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『わたしのつれづれ読書録』 by 秋光つぐみ | #24 『女主人のいる店 ーこの人 この味ー』 佐々木芳子

#24
2024年4月11日の1冊
「女主人のいる店 ーこの人 この味ー」佐々木芳子 著(文化出版局)

現在、パークギャラリーで開催中のエキシビション『MOMENT』。影響を受けた映画、好きな映画のワンシーンをモチーフに、それぞれの切り口・解釈・スタイルで表現するグループショウだ。

作家さんの個性がキンッと輝きを放つ、バラエティ豊かなエキシビション。私もまだ観たことのない映画が多数モチーフとされていて、映画を観たい欲がムンムンと湧いてくる。

私個人の話をすれば、近頃は小津安二郎の映画を立て続けに鑑賞した。『東京物語』『麦秋』『晩春』、主演の原節子が全ての作品で異なる「紀子」を演じた、いわゆる「紀子三部作」と言われる小津安二郎の代名詞とも言える作品だ。

小津映画の特徴といえば、日本の普遍的な家庭の風景を俯瞰するように、カメラを定点に構え、数分間、画角を変えずに人物の動きや会話を捉え続ける作風でお馴染み。また、役者たちの台詞から感じられる日本語の響きや所作の美しさに、見どころが詰まった芸術作品とも言える。

「紀子三部作」で描かれる舞台は、第二次世界大戦直後、50年代の日本。戦中を生き抜き、新しい時代を生きていこうと、己に芯を据えたしなやかな女性「紀子」と、その家族の物語。決して特別な物語ではなく、全ての人が抱える人生の物語。「紀子三部作」は主人公「紀子」を通して、女性の人生の断片を捉えて表現しているのではないかと気づいたのけれど、それはある1冊の本がきっかけとなった。

『女主人のいる店 ーこの人 この味ー』

都内を中心に、「女主人(おんなあるじ)」が切り盛りする飲食店を紹介した1冊。小料理屋の女将、レストランの支配人、老舗料亭を仕切る女将、バーのママ‥など15人の女主人(おんなあるじ)たちのお店の「味」「風格」「歴史」、そして「彼女たちの半生」を織り交ぜながら語られる。

私はまずこのタイトルに惹かれた。「女主人(おんなあるじ)」。

かつて、職を持つ女性の肩書きは「女流〇〇」「婦人〇〇」「〇〇婦」などと呼ばれたりしたようだが、「女」「婦人」「婦」といった言葉は、昨今ではもはや必要なく、女と男の区別は関係なく、公平に職業に就くことを認めていく時代。

けれど、なぜだろうか「女主人」というものにはなんだか、グッとくる。「主人」という主たる存在、その背景に見える勇ましさ、しなやかさ、強かさ、己の知性と経験と感性を携えて、道を切り開いていく姿を連想するのだろうか。「主人」という言葉が抽象性を帯びて、あらゆるストーリーを想像させられる。‥これは、あくまでも個人的意見。

この本に名を連ねる女主人たちの人生は、まさに波瀾万丈。この本が出版されたのは、昭和61年。その時点で40〜70代くらいの女性たちが登場しているので、当然彼女たちの生まれは戦前や戦中ということになる。

結婚、出産、離縁、死別‥など、激しい人生の転換点を、戦中戦後で過ごしている。「紀子三部作」で描かれる「紀子」と同世代だったり、同じ時代を生きていたということにもなる。

それぞれが様々なきっかけを得て、店を始めたり、引き継いだり、守ってきた。お料理をお客様に提供する喜びや、やりがいがあるということはもちろんであり、何よりもとにかく、生きるため。

失敗して、逃げて、耐えて、受け入れて、立ち向かって、時には我がままに、自分の人生を生きる。そんな女主人たちの生き様は泥臭い。しかし笑顔で写る写真を見ると、綺麗に光っていて美しい。シワの一本一本にまで刻まれた美しさがある。

それは、彼女たちが作る料理の味、店構え、お客様の笑顔にそのまま乗り移る。生き様が技術に反映され、技術が生き様を光らせる。

「女主人(おんなあるじ)」たち一人一人の人生に、物語がある。

現実世界の出来事や景色を「映画のようなシーン」「映画のような人生」とよく言うが、そうではなくて、その人の人生のワンシーンが映画に描かれ得るのだということを再確認することができる。全ての人の人生が映画になるのだ。全ての「私」が主人公なのだ。

彼女たちは「女主人」になろうとしたのではなく、気がつくと「女主人」になっていた、そんな表現の方が近いのかもしれない。この本を読みながら、人の、女の人生を考えた。「紀子」を思い出し、人生は映画なのだと思った。



「女主人」という言葉に引っ張られ、「女の人生」みたいなことばかりを語ってしまったが、この本を書いた佐々木芳子氏の、人を見る目、お料理や店構えなどへの観察眼、その表現力は非常に的確であり、読み進めていると、とてもお腹が空いてくる。唯一無二の素敵なお店で、美味しいものをお腹いっぱいに頂きたくなる。

美しい女主人のいる店の、居心地のいい店内、美味しいお料理の味。それらに対する丁寧な取材力を持ってして、「女主人のいる店」の魅力がまっすぐに伝わってくるのだ。

佐々木氏の言葉を借りれば、「旨いもののあるところに人がいる、人のいるところにおいしいものがある」ということで、つまりは人間、その人のありようが味に生かされてくるということである。

巻末で、小説家の夏樹静子氏によって語られる「佐々木芳子さんのこと」にそう記されている。


『MOMENT』について考えたり、『女主人のいる店』を読んだり、小津映画を思い出したりしていたら、全てが交差してここまで話が飛躍してしまった。

本日はここまで。

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パークギャラリー・木曜スタッフ
秋光つぐみ

グラフィックデザイナー。長崎県出身、東京都在住。
30歳になるとともに人生の目標が【ギャラリー空間のある古本屋】を営むことに確定。2022年夏から、PARK GALLERY にジョイン。加えて、秋から古本屋に本格的に弟子入りし、古本・ギャラリー・デザインの仕事を行ったり来たりしながら日々奔走中。
2024年4月にパーク木曜レギュラーを卒業予定で、以後はパークギャラリーの「本の人」として活動することを企て中。

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