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映画「落下の解剖学」感想 - 観客はどこまで先入観を自覚できるのか

これはネタバレ無しで感想を書くのは難しいと思う。

転落死の事実関係や、登場人物の発言の真意も映画中では説明されず、観る側に判断が委ねられる。
そこで考えさせられるわけです。悪いのは誰か、なぜその人が悪いと感じるのか、そういう判断にいたる自分は、いったいどういうバイアスで物事を判断しているのか。
特に夫婦喧嘩を聞いて、どう思ったかは意見が分かれるところでは。
私は、妻であるサンドラが法廷に被告人として立たされ、バイセクシャルを検察にアウティングされた描写から、サンドラ擁護派だったんですよ。
でも、喧嘩の録音音声を聞いて本当に嫌いになっちゃった。自身の作家としての成功は、自分の力だけで成しえていると思っていそう。家族のケアに対する感謝がまるで感じられず、夫に対しては作家としても親としても見下していると感じる。その上、不貞に関しては堂々と言い訳をする。
夫に対して「自分の上手くいかなさを息子に押し付けてる」的なこと言っていたのに、自分の不貞が指摘されたら「あれは息子の事故があったときだからしょうがない」と開き直るのには笑ってしまった。

それでいて、事故で視覚が弱まった息子のことを「可愛そうな障害者ではない」と心から誇りに想う口調で話す姿に偽りは感じられず、母国語ではないフランス語であれだけ話せることからも、志の高いインテリであることも間違なくサンドラの一面ではある。人ってそうだなあ、多面的だなあとしみじみ。まあでも、嫌いだなぁ。

殺害したか、自死だったのかについては、自死だったと思う派。
サンドラは徹底した個人主義というか、ドライで、殺したいと思うほど自分の心の中に夫の存在か入り込んでないと思うから。
あれだけ息子に精神的負荷をかけておきながら、裁判が終わった後、自分は気がある男を含む弁護士たちと遅くまで祝杯をあげて、息子のケアは後回しをしているように見えたし、本当にドライ。自分第一主義。
そういうところが、夫を孤独にし、追い詰めたと感じる。しかも、サンドラは追い詰めたなんて思わず、あの人は弱かった、でも自分は心から愛していた、とか思っていそう。

その他に、私が気になったことを羅列すると、ジェンダーロール、夫婦のパワーバランス、社会的成功、家庭内のケアの役割、喧嘩、セクシャリティ、不倫、精神疾患、子育て、子供の心の守り方や独立性、視覚障害、犬、言語や土地にまつわるアイデンティティ、マドモワゼルという二人称、マスコミ、フランスの法廷における服装など。
転落死に関する事実関係より、そういう、もっと暮らしにまつわる広い事柄に興味が散らばって152分が長く感じなかった。

人によってどこが気になるポイントなのか多岐にわたるように思えるし、会話や演出が面白いし、人の感想や、あらすじを読んで観た気になるのは、もったいない作品だと思う。
鑑賞後に、他の人の感想を聞きたい映画でもあるので、人と観るのも良いかもね。


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