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青の魔法(3)


「もう会うのはやめよう」
繋いだ手を勢いよく振り払いながら、私は彼に言った。

今日で最後になる予感はしていた。



関係が終わる直前の空気とその匂いを知っている。
私にはそれがはっきり手にとってわかるくらい、愛する人と離ればなれになる経験を何度も繰り返しているから。

そして、終わりはいつだって同じだ。
少しずつ大切に積み上げてきたものを自らの手で壊してしまう。
この衝動を止めることは誰にもできない。


これからも一緒に居たい、と願いながら、
どうせいつか別れるのだから、という諦めがある。

そこには矛盾した気持ちや迷い、葛藤があった。

私たちは改札の前で、どちらからともなく近づき
力強くハグをした。

「ごめんね。また明日ね」という嘘を残して。


彼の首元からは、あの日ふたりで試したchapter65の香りがした。

*****

関係をはっきりさせたい、と思ったのは、
このまま会い続けていたら、特別な人として好きになるとわかっていたからだ。

水族館デートの帰りに、私が昔住んでいた街を案内した。


坂が多くて静かな住宅街。猫がたくさんいる神社。いつも買い物をしていたドラッグストア。
昔住んでいた家。駅近の美味しいお弁当屋さん。

大好きな街だった。東京に来てはじめて一人暮らして長年住んでいた場所。

「この坂、急なんだよ」
「よし、坂道ダッシュする?」
「いいよ、ハンデつけてね」
「わかった。てか陸上部じゃん」

私の荷物をすべて彼に持たせる。
よーい、どんで本気で走った。

彼は負けてくれた。
いつだって私に勝たせてくれる、優しい人だった。

二人で上がった息を整えながら、大笑いをした。
今でも登った後のあの景色を鮮明に覚えている。

そのあと、彼の住む家まで歩いた。
私の住む駅から15分程度の距離だった。


「いつもここでNetflixとかみてるんだよ」
そこは物が少なくて、綺麗な部屋だった。

「ホテルや友達の家に泊まれない時はいつでもここに来ていいよ」
「やだよ、安心できないもん」
「なんで?安心してよ」

そんなふざけたやりとりが乾いた部屋の中響く。

もう少し前に出会っていたら_______

きっとお互いの家を行き来していただろう。
いつも一緒にいる未来が簡単に想像できた。

いや、タイミングが今でよかったのかもしれない。
彼が元恋人と復縁を考えていた頃に出会っていたら、こんな風にデートをしたり親密になっていなかったかも...と今の状況を肯定する想像をしながら、無理矢理自分を納得させていた。

彼の生活拠点を案内してもらったあと、私たちふたりがよく知る街で、お酒を飲んだ。

その日もとても寒くて、本当は鍋が食べたかったけれどそこは満席で、近くの餃子屋さんに入った。

*****

彼は、私のことどう思っているんだろう。

恋に堕ちると、相手が自分のことを本当に好きなのか気になってしまうタイミングがある。

本当に好きかどうかをわかる方法なんてないのに。


言葉、行動、過ごす時間の中でお互いを知り、コミュニケーションを重ねた結果が好きを作り上げる、という結果でしかないとわかっているのに、だ。

相手が自分のことをどう思うのか、にとらわれず、自分が相手を好きな気持ちだけ真っ直ぐ見続けられたら、どんなに幸せなんだろう。

そこまでの強い意志と覚悟を持てるほど、彼のことを愛せてはいない。
好きだけど、捨て身にはなれない。
傷つきたくない。自分のプライドが邪魔をする。

相手の気持ちを確認したいという本音に気づいた私は、帰り際彼に質問することにした。


答えを聞かなくても、空気感で人として大事に思っていることや、それなりの好意は感じていた。
ただ、本心ではどう思っているのかわからず、本当は不安だった。

そして何よりも、曖昧で居心地のいい関係のまま、期待したり落ち込んだりして時間が流れていくことが嫌だった。

*****

結局、彼は自分の仕事や夢を捨ててまで、私のことを好きではない、ということがわかった。
やっぱりな、という落胆と、
どうして?という疑問で頭が混乱した。

答えを聞いて、混乱したのは初めてだった。
フラれることに対する免疫がなさすぎて、
プライドがズタズタに傷ついたし、何より彼の答えに全く納得できなかった。

しかし、冷静になって気づいたことは、
彼の答えに納得はできなくても、彼の気持ちを尊重して、今は無理なんだと理解することはできるということだった。

彼のことは本当に大好きだった。
私からこの話を切り出さなければ、暫くの間は楽しく仲良く一緒に過ごせたはず。
タイミングが悪かったのかも、と後悔した。

彼の答えを聞いた時、私はしっかり傷ついた。
情けないほど心が痛かった。

しかし、今となっては正直な気持ちを知ることができてよかったと思える。

それに、こんなに好きになれる人にまた出会えるとは思わなかった。

出会えて、ほんの少し人生を共に過ごせただけで幸せだと思えた。


これから先はきっと、連絡をとったり、会ったりすることは二度とないのだろう。


その現実が、寂しいし、悲しいし、苦しい。

本当は、会いたい。くだらない話をして、笑って、あなたとこれからも一緒の時間を過ごしたかった。


しかし、それは独りよがりな私の願いだ。
だから、もうおしまいにしよう。

彼の今の気持ちを受け入れたら、期待も希望もなくなり、すっかり心が軽くなった。

相手がどう思おうと、私の中で愛おしい大切な時間があったという記憶は消えない。
だから、その思い出を大事にしようと決めた。


寂しがりやで甘えん坊な彼の隣に、時々優しく甘やかしてくれる誰かが側にいますように。
私のことはどうか忘れて。
いつか彼の夢が叶いますように。


元気でね、大好きだったよ。

またね。

to be continued...

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