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ロシア9288kmシベリア鉄道7泊8日の旅に行きたくもないのに行かされた話

それは軽はずみな一言から始まった。

シベリア鉄道に行きたい、こんなもの本当にそう思っているわけがない。ただ単にインタビュー記事を締めるために、なんかそれっぽい壮大な目標を言わなきゃと思っただけだ。

事の発端はこの記事だった。2018年当時、おでかけサイトSPOTにて、青春18きっぷで日本縦断、海抜ゼロから富士山登山、年越し大回り、三江線ほぼ徒歩などバズ記事を連発しており、おいおい、この極度にしんどい旅記事を連発しているpatoって何者なんだという機運が高まりつつあった。

そこはSPOT編集長であるヨッピー氏、さすがの嗅覚で「patoって何者なんだという機運が高まっているのでインタビュー記事やりましょう」みたいな提案があった。

とはいっても、中野の居酒屋に来いと言われてひょこひょこ行っただけで、いつもの飲み会だった。

ちなみに、ヨッピー氏、この直前に元ZOZOの前澤社長にインタビューしており、ほぼ同時期にそれが公開されたため、前澤社長と僕はほぼ同格と見て良い。


もう一度、同じ画像を出すけど、このインタビューの中で「シベリア鉄道に行きたい」とのたまっている。ただ、正直に言わせてもらうと別に行きたいわけではなかった。

本当に、インタビューしながら「これおっさんの飲み会やんけ、本当に記事になるのかよ」という不安みたいなものが漂い始めていたのだ。さらに酒が入るともう喋りが止まらないので、本当にいつもの飲み会でインタビューとは程遠いものだった。

しかしながら、そこはさすがライターの力というしかないのだけど、あのおっさん飲み会がしっかり記事になっているので、大したもんだと感心した。

それでもやはり「記事にするの大変だろ」と危惧していたので、なんかいっちょ大きいことを言えば記事として締まるだろうな、と思って「シベリア鉄道に行きたい」と言ったのだ。別に行きたかったわけではない。

ただ、その一言だけで色々なことが動き出してしまったのだ。

さて、過去のpato記事を解説するシリーズ、第1回目のクリスマスエキスプレス牧瀬里穂、第2回目醤油100本に引き続き、今回ははこちらです。

この記事は当時としては異例の7ページ構成の長大な紀行文になっている。1ページの分量もそれなりにあるわけで、たぶん10万文字は超えているんじゃないかと思う。ほぼ書籍1冊分のWEB記事だ。

そうしたWEB記事には似つかわしくない長大な記事でありながらこの記事はたいへん話題になりました。数字的な結果もそうですが、いまだに「この記事がいちばん好き」と言ってくれる方が多く、数字以上に誰かの心に残る記事、と言えるのかもしれません。

さて、そんなシベリア鉄道記事ですが、どんな経緯で書かれることになったのか、その流れを見てみましょう。

執筆に至った経緯

冒頭でも述べたように、インタビュー記事において行きたくもないのに「シベリア鉄道に行きたい」と述べたからです。

ただ、普通は話はここで終わりです。世の中の大半の事象は、こういった初期段階でそのまま潰えます。本来はこれもそうなるはずでしたが、それを許さない動きがありました。

インタビューというよりは飲み会たいな席で酔っぱらったおっさんが「シベリア鉄道のりたい」なんていっても、「はいはい、あ、砂肝追加で」となるものでしょう。ただ一人だけ実現に現実を見据えた人がいました。

金の話をしだすと途端に現実味を帯びてくる。

インタビュー記事の締めがこれですからね。そりゃあかんですよ。

具体的に募集がかり、だいたいの予算感もインタビュー内で明かされたため検討しやすかったのでしょう。手を挙げる企業が現れました。

東京に家を持とうでおなじみにオープンハウスさんです。なんで?

とにかく、手を挙げてくださる企業があったのですから、行かないわけにはいきません。こうして、そこまで行きたいわけでもなかったシベリア鉄道行きがほぼ決定したのです。

PR記事の考え方

さて、シベリア鉄道に行ってこいとオープンハウスさんが手を挙げてくれました。シベリア鉄道行きがPR記事となります。ここで重要になるのはPR記事の考え方です。

僕はPR記事には大きく分けて3つの形態があると考えています。

1.その商品やサービスを紹介する記事
テレビショッピングのイメージが近いでしょう。その商品やサービスの紹介そのものが記事になっているというものです。

2.CM的な記事
こちらはテレビ番組や動画の途中に挟み込まれるCMに近いものがあります。番組内容とは関係なく干渉しない広告です。これをWEBのPR記事に拡張すると、なんか予算をかけて面白いことをやってるけど、別に何かをPRするわけではなく、記事の最初や最後に「この記事は〇〇の提供でおおくります」と入ったり、記事の最後に楽屋トークみたいな感じで宣伝が入るスタイルになる。

3.その商品やサービスを使う記事
これは、1番の紹介する記事との違いが小さく、境界線が曖昧なのだけど、その商品やサービスを使って何かをするというところだ。主題が商品やサービスにあるのが1、主題が行動になるのがこれになる。

例えばこの記事は、位置情報ゲーム「駅メモ」のPR記事なのだけど、ただ駅メモの使い方を紹介するだけのゲームではない。

実際に青春18きっぷで日本縦断をしつつ駅メモを使っている。メインは日本縦断や青春18きっぷとなるけど、べつに駅メモを置き去りにしているわけではない。

こちらも単にゲームソフトを紹介する記事ではなく、それを使っておっさんがダイエットした記録と、メインを別のところに置きつつ、それでもゲームを紹介するスタイルだ。

これは個人的な主観になるのですが、テレビに飼いならされたことによって基本的にCMは嫌われる存在になっています。いいとこなのにCMになっちゃった。というやつです。

それと同時にCM自体は好きという側面もあります。

CM好きじゃなければクリスマスエキスプレスみたいに名作として語り継がれることもないですよね。

これ、多くの人が同じように見たということで、CMにはかなり高い可能性があるんですね。面白さには共通認識が必要とどこかで述べましたけど、CMはそれがかなり強い。だからCMのモノマネとか強いんです。みんな共通の認識を持っているから。

つまり、メインの内容を邪魔するように差し込まれるCMが嫌われているんです。

そう言った意味では、インターネットの記事には、そういった嫌われないCMの素養が十分にあったと思いますが、残念ながら、多くの広告はテレビCMと同じ道を辿っています。

動画に差し込まれるCMはみんな嫌いですし、無料のマンガを読むために見させられる1分ほどの謎ゲームのCMなど、テレビCMよりひどい状態です。

そんな中で「3.その商品やサービスを使う記事」こそが嫌われないインターネット広告の道だと思っています。

ここで注意が必要なのは、この形態の記事は、広告商品によって記事の内容が曲げられることを多くの人が嫌います。端的に言うと、その商品を使ったらすべて解決した、みたいな嘘っぽい記事を嫌います。記事の内容は曲げない、そこには注意が必要です。

さて、そうなると、がっつりとPR元のオープンハウスさんを使ったシベリア鉄道記事を書きたいのですが、そうなると大きな問題が生じます。

そう、どう考えても「東京に家を持とう」のオープンハウスさんとシベリア鉄道が繋がらない。だってシベリア、東京じゃないもん。

これは本当に頭を悩ませたのですが、一度しか使えない荒業ということで、逆に何も関係ない部分を強調する手法を取ることとしました。

まったく関係ないシベリア鉄道でいかにして東京に家を持とうとアピールするか、そこを主眼に置いた記事を書くことに決まりました。

より過酷な方へ

書くことが決まったら、さっそく旅の準備をしなくてはなりません。東京からウラジオストックに行き、そこからシベリア鉄道に載って7泊8日、そしてモスクワについてそこから飛行機に乗って日本に帰ってくる必要があります。

ただ、なにをどうして航空券をとったりホテルを予約していいのかわかりません。

そこでとても役立ったのがJTBの海外相談電話みたいなサービスでした。めちゃくちゃ優しいお姉さんが、シベリア鉄道に乗りたいという僕の要求を実現するため、ウラジオストックまでの航空券、モスクワからの航空券、モスクワで滞在するホテル、すべてシベリア鉄道の前後に収まるように手配してくれました。

ただしシベリア鉄道の乗車券だけはここでは取れないとのことでした。別のサービスで取るしかありません。

シベリア鉄道は寝台特急になります。泊る部屋のグレードが分けられていて、それによって扱いが大きく変わります。

1等寝台は、完全なる個室で設備も充実、かなり優雅にシベリア鉄道を旅することができます。お値段もそれなりにします。

2等寝台がもっとも日本人観光客が利用するグレードでしょう。2段ベッドみたいな座席が左右に2つ、4人部屋が1つの個室になったものです。4人で使わない限り、他の旅行者と相部屋になりますが、個室なのである程度のプライバシーとセキュリティ―があります。

そして3等寝台は、ほぼロシアの人が使うグレードで、基本的に普通のボックス席(本当はちょっと違う)になります。

この片側の長椅子が1人用のパーソナルスペースです。ただし、昼間は上の段の住人が下に降りてくるので半分になります。こにに7泊した。

就寝時はこんなふうに雑多な感じになる。

オープンスペースなのでプライバシーもなければセキュリティもザルです。値段もクソリーズナブルでたぶん僕が行った時、7泊8日で2万5千円くらいだったと思います。

まあ、普通に考えて多くの日本人観光客が利用する2等寝台ですよね。そうなるとたまたま相部屋になった外国人とのエピソードもちょっと書けるかなと思うのですが、そうなると、もっと他の外国人とエピソードが生まれたほうが面白いと思いませんか。

だったら三等寝台では?

こんなオープンスペースに7泊8日、言葉も通じない、ぜったいに面白いだろ。そうなると3等寝台という選択しかありえません。

ただ、問題なのが、日本のサービスでは1等寝台と2等寝台のチケットしか販売していないんです。あまりにリーズナブルで利益が少ないという事情もあるのでしょうが、サイトによっては「治安が悪いのでお勧めしない」とまで書かれていました。

仕方がないのでロシア鉄道のサイトから直接チケットを取りました。モスクワ、すらもロシア語でどう書くのか分からない状態で予約したし、出てきたチケットもい意味不明な記述だし、それをプリントアウトして持ってこいみたいな感じだったので、本当にシベリア鉄道に乗車するその時まで本当に予約できているか不安で仕方がなかった。

ただ、この3等寝台にしたことが後にかなりのファインプレーとなります。

旅の下準備

僕が執筆してきた多くの旅記事は、行き当たりばったり風に書いていますが、基本的には行き当たりばったりで取材をしません。

入念に下調べをし、緻密に計算をし、さらに予算の計算まできっちり計算してから旅に出ます。そこまで入念に準備してなお、行き当たりばったりになります。ただそれが面白いんでしょう。

例えば入念に準備して全てその通りに進行する旅になったとしたら、それは旅行としては成功かもしれませんが、記事としてはいまいちです。トラブルや予定外のことがあるから記事のセンテンスになるわけですね。

ぜんぶ入念に準備したおかげで何事もなく終わりました、は理想だけどちょっと困っちゃうわけです。計画はするけど、それは破綻させるために計画するくらいの意識がベストです。

さて、このシベリア鉄道の旅も、入念に計画しましたが、もちろん、その通りにはなりませんでした。

あと、シベリア鉄道の準備に当たっては、ビザの取得でロシア大使館に行ってもらったりとか、やスポンサーとの調整などSPOT編集部の編集部員さんの多大な協力があったことを書き添えておきます。ありがとうございました。

取材後に記事を作るようでは対応できない

取材が終わった後に、さあ記事を書くぞ、どんなのにしようかな、では対応できないことが数多く出てきます。

取材をする場合は、取材をしながら頭の中で記事を作るのです。そうすると、「ここでこの写真が必要」となりますよね。そうすると、より良い記事ができるわけです。たくさん撮った写真を並べてさて何を書こう、ではダメなんです。

そしてなにより、不測の事態に対応できるわけです。旅記事なんて不測の事態の塊ですから、取材しながら頭の中で記事を書き、それが記事として成立するのか判定する必要があります。

実は、このシベリア鉄道の記事、事前準備の段階では、シベリア鉄道からの車窓を紹介しつつ、途中の停車駅ではけっこう停車時間があることが分かっていましたから、ちょっと駅から足を延ばして街の様子を紹介しつつ、その街中でオープンハウスさんからのミッションをクリアするご機嫌な記事にする予定でした。

この運行表が示す通り、モスクワまでの停車駅はかなり多く、その駅でも30分から1時間くらい停車することがあるので、十分に駅周辺の街を紹介できると睨んでいました。

ただ、本当に旅記事の取材はこれが怖いんですけど、実際に行ってみるとなにひとつ思い通りにならないんです。特に、海外は文化も習慣も言語も違いますから、どれだけ周到に準備しても絶対に思い通りにならない。

まず、シベリア鉄道から見える車窓を適宜はさみつつ紹介したいな、という目論見でしたが、乗車して1秒、その狙いが一瞬にして崩れ去ります。

車窓がめちゃくちゃ汚い

泥なのか、埃なのか、それらの汚れがこれでもかと付着していて、とてもじゃないが車窓からの景色を楽しむ状態ではない。

これじゃあんまりだと、停車時に外から拭こうと思ったのだけど、シベリア鉄道の停車駅、基本的にホームがないんですよ。

駅にホームがあるから皆さん麻痺してますけど、本当は電車ってかなり高い位置にドアがあるんですね。当然、窓も高い位置にある。

ホームがない駅にはハシゴを使って降りる。


とどかないわけでもないけど、全体を拭くのはかなり困難。さらに拭いたとしても、汚れ自体が地層のようにかなり頑固に付着していて、綺麗にできなかった。


そういった観点で見てもらうと、車窓からの景色はかなり厳しいことが分かってもらえると思う。めいっぱい補正をかけてこれである。補正かけ過ぎて色合いがおかしくなっとる。

これを記事のメインに据えるのはあまりに危険すぎる。

そして、停車時間を利用した駅周辺の散策だけれども、行ってみればそれが難しいことがすぐに分かる。

駅ごとの到着時間と出発時間は車内に掲示されているのだけど、まず駅名が読めない。それでもって、この到着時間、けっこう遅れる。あと、なかなかアバウトなのか出発時間が早まることもある。

その際に、放送は流れるのだけど、言葉が分からないので、早く出発するんだから急がなきゃとならない。なんか言っとるな、と規定時間に戻ったら電車は行っていたなんてことが十分に起こりうる。車内に荷物を置いた状態でローカルな駅に置き去りにされて無事に日本に帰れる自信がない。

結果、どんなに停車時間があろうとも駅からは離れることができなくなるのだ。これは本当に予想外の事態だった。

車窓から景色ダメ、駅周辺の散策ダメ、いくら頭の中で記事を組み立てても、なにも成立しない状態に陥ってしまった。

常にBプランを

こういった取材記事においては基本的に計画通りにいかないと理解して常にBプランを準備しておく必要がある。

シベリア鉄道記事でも、目論んでいた要素が全てダメになり、途方に暮れたけど、すぐにBプランに移行することができた。

それが「車内の人間模様にフォーカスした旅」だ。いざとなったらこちらのスタイルで執筆しようと、ロシア鉄道のサイトにアクセスしてまで3等寝台をとっていたのだ。

車窓の景色や駅での散策をするなら、個室である2等寝台で良い。そちらの方がセキュリティもプライバシーもある。体と精神への負担も少ないだろう。ただ、そうなると人間模様は相部屋となった人に限られるので展開としてかなり苦しくなる。7日間ずっと無口な人と相部屋だったらその時点で破綻する。

3等寝台の場合は、オープンスペースなので人間模様てんこもりだ。Bプランを用意していたから、目論見通りにいかなくともなんとか記事として成立するどころか、名作とまで呼ばれる紀行文に仕上がったと思っている。

図らずも貴重な資料になってしまった

この記事を書いたときと世界情勢は大きく変わってしまった。この記事も図らずも貴重な資料となってしまったように思う。

うおっしゃー、自分の力で3等寝台取ったわるわー!いやーほんとうにこれ予約できてるの、と右往左往したロシア鉄道のサイトは、遮断されているのか、いまや繋がりもしない。

あっという間に変わりゆく世界情勢の中でなにを思うか。色々と考えることはあるけど、いちばん最初に浮かぶのは、シベリア鉄道の車内で仲良くなったサラミのことだ。

願わくば、元気でいてほしいと思う。


2024年3月28日にアスコムより「文章で伝えるとき、いちばん大切なものは感情である。」という本が出版されます。

これはわたくし、patoが22年間の執筆活動において試行錯誤しながら発見、実践してきた自分なりの文章作成技術を記した書籍になります。

メール、メッセージアプリ、コメント欄、ブログ、企画書、note、いまや一日の中で文章を書かない人はいませんよね。

そんなときに人に伝えるためにはどんな文章を書けばよいのか、そんな本になっています。


さて、次回は、【徒歩111km】多摩川に架かる橋は何本あるのか徒歩で確かめてきた、です。

patoといえば徒歩。ということでとにかく歩き続ける記事はどのような設計で作られているのか、徹底的に解剖します。


シリーズ第2回

シリーズ第1回