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夫婦の絆 認知症の願い

私の人生で幸いだったことは、妻に出会えたことだ。
妻と過ごす時間は私の体から毒を抜いてくれる。
仕事が終われば脇目も降らずに家へ帰る。
妻との時間はどんな刺激的な娯楽より楽しく、それでいて自然の中でくつろいでいるような穏やかな時間が流れる。
家と職場を往復する毎日は、私にとって幸せな日々だ。
妻との時間が長くなればなるほど、私の幸せは増えていく。

とあるご婦人のお宅を仕事で訪問したときのこと。
彼女は高齢のため重度の認知症を患っており、会話もうまく成り立たない状態だった。トイレに行くことができず、床の上で失禁していた。
夫は既に亡くなっているようで、彼女は独りで戸建に住んでいる。
夫の遺影の近くに付箋が貼ってあった。そこには辿々しい文字でこう書かれていた。

『そらからおりてきてね。待ってるよ』

時期はちょうど七夕を過ぎていた頃だった。
他人との会話も、自分でトイレへ行くこともままならない彼女は、亡くなった夫が会いにきてくれることを願っていた。

私は自分の中に込み上げてくる哀しい感情を否定した。愛する人と過ごす時間を少しでも増やしたいと願う。これは幸せな夫婦の形なのだ。

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