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「つくね小隊、応答せよ、」(弐)




「艦砲射撃っっ!!!!」


叫んだと同時に、3人別々の場所へ飛び、伏せた。




きゅるるるるるるうううううううううううううううううどばずばだあああああああああああああん


しゅううううううううううんどがすかばがあああああああああああああああががあああああん




轟音と振動が響いてきて、草木が焼ける匂い、火薬や土の匂いが漂ってくる。そしてしばらくすると、爆破された木や岩や土が、

ばぱらさばらぱぱぱさらさらからさらぱぱ

と空から降ってきた。どうやら数百メートル離れた場所に着弾したらしい。




しばらくすると、あたりは何事もなかったかのように静かになる。波の音や、かもめの鳴き声が聞こえてくる。

小柄な仲村は、怯えたウサギのように縮こまった姿勢で、ゆっくりと目を開け、あたりを伺って言う。

「おい、学徒、渡邉、無事か?」

「…学徒って呼ぶな。清水だ。」

どこかの茂みで、清水がめんどくさそうに答える。それをくすくすと笑い、仲村がまた言う。

「そうかそうか、学徒は無事か。おい、渡邉、おい、おまえは無事か?」

すると渡邉が答える。「おい、それより、聴こえるか?あれ」

「なんだよ、無事ならとっとと返事しろよ、ったくよ。で、なんだよ」

仲村がそう言って、這ったまま渡邉の方へ近づく。清水も、這ったまま渡邉の方へ近寄ってきた。

3人はうつ伏せのまま、草木の間から敵の戦艦を眺める。


微かになにかが聞こえてくる。ゆるやかな、やわらかい音色。


「なんだ、ありゃ?お経か?」仲村がそう言うと、清水が呆れたように言い返す。

「なんであいつらが戦艦の上でお経唱えんだよ、クリスチャンだろうが、やつら」あ、そうか、と仲村が頷くと、渡邉が静かな声で言う。

「あいつら、戦艦の上でレコード流して、踊ってやがんだよ」渡邉の言葉に、他のふたりが、驚いた顔で戦艦を見る。

たしかに、楽しそうな明るい音楽と、酒を飲んで騒いでいるかのような騒ぎ声が微かに聴こえてくる。

すると清水が、諦めたような半笑いの声で呟く。

「じゃあ、今の艦砲射撃は、晩飯の前の盛大な乾杯ってわけかよ」

「…で、俺らは、あんな砂飯か」仲村が悲しそうに呟いた。

清水が、いまにも泣き出しそうな幼児のような仲村の顔を見て、思わず吹き出した。するとそれにあわせて渡邉も鼻で笑う。

さっきまで、宝物のように飯盒の飯を覗いていたくせに、敵がもっといいものを食べているかもしれないと分かった瞬間、宝物から砂飯へ呼称が変わる仲村。兄弟で菓子を分け、分けたあとで自分の分が小さいような気になってくるタイプの子供だったに違いない。悲しい顔のままだった仲村は、ふたりが笑うのを見て、複雑そうな顔をしながらも、結局笑った。

笑いながら清水が言う。
「砂飯とかこの世にねえだろ、砂肝みたいに言うなよ、焼酎が飲みたくなるじゃねえか」

「…え、学徒ちゃん、お若いのにお焼酎いけちゃうクチなの?あら素敵じゃないの、あたいそういうの好きよ」仲村が甘ったるい声で言う。渡邉がふたりの会話を耳だけで聴いて少し笑う。

「気持ち悪りぃを通り越しておぞましいんだよ仲村。さて、じゃあ、その、砂飯を頂くとしよう…か…あれ……え?な、ないっ!!?」

清水が立ち上がり、さきほどの焚き火の場所に戻ると、さっきまでそこにあったはずの飯盒がなかった。それどころか、艦砲射撃で飛び散った石や材木や土が辺り一面に広がり、火も消えている。

仲村が慌てて清水の横に駆け寄ってきて、膝から崩れ落ちた。

「…さ、最後のぉ、米だった、のに、よぅ…俺の、俺の夕飯ぃ…砂飯ぃ、どこだぁ、戻ってこぉい、砂飯ぃ…」仲村は、犬や猫に話かけるように手をたたいて、辺りの茂みに向けて声をかける。もちろん、飯盒が返事をするわけもない。

清水と仲村がうなだれていると、長身の渡邉がにやにやとしながら歩み寄ってきて、「日頃から食いもんを大事にしてねぇから、とっさのときに体が動かねぇんだよなぁ」そう言って、飯盒を取り出した。

すると清水が、眼鏡を触り、信じられないといったように渡邉に訊く。

「渡邉、お前、着弾のあの瞬間に、飯盒抱いて伏せたのか?」

渡邉が飯盒を指先に吊るし、ぶらぶらさせながらニヤリと笑って頷く。仲村は、教会で跪くクリスチャンのように飯盒に祈りを捧げている。渡邉がさらに口を開く。

「砂飯だけじゃねえ、おかずも調達しといたぜ」

渡邉は、反対側の手にもなにかを下げている。黒い芋のようなものだ。細長い蔓の部分を渡邉は握り、その芋のようなものは、ぶらぶらと揺れている。

眼鏡を触りながら、清水が目を細めてその芋のようなものを凝視する。仲村は、芋のようなものを下から見上げて目をきらきらとさせている。

「なんだそれ?芋か?」と清水が訊く。

「まあ、な、なんでもいい、とにかく、とりあえず食わせろ」と仲村が言う。

「さっきの爆発で、お空から降ってきたんだよ」渡邉がそう言うと、清水が芋のようなものの正体に気づいて言う。

「…おい、それ…芋じゃなくて…まさかモグラか?」

唇の端でにやにや笑いながら、渡邉が何度も頷く。飯盒と、半分焼けたもぐらが、ぶらぶら揺れている。



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