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「損切りの準備はできているか」

一応ゴールデンウィークということで取引先もお休みだし仕事のSlackも止まってるのだけど、やっぱり色々今後のことを考えてしまう。

コロナとか自粛に関して、パニック的な情勢は4月でひと段落したかなと思う。のだが、緊急事態はまだ解除されないし、3月に個人事業を法人化したばかりだし、子供たちの保育園も5月末まで休み……

ということで、コロナのこと、将来のことを考えない日はない。SNSにはコロナに触れまいと明るい話題だったり、(いい意味で)アホらしい話題を挙げてくれる人も増えてきた感があるのだけど、僕はやっぱり、特に夜になると、色々と考えてしまう。

といってもそんなに深刻になってるわけではなく、近い未来の世界がどうなるのか、あれこれイメージが浮かんでくるという感じ。

緊急事態宣言はきっと延長されるが、5月中に解除されるかもしれない。あるいはされないかもしれない。

Zoom飲みをはじめ、人びとの行動習慣は変わるかもしれないし、結局コロナ前に戻るかもしれない。

日本は本当に大不況に突入するかもしれないし、案外早く底を打って、多少なり持ち直すかもしれない。

今はたぶん、本当にあらゆることの分岐点で、こっちに転ぶかもしれない、あっちに向かうかもしれないという岐路に立たされている。

大統領も首相も社長も学者も、かつてなく未来が見通せずにいるのだと思う。

(個人的に為替トレードを愛しているので)トレードでいうと、ガガガッと恐ろしく下げた大暴落のあと低めのレンジを迎えて、このあとさらに下がるかあるいは上げてくのか全く読めない、という感じ。

トレードなら大暴落の時点で損切りか強制ロスカットかになり、いずれにせよポジションは解消されて終わり。けど人生はポジション解消をするわけにいかないので、上げてくか下がるのかレンジが続くのかを注視しながら生きていくことになる。

トレードではポジション=張った資金というわけだが、人生においては、おそらくポジション=価値観なのではないか。自分の中の常識とか信条、パラダイムといってもいい。

そういうものが、今後の時代において全く変えていかないといけなくなってしまう可能性もあるし、案外そんなこともなく済むかもしれない。

「かもしれない」ばっかりで情けないが、本当にそう言うしかない。●●だ!と断言できればカッコいいが、いま、未来に関する何かを断言するのは僕は危険だと思う。恥をかくとかそういうことじゃなく。

自分の常識や価値観が通用したこれまでの世界に戻る可能性もあるし、大きなパラダイムシフトをしないと適応できない世界がやってくる可能性もある。

だから今は、世の中の動きを注視しながら、自分の常識をいつ捨ててもいい、いつでも損切りできるように、構えておく必要があると思う。捨てずに済めばそれがベスト。でも「必要ない」とタカをくくってると、事が逆に進んだ場合に辛い結果になってしまう。

と、そんなことを、休日で動かない為替チャートを見ながら随想しておりました。

コーヒーでも淹れて、ひと息入れたらたっぷり寝ようかな。

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