気分転換を兼ねて、僕の街から約10キロ西に位置するピュイドドーム(Puy de Dome)という山にハイキングに連れて行ってくれた。

私の留学先は、クレルモン=フェラン(Clermont-Ferrand)という田舎町であり、フランス唯一の火山研究所に籍を置いていた。さすが火山研究所がある街なだけあり、近くには休火山(フランスにはもう活火山はない)があった。

ついでに、クレルモン=フェラン街の建築物は玄武岩(殆どの人にとっては中学理科で習って以来の登場になる)が使用されており、黒っぽい街並みが特徴である。

さらについでに、ピュイドドームの説明もしておこう。
興味がなかったら飛ばしてOKである。地質・火山に興味がある人はそうそういないので慣れっこである。
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ピュイドドームは溶岩ドームとよばれる、火山噴火により形成されたお椀をひっくり返したような形の山である。オーヴェルニュ地方(フランスの真ん中あたり)に存在している80の単成火山(噴火が一回キリの火山のこと。富士山は何度も噴火しているので「複成火山」の仲間のひとつ)の一つであり、南北25キロにわたり連なるこの地方の火山群に属している。
フランスは現在、活火山は存在していない。しかし、昔はアフリカ大陸がヨーロッパ大陸に乗り上げる活動があった際に、マグマが大量に生産されフランスでも火山活動が活発化した時期があった。この火山群は9万年前にどうやら活動を開始したらしく、7000年前の噴火を最後に活動を止めたようである(Boivin et.al 1994)。

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さて、ピュイドドームへのハイキングの話に戻ろう。

ピュイドドームに登るためには、まず麓まで車(もしくはバス)で乗り付け、そこからハイキングコースを歩いて上るか、登山電車に乗り景色を楽しみつつ頂上を目指すかの2択を選ぶことができる。

単に山頂からの風景を楽しみたい人は登山列車を使えばよいのだが、我々は徒歩で山頂を目指すこととした。せっかく気分転換で来ているのである、体を動かさねば勿体ないではないか。運動不足とタバコに蝕まれた体に喝を入れねばならない。


が、すぐに困難に直面した。
それは、登山ルートが雪でカチカチに覆われており、山道は勾配のあるスケートリンク状態になっていたのだ。
つるつる滑る危険な山道を、私を含め多くの登山者がしばしば四つん這いになりながら(しばしば登山列車に乗らなかったことを後悔しながら)、横転しないように登ってた。
どうやら下山するほうがさらに困難な様で、踏ん張りが効かず、しばしば私の目の前で大仰にすっころぶ下山者をかなり見かけた。

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そんなこんなで、3時間ほど危険な山道と格闘すると山頂にたどり着くことができた。

山頂には、登山列車の駅と、たこ焼きに突き刺さった爪楊枝のような気象観測装置があるだけでこれといった施設は存在しなかった。



しかし、山頂からはクレルモンフェランの街を厚く覆う雲海とどこまでも広がる丘陵地帯を一望することが出来た。
クレルモンフェランは周り句を山々に囲まれた盆地であるため、雲に全体が厚く覆われており、街自体はその雲の底に存在している。


不思議な感覚に襲われた。

普段私が毎日盆地の底からうらめしげに見上げている厚い雲を、今度は上から見下ろしているからだ。
いつもは忌々しい層雲だが、こうしてみると神秘的で美しかった。

時間を忘れ景色に見入っているうちに、次第に日が暮れ、雲の上に月がぽっかりと姿を現し、いよいよ荘厳みを帯びてきた。

今日登山をしなければ会えなかった景色、月。

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次の日から、フランスの冬の曇天を何故か許せるようになった。気はそこそこ滅入るものの、以前ほどの憎さは無くなった。多分、曇天のその上の快晴や夜の星々、月が想像できるようになったからではないかと思う。

また、火山研究所へも行き始めた(ゲーム・オブ・スローンズはちゃんと最後まで観終えたのちに)


日常をふと離れてみる。自分がこれまでいた世界を外から眺めた時、私のいた世界があくまで限定的な世界であったことに気が付く。再び元の世界に戻った時の自分はもう同じ自分ではいられない。


日常に行き詰った時ほど今いる環境で無理に踏ん張らずひょいと旅行にいってみるなど一旦離れてみると案外事態が改善することも多いと思う。

今私が東京でこう暮らしている姿を、いつかそのうち、どこか高い場所から眺めてみたい。


ではまた、会社で会おう。


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