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読書のきろく、74冊目 長嶋有に失恋して仲直りした

 中学時代からスピッツファンです。
 一応今でもファンは名乗れるレベルかな?とは思いますが、近年のアルバムへの思い入れは初期と比べたら申し訳ないくらいに全然です。(ただ、美しい鰭は最高に好きです。久々に一曲リピートしまくりました)
 スピッツ熱が薄れる契機となったのは、草野さんが幸せそうな歌詞を書くようになったことです。
「わたしは両思いだろうと不穏な空気を書く草野さんが好きだったのに」と母親に愚痴ったら、「草野さんももう40過ぎなんだから、幸せな歌詞くらい書かせてあげなさいよ」と諭されました。さすがに一理あると思い、不満は口には出さずにそっと距離を置きました。幸せそうな草野さんを見るのが辛かったからです。

 それと同じことが起きました。今度は長嶋有が相手です

 これまで好きな作家を訊かれたら長嶋有と答えるようにしていました。一番好きな小説はカズオ・イシグロの「わたしを離さないで」(の原著)ですが、一番好きな作家は長嶋有です。一番最初に読んだ「ぼくは落ち着きがない」が大好きで、以来著作を熱心とは言えなくてもぽつぽつと読み続けてきました。
 好きな作家を訊かれて長嶋有って、一般的な相手は反応に死ぬほど困るんですよ。大体知らないか、芥川賞作家だと知っているか、ジャージの二人から話を広げてくれるか……好きな作家を尋ねられたときに求められている答えは太宰かミステリー系か村上春樹だと思います。あとは恩田陸とか辻村深月とか。(異論は認めます)
 正解はそうじゃないとわかっていながらも、わたしは頑なに長嶋有と答えてきました。本当に好きだからです。

 かつては自分のことを好き嫌いの少ない人間だと思っていたのですが、全然そんなことはなくて、むしろめちゃくちゃ好き嫌いが激しいタイプということにやっと気付きまして。好きな小説の作者だからといって好きな作家に挙げられるほどではない、ということが多々発生してきたわけです。
 そんな中で、長嶋有の小説だけはいつ何時も好きだなあと思えました。希少な存在だったのです。

 が。

 先日読了した「ルーティーンズ」(今年の70冊目)。帯のあらすじを読んだときに若干不穏な感じ(内容にではなく、自分の好みアンテナ的に)を受けましたが、「言うて長嶋有だし大丈夫でしょ!」とそのまま手に取りました。
 よくある(と本人たちは思っている)夫婦とすくすく育つ娘が、未曾有のコロナ禍で感じたこと。というのがまあ主題だと思うんですけど。
 いや、幸せじゃん!!!!!
 そりゃあコロナ禍で先が見えなかったときは閉塞感もあったんでしょうけど、全然幸せじゃん!!!何!?自慢!?幸せ自慢!?!?いつも「斜に構えてませんよ〜」って顔して唯一無二の視点、みたいな感じの小説書いてるくせに、こんなのただのこの上なく幸せな日常じゃん!!!コロナですらスパイスにしやがってるじゃん!!!
 と思うのはわたしがまがりなりにも医者だからかもしれませんが(特に娘の発達がど真ん中であることがどれだけ幸せかというのは精神科医だからこその思いかもしれない)。とにかくまあ、ショックだったんですよ。長嶋有がこんな幸せいっぱいの小説を書いたという事実が。しかも作家生活20周年だかなんだかと銘打って。

 少し時間が経った今、認めざるを得ません。
 わたしは長嶋有にガチ恋していたのだと思います。草野さんも、長嶋有も、わたしはこういうタイプの男性が好きなんでしょう。(若干人ごとなのは、付き合ってきた人は全然そうじゃなかったからです)
 好きな人が(創作物の中でとはいえ)幸せそうにしていて、嫉妬というか失恋したというか、そんな気分になってしまいました。アイドルが結婚発表したときのファンの気持ちがこれほどわかったこともありません。結婚したかったわけ?笑、みたいに言われたときのファンの心境が痛いほどわかりました。
 いや、わたし長嶋有と結婚するつもりなかったよ!なかったけど、ショックなものはショックなんだよ!!

 失恋のショックもさることながら、何が辛いって、長嶋有への信頼すら揺らいでしまったように感じたからです。
 本当に、好きだった。でも、ASD傾向のあるわたしは一つでも苦手なものが混ざると、途端に全てがダメになりかねません。
 長嶋有を読めなくなったらどうしよう。失恋の辛さだけでなく、不安でもありました。

 好きな作家を手放したくない、なんとかならないかな。そんな思いでわたしはブルボン小林の「ぐっとくる題名」を手に取りました。
 小説じゃなくてエッセイだから、幸せな私小説(ふうなもの)を読んで失恋気分を味わうこともないだろうと思ったのです。

 ブルボン小林は長嶋有の別名義です。知ってはいたけど、読んだのは初めて。

 でね。これがね、ほんっっっとうに面白かったんです。
 いつも長嶋有の小説で見ていた大好きな切り口を、ブルボン小林が鮮やかに言語化してくれている。同一人物だからできて当たり前なのだけど、いやもうほんと、「だから長嶋有が好きなんだよな……」に溢れた一冊でした

 わたし、観念しました。
 もうね、いいよ。好きなだけ幸せな小説を書いてくれていい。文句は言うかもしれないけど(言うんかい)、あなたが文章を書いてくれるだけでわたしは幸せと思わなきゃいけない。それくらい、あなたは唯一無二なんだ。

 というわけで、一方的に失恋し、一方的に仲直りしました。これからも好きな作家に長嶋有を挙げたいと思います。

 長嶋有さん本人からしたらこの上なくどうでもいいnoteだったかと思いますが、1ファンとしてこれからも陰ながら応援しています。好きです。やっぱり結婚したかったかもしれない。笑


 ぐっとくる題名、実用性があるんじゃないかと長嶋有もといブルボンさん(ブルボンさん?)は書いているけれど、タイトルには全く生かせなかったね!

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