小説「のり弁当」
「のり弁当」
「ああ、のり弁当か」
聡は胃の辺りをさすり、無感動に呟いた。
シャケ弁当か、なんなら竜田揚げが良かった。
おろし竜田に添えられた、
大根おろしのジアスターゼを、
のり弁当に求めることは出来ない。
発泡スチロールのきしむ嫌な音に耐えながら、
聡は輪ゴムを外す。
そして包装された紙を外すと、食卓に座った。
聡の呟きに顔をあげた妻は
「のり弁当、私は好きよ」
「もう買ってこないわ」と言った。
「いや、俺も好きだよ」
空気が一瞬、小さく緊張し、
そしてすぐまた緩和した。
こうした些細な嘘が、
聡の日常に染み付いていた。
のせられた金平ゴボウの油が、
のりに染み、ご飯を浸している。
聡はそれを、斜めに割れた割り箸の先でつつく。
エラの方から唾液が出てくる。
とにかく腹が減っていた。
魚のフライをかじる。
聡の体全体は、消化の活動のために動き出した。
錆び付いた歯車が、きしむ音を立てて回り始め、
動力部分のピストンがガタンガタンと音を立てる。
蒸気が煙突から吹き出し、「ポォーッ!」と汽笛を鳴らした。
体が消化活動を始めるのと同時に、
脳から何かの物質が出る。
幸福感が染み出して、心をひたひたと潤した。
些細な嘘。
それは誠になっていった。
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