見出し画像

鋸山縦走チャレンジ100

#頭取日記 (佐谷恭の『パクチー起業論』)3月2日分の記事です。

朝6時半にパクチー銀行へ。今日は鋸山で100マイル走ろうという尚平の応援の日。12月に実施しようとして、諸事情で延期になった。彼が声をかけた友人たちや、Facebook経由でイベントを知ったランナー(昨年7月の房総半島一周280キロマラソンでエイドだったパクチー銀行で食べたカレーが美味しくてまた行きたいと思っていたという方)、その他鋸山ファンの僕の友人が参加表明をし、少しでも走る人10人、応援のみの方4人の総勢14人になった。

朝8時にまずは5人がスタート。次の電車で来た280キロフィニッシャーの高橋さんを見送り、9時に夜勤明けで運転をしてきたケントくんとともに、僕も走り始めた。元々、僕はパクチー銀行の営業をしながら応援のみするつもりでいた。

前日に尚平が「ゼッケンをつくった」と連絡をくれ、「1番〜11番」と「89番」があったので、尚平が「鋸山縦走センター専属アスリート(自称・公認)」として「89番」を付ける気になったかと嬉しく思った。その旨伝えると、「それ、恭さんのですよ!」との返信。え、僕は走らないんだけどと思ったけれど、このフリが嬉しくて午前中に1周だけすることに決めた。

ケントくんは27歳。トレランの実力をメキメキつけているみたいだ。とはいえ夜勤明けで、「できるところまでやりたい」ということで、「たったの1周」の僕は、彼とともにゆっくり走った。鋸山照前展望台までの登り基調。1人だと途中で歩くのが通例。ずっと走り続けたことは、友人と走ったときにないことはないけれど、4年間で数回だけだ。若きトレイルランナーのケントくんは、当然走り続けた。

そこまで無理をしているつもりはなかった。照前展望台で写真を撮ると、ほんの30秒のことなのに、彼は見えなくなった。そこからも軽く走り続けた。東の肩へ上がる240段の階段で、ケントくんを捉えた。その後、少しずつ距離を詰めたりまた見えなくなったりしながらも、車力道を降りたところで追いついた。金谷港まで一緒に走った。

コースを間違えて林道を金谷まで降りてしまったという高橋さんとも港で会えた。280キロのフィニッシャーということでなんの問題もないと気軽に送り出してしまったが、鋸山はちゃんと走ったことがなかったそうでルートを詳しく説明しなかったことを反省。体力的なことよりも、こういうロスト的なことから来る精神的なダメージは大きいので。以後気をつけようと思った。

復路は3人で走り始めたが、関東ふれあいの道の階段でケントくんが一気に先に行き、鋸山には慣れている僕が高橋さんをおいて走った。新展望台に到着する直前の激坂で、すでに自分の脚が終わっていることにびっくりした。鋸山には週に何度か来ているが、歩くことが多い今日この頃。自分のいまの実力よりちょっとだけ速く走ったのだと思う。予想外のダメージ。その後、再び元名林道に出たときには明日の筋肉痛が完全に予想できる状態となっていた。

林道を降りていると先発組が2周目でやってきた。先頭は、先日の鋸山トレラン(シングルの部)で優勝した和志くん。21歳の笑顔がまぶしすぎた。「余裕です、楽しい」と重力に逆らって進んで行った。その後、這う這うの体で道の駅保田小学校に到着。もう走れない・・・状態だったので、歩く言い訳として食材を買い込んだ。もう、ランナーたちに敬意を表して、携帯食や差し入れだけでなく、ちゃんとした食事をつくって労おうと思ったのだ。

正午ごろから、パクチー銀行の営業を開始して、ゲストを迎えた。2時間ぐらいややしんどかったのは、自分の限界を少し超えてしまった証左だろう。その後、たまたま来たゲストたちに、現在進行中の100マイルチャレンジについて話をした。山登りなんてという人から、今歩いてきた鋸山で辛さを体感した人まで、一様に目を丸くした。

午後から今年サハラマラソンに出るコースケがスタート。夜になり還暦を超えたランナー柴田さんが夜の鋸山に向かっていった。周回なので、3〜5時間ごとに帰ってくる。だんだんと疲労の色が濃くなるけれど、少し休んで「行ってきます」と繰り返す姿を見て、サポートのしがいがあると思った。

結局、尚平も夜中2時に、5往復でチャレンジを止めた。気温が3度ぐらいまで下がり、強風が吹き続けていたので一気に体がこわばるぐらい冷えてしまったようだ。他のランナーも、帰宅の時間制限や体力的なことを考慮して、予定通りまたは予定より少し少ない距離でチャレンジを終えた。尚平は100マイルに届かなかったけれど、過去最長の100キロは達成。

スタート直前に、最年少の和志くんが「これ、公式の大会にしませんか?」と僕に話してきた。一瞬だけ「こんなことは一度しかやらないだろう(100マイル達成の前提として)」と思ったが、結果として総勢10人が参加することになったことなども考えて、不定期に呼びかけてもいいかもなと思った。そして、約18時間ランナーの姿を見ていて、鋸山縦走チャレンジの発展の先は100マイラーを何人産むかだなと思った。今日参加の仲間たちとともに、道の整備や案内版の設置、ルールの策定などもやっていければと思う。

車で来たメンバーも朝まで語って帰った。6時に解散。なんと素晴らしい24時間だったことか!



パクチー(P)コワーキング(C)ランニング(R)を愛する、PCR+ な旅人です。 鋸南(千葉県安房郡)と東京(主に世田谷と有楽町)を行き来しています。