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「つくね小隊、応答せよ、」(参)


艦砲射撃の爆発で、土の中からはるばる飛んできたモグラ。そのモグラに串を刺し、火でじっくりと炙ってゆく。


毛と肉の焼ける匂い。敵に気づかれない火を小さくしている焚き火に、じゅじゅじゅうと油が滴り落ちる。しばらくするとモグラの表面が飴色に、ぱりっと香ばしく焼けてきた。


渡邉は、三八式歩兵銃から銃剣を取り外し、モグラの肉を手際よくほぐしてゆく。小さな小動物の肉から、湯気がゆっくりとたちのぼる。仲村がごくりと生唾を飲み込み、清水は眼鏡を触り、焚き火に小枝を足す。


飯盒の蓋や、バナナの葉っぱに砂飯を盛り、ほぐしたモグラの肉を添える。そうやって、三人分の温かい夕食が完成した。


「さ、食おうぜ」

渡邉が言う。

砂飯と焼きモグラの晩餐会が始まった。






「やっぱり、臭せえな、もぐら」

清水が言うと、ふたりが、うん、臭い、と言って、もぐもぐと頷く。


「でも、久しぶりの肉はやっぱり、うめえな」

清水が言うと、ふたりが、うん、美味い、と言ってもぐもぐ頷く。

「やっぱり、食堂のせがれは、料理が上手いな」

清水が言うと、仲村が、うん、上手いと頷き、そして渡邉が答える。


「これを料理と呼んでもいいもんかどうか、とっても怪しいけど。あ、そうだ清水、さっきの話の続き、聞かせてくれよ」

「あ、そうだそうだ、学徒の話の続き、俺も聞きてえ」

「学徒じゃねぇ、清水だ。えっと、それで、どこまで話したんだっけ?」

「確か、娘が棺に入れられて、運ばれるとこじゃねえか?」

渡邉が、銃剣で木の枝を削って作った爪楊枝で、奥歯に挟まったモグラの骨をほじくりながら言う。

「あ、そうだったな。そう。それで、村の男達の手によって、娘は見付天神の境内に運ばれたらしい」








日は沈み、境内は暗い。虫も鳥も鳴かず、風も吹かず、不気味なほど静まり返っております。

そんな境内の真ん中に、棺が、ことりと静かに安置されました。娘を安置した男たちは、神社の社に深く一礼し、黙ったまま、うなだれて去ってゆきました。


静かな夜の神社の真ん中に、棺桶が安置されている。なんとも、不思議な光景でした。


弁存は、神社の本殿の縁の下へ隠れ、数珠と錫杖を握り、成り行きを見守っています。




どれぐらいたったでしょうか、あたりは静まりかえったまま、月が煌々と光っています。弁存は、棺を見据えたまま、ぴくりとも動きません。












ぎぎぎぎ







かたかたた






弁存の頭上、つまり神社の本殿の床が、きしんで音をたてています。

最初はネズミが歩くような小さな音でした。





ぎぎぎ





きき



たかたた


けれども、音が徐々に大きくなり、何者かが暴れているかのような、大きな音へとかわってゆきます。




かたたたた




だだだだだだだだだだ


かたたたたたたたたたたたた


かたがたたあたたたたたたた


ばだだだばだだばばあばばどたばどだだだだばばばずだだずだだばどだばばだ



複数の何かが、社の中で暴れているようです。


弁存は、目をぎゅとつむり、恐怖で荒くなってゆく息と、滴る冷や汗を感じながら、なんとか正気を保とうと、お経を小声で唱え続けました。



どばだんっ!!!!!


本殿の戸が勢いよく開け放たれます。



けらけらけるけらっくるるけらけらあ

うーーーーーまくいったあああなあぁ

くくくくるくるるけらけらけらあ


何者かが、無邪気な野太い声で、そう言って笑っています。



ぐふふふうふふふふうううううふふふふ

にんげんはだましあうからすぐにだまされるうなああ

ぐぐぐふふふぅふぐふうううぅうぃふぅ


別の何者かが、同じく無邪気な野太い声で笑って言います。


ははははははははははははははは

ことしはどんなむすめかなー

ことしはどんなうまいむすめかなー

はははははははははははははははは


そしてまた別の何者かが、無邪気で野太い声で楽しそうに笑って言います。



だだだんっ!!!!!



そのみっつは本殿の床を踏み、高く飛び上がって、棺の周りに、どだだだんっ、と着地しました。


3つのしろい影が、娘の棺桶を囲んでいます。



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